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機械技術 巻頭インタビュー「独自技術で光る日本の機械加工現場」

2025.03.07

従来の機械加工と金属3Dプリンタを活かす独自サービスでモノづくりを支える

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伊福精密㈱ 代表取締役社長
伊福 元彦氏

Interviewer
オーエスジー㈱ 今泉英明

 各種切削加工機やワイヤ放電加工機など保有する工作機械を適材適所で運用し、機械部品を供給する伊福精密(神戸市西区)。特に金属3D プリンタの活用では、独自の外観と機能性を高めるための特殊な構造をもつ酒器の製品企画を行い、販売する事業も手掛ける。一方で、CAD/CAM や測定機器も含む従来の製造設備とデジタルプラットフォームを組み合わせたソリューションサービスを提供する。常に研究し、新しい挑戦を続けてきた伊福元彦社長に目指すモノづくりを聞いた。
伊福元彦代表取締役社長

伊福元彦代表取締役社長

鉄工所の値打ち

今泉

金属3D プリンタを導入しているんですね。

伊福

「世の中にないものをつくるのが鉄工所の値打ち」と、ある金属加工業の経営者に言われたことが印象に残っています。この言葉を意識してきた中で、海外の展示会で金属3D プリンタの存在を知ったことが導入のきっかけです。これを使えば、新しいモノがつくれると感じました。2010年ごろから調査し、16 年に導入、現在、3 台保有しています。

現在の活用状況は。

航空機産業向けの部品や農機具の部品の製作、金型の部品、切削工具の製作といった用途に使用しています。航空機産業向けは部品形状が複雑です。金型部品は冷却のための水を通す配管形状を部品内部に配置したいという需要があります。いずれも切削ができない形状です。3 次元冷却水管の金型部品の依頼をいただく中で、配管は「縦方向にらせん状に張り巡らすよりも、横方向に張り巡らせた方が冷却効果が高まる」といった、金型製作や成形工程に関する知見を得られたのは良かったと思います。しかし、こうした特定の需要だけでは採算が合いません。そこで、金属3D プリンタの加工原理が活きる形状にした自社製品をデザインして製作、販売する事業を始めました。おかげさまで実績もできました。

金属3D プリンタやその造形品に対して、周囲からの反応について思うことはありますか。

最近、正しい認識が広がってきたと思います。以前に比べると問合せの数は落ち着いてきました。これまで展示会に出展すると、さまざまなメーカーの方の訪問があり、初めて名刺交換をいただく企業の方がいらっしゃったのですが、最近はほぼ特定の企業の方になりました。3D プリンタが話題になったときは、「どんな形状もすぐにつくり出せて、すぐに使える製品・部品が安く出来上がる」という認識をもっている方がいました。また、切削加工や放電加工などの工作機械で、形状を整える仕上げのための機械加工が必要という認識がない方もいました。さらに見積りを提示すると「こんなにかかるの」と驚く方がいました。新しい技術がきっかけで機械部品に興味や関心をもっていただくのはありがたいのですが、正しく認識してもらうためにはっきりと説明する必要があると身をもって知りました。
金属3D プリンタの導入を検討する機械加工業の方も当社に見学しに来ていただきますが、「利益を出すのは大変」と伝えています。

正しく認識してもらって需要を創出することは大変なことだと気づかされました。

金属3D プリンタによるモノづくりは可能性を秘めていて、面白いのは確かです。従来の工作機械でつくるのが難しい形状や機能がある製品をぜひ開発や設計者の方に考えていただきたいですね。金属3D プリンタによるモノづくりは切削やワイヤ放電加工など、従来の機械加工技術と組み合わせて成立するので、「伊福精密に相談すれば大丈夫」、「金属加工の駆け込み寺」と覚えてほしいと思っています。

経営者的な視点が新たな興味につながる

「金属加工の駆け込み寺」というのは実にわかりやすい表現ですね。

さまざまな分野からさまざまな形状、個数の製品の依頼をいただくので、この表現を使用しています。当社の創業者は父・保たもつです。旋盤やフライス盤でダイカスト金型の部品である押出しピンを製作する加工業者でした。父以外に5 人程度の社員がいました。家が金属加工業であることは認識していましたが、将来はこの道で生きていくかどうか深くは考えず、小学校まではサッカー、中学と高校ではゴルフに夢中で、大学もゴルフをしながら理学部生物学科へ進学するほどでした。卒業後はプロゴルファーになるつもりでした。
大学入学前から、ゴルフメーカーのスポンサーがついていました。個人競技で競技人口が少ないことが理由で取り組み始めたのですが、相性が良かったのかもしれません。しかし、物事は順風満帆にいかないもので、プロになるテストを受けるために渡米する前日、父がくも膜下出血で倒れたのです。家業に入らざるを得ず、昼は自社で経理や営業をし、夕方からは近所の面倒見の良い同業者の方のところへ、授業料代わりのお酒をもって、加工を教えてもらいに行きました。そのときに「世の中にないものをつくるのが鉄工所の値打ち」と教わったのです。

苦労したと思います。

教えてもらっているときは大変とかつらい、苦しいという気持ちより、教えてもらったことを漏らさないように必死でした。工作機械のメモリ容量が現在とは比べものにならないくらい小さくて3.5 インチのフロッピーディスクにデータを保存していた時代です。段取りや工作機械の操作を徐々に覚えて、現場の話について行けるようになると疑問に思うことが出てきました。加工データが使い捨てなのです。紙テープなので、再利用は困難で修正にも時間がかかる。共有や複製も難しい。どうにかならないかと常々思っていました。この思いは後のCAM の導入につながります。
その後、父が回復し、一緒に仕事をする中で、自分もだんだん機械加工業に携わる者らしくなってきたように思います。経営者的な視点も養われ、時間当たりの生産量を意識すると、その向上のための手法として高速加工機に興味をもちました。近所の同業者は50 番のマシニングセンタ(MC)でラフィング加工していましたが、それでは収益性が上がらない。当社には40 番MC がありましたが、それでも不十分でした。超硬合金の直彫りに興味をもって、ダイヤモンド電着工具やPCDのろう付けチップの製作を依頼したこともありました。

DX 思考の人材育成進める

今では当たり前の考えや価値観も昔は違ったんですよね。

当社は3 次元CAM を周囲の加工業よりも早い時期に導入しました。現在と比べるとコンピュータの処理速度が遅く、計算時間もかかりましたが、便利でした。そのときから当社のデジタル思考が始まりました。以来、デジタル技術や新加工技術に柔軟に対応できる人材の育成に取り組んでいます。現在は社員全員にiPad を渡し、DX思考の推進を図っています。入社5 年以内に3 次元CAD 利用技術者試験2 級と3D プリンタ活用技術検定試験資格の取得を義務づけています。単純なルーチン業務はロボットやAI に任せ、人間にしかできないクリエイティブな業務を担う人材の育成を目指しています。

デジタル技術の活用による合理化で機械加工業の可能性はさらに広がると感じます。

最近の取組みとして、2020 年から「デジタル倉庫サービス」という事業を始めました。当社の機械加工と計測に関する知見、実際の形状がつくれる工場があるから成立する事業です。生産が終了したり、修理用在庫がなくなった機械の部品、数が少なくて製作依頼先が見つからない部品に使っていただきたいサービスです。製品のCAD データをいただくか、当社のレーザスキャナや3 次元測定機の計測データを取得します。そのデータをもとにCAM データや加工条件、治具に関するデータを作成し、提供します。その先の加工は当社に依頼していただいても、依頼主の方が別の機械加工業に依頼してもかまいません。データ作成とその保管で料金をいただくビジネスモデルです。

確かにその需要はありそうですね。

食品の製造装置の部品などで依頼があります。大手商社と協力した運営なので、海外からインフラ設備の部品の製作などの依頼もあります。このシステムを説明すると、苦労して作成したデータやノウハウが、依頼主だけでなく競合にも渡ってしまうことを懸念する方や、実際の加工まで手掛けないと儲けられないと考える方がいらっしゃいますが、そうではないのです。少なくとも、当社ではちゃんと実績が出ています。

今後の目標は。

金属3D プリンタを導入しているので、その優位性が発揮できるように知見と技術を蓄積すること、元が取れるように案件を獲得していくことです。現在の具体的な案件には「小型発電機用のガスタービンの製作」があります。また、海外の宇宙産業関連の企業に部品を供給するための準備も進めています。情勢が落ち着けば実現に近づくはずです。
伊福精密であれば、どうにかできると思ってほしい。金属加工の駆け込み寺ですから。
いふく もとひこ/ 1971 年、神戸市長田区生まれ。53 歳。95 年、甲南大学理学部生物学科卒業。卒業研究のテーマはホタルイカ。同年、伊福精密入社。2003 年から現職。海外の取引先が多いため、時差の関係で深夜にWeb打合せの予定が入ることが目下の悩み。自社製品をピーアールするイベントに積極的に出展し、自ら製品の機能性を紹介する。

いまいずみ ひであき/1957 年愛知県出身。1980 年大阪工業大学卒業後、オーエスジー㈱入社。エンドミルやドリルの設計、開発に長年携わる。特殊工具の打合せや使用状況確認のために国内外多数の切削加工現場を訪問した経験をもつ。著書に「目利きが教えるエンドミル使いこなしの基本」(日刊工業新聞社)。

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