型技術 特別企画「実録!中小金属加工業の事業承継」
2026.02.02
シナジーを生むM&Aで実現する100 年企業を見据えた成長戦略―アベキン
高品質な製品や技術でさまざまな産業を支える金属加工業が多い新潟県の燕三条地域だが、近年は後継者不足が原因の廃業も相次いでおり、看過できない課題となりつつある。そんな中、オフィス家具や店舗什器、インテリア製品の設計・製造を手がけるアベキン(新潟県燕市)は近隣の塑性加工メーカーのM&A を皮切りに、4 社のM&A、1 社の事業継承を実施した。グループとして幅広い素材を使用した設計から加工、塗装、組立て、梱包までの一貫体制を実現し、大きく成長。オリジナル家具ブランドを展開し、注目を集めている。M&A が確実にシナジーを生んでいる。
洋食器から始まった燕三条地域らしい企業
アベキンは2027 年に創業80 周年を迎える。創業当時は燕洋食器の研磨を主に行っていたが、次第に農機具や物流用のかご台車の製造に移行。その過程でスノーダンプ(角形シャベルに持ち手が付いたソリのような形状の除雪器具)やガソリン携行缶などのオリジナル製品の開発・製造も手がけ、今に続く開発、板金・プレス加工などの塑性加工、溶接、塗装、組立ての一貫体制を築いた。
3 代目である阿部隆樹社長(図1)は「洋食器は今も昔も燕三条地域の主要産業の一つ。そして当社のある小池地域はもともと農機具の製造が盛んでした。創業以来、地域が培ってきた産業のもと成長してきたと言えます」と地域産業と自社の生い立ちを説明する。
しかし、そんな同社に試練の時期があった。農機具や物流のカゴ台車などの製造の多くが海外に流出したこともあり、徐々に経営が悪化。状況を耳にした阿部社長は2004 年、家業を継ぐ前の修行先として就業していたオフィス家具メーカーからアベキンに戻ることに。そこで目にしたのは、誇りに思ってきた家業の危機的財務状況だった。
「当時は5 千万円の赤字を計上し、6 億円の売上げに対し8 億円の借り入れ。まさに債務超過の状態でした。これは一刻の猶予もなかった」と阿部社長は当時の状況を明かす。
健全経営を目指しオフィス家具業界に活路
その状況を招いたのは、売上げの多くを占める農機具や台車などの業界が古く、価格転嫁が難しいためだ。そこでまずは「得意先」、つまり製造品目を変えてしまうことにした。目を付けたのは自身を育ててくれたオフィス家具業界だ。
「農機具や台車などは美観性が重視されないため、差別化が難しく付加価値もつきにくい。しかし、オフィス家具はその逆です。当社には開発から梱包までを一貫で行える技術・体制がある。つまり製品のクオリティをコントロールすることができ、工程や物流を見直して価格を抑えることも可能。勝機はあると思いました」(阿部社長)。
08 年にはリーマン・ショックのあおりを受け厳しい局面もあったが、その後のGMS 統合(イオンによる本州スーパー3 社の統合)や全国的なコンビニの統廃合などで、新たな店舗什器の需要が爆発的に生まれ、売上げを大きく伸ばすことができた。高品質なモノづくりが評価され、順調にインテリア業界にも進出。オフィス家具のオカムラや国内ハイブランド家具メーカーCassina ixc.、INTERIORS inc. が主な取引先となった(図2)。
図2 アベキンの製造する家具・什器(写真提供:アベキン)
「12~16 年の4 年間で新潟県営業利益率ランキングのトップ100 に入り、その間に5 億円の利益を出すことができた。『やっと抜け出せた』という気持ちでした」と阿部社長は振り返る
後継者不足に悩む地元企業とのM&A
経営状況が改善していく中で、次なる課題は今後の成長戦略だ。最短距離で確実に会社を成長させるにはどうしたらよいか。考えあぐねていたときに地元金融機関から同じ燕市内に工場をもつ阿部製作所のM&A がもちかけられた。
同社は順送プレス加工を主に行うプレス加工メーカーで、時計やバイクの小物部品、建築金物などの量産が主力。経営状況は良好だが、後継者だけがいない状態だった。優良顧客との強固な関係に加え、金型を設計できるというのも大きな魅力であり、思い切って17 年にM&A に踏み切った。
するとその後立て続けに地元燕市の企業のM&Aの相談が舞い込み、18 年にはステンレスの板金加工を主に行う矢部工業、19 年には大手メーカーの包丁の製造を専門とする本間技工に対してM&A を行った。矢部工業はアベキンが今まで行ってこなかったステンレスの加工や表面処理(バフ研磨や鏡面磨き)の技術、本間技工は月産4 万本の包丁を安定して製造する溶接技術、そして安定した顧客との関係性が魅力だった。
新潟を飛び出し県外の拠点をつかむ
その後、20 年から阿部社長は単身拠点を東京に移した。当時は新型コロナウイルスの影響で県外移動がしにくくなり、新潟からではオフィス家具やインテリア関連のメーカーがある大都市圏への営業が難しくなっていたためだ。困難な状況での営業活動だったが、それがまた新たな一社との縁を生んだ。
それが大阪府堺市に工場を構える千代田だ。同社はアクリルの加工を得意としており、そのほかの金属や木材、LED などの素材を仕入れてアセンブリすることで販売促進ディスプレイなどを製造している。アクリルという新たな素材の加工技術だけではなく異種材を巧みに組み合わせるアセンブリの技術、そして優秀なCAD 設計者を抱えていることは大きな魅力だった(図3)。
図3 千代田の技術が活きた店舗什器・サイネージ(写真提供:アベキン)
また、もう1 つ阿部社長の心を捉えたのは千代田がもつ西のモノづくりの中心地である東大阪市や八尾市の企業との連携だ。
「千代田も後継者はおらず、加えて経営も少々厳しい状態。しかし、新潟に拠点をもつアベキンにとって西日本に拠点をもち、そのうえ周辺の企業と連携してモノづくりを行える体制を保有できるのは大きなアドバンテージだと思いました」(阿部社長)。
その後、取引先からの要請で22 年には廃業した名古屋の企業からアルミニウムのハニカム構造を使用した家具の製造技術と事業を継承。そして23 年には同じく廃業した埼玉県内にある木工家具メーカーの事業を引き継ぎ、24 年にくろしろ木工所(埼玉県和光市)として再出発することとなった(図4)。アルミニウムは同社にとって新たな素材であり、くろしろ木工所の前身であるメーカーは天童木工などの高級木製家具も製造していた。これらの技術はインテリア関連でさらに存在感を表していこうと前進する同社にとって大きな助けになる。こうして24 年現在、アベキンを中心に6 企業のグループ企業(東京営業所などを含め、国内拠点は6 カ所)となった。
図4 くろしろ木工所は高級木工家具の製造ノウハウをもたらした(写真提供:アベキン)
買収ではなく「後継者にさせていただく」
立て続けのM&A を押し進めていく中で阿部社長が意識したのは相手企業を一方的に買収するのではなく「後継者にさせていただく」という気持ちだ。
「『M&A』と聞けばいかにも買収・合併といったイメージ。従業員も身構えるのは当然です。だからこそ、最初にM&A を実施した阿部製作所のときからまずは、私が会社を買うのではなく『後継者にさせていただく』という気持ちを前経営者と従業員にしっかり伝えました」(阿部社長)。
まずは社員全員と面談をし、収入などの待遇は変わらないことを説明。また、今不満に思っていることを聞き出し、アベキンとともにどんなものをつくっていきたいか、どう成長していきたいかという熱意を伝えた。また、社内に改善の余地があれば多少の金額がかかったとしても惜しみなく手入れをした。例えば、阿部製作所や本間技工は製造現場の老朽化が激しかったため工場・事務所を一新。そのほか、阿部製作所や矢部工業は日給制だったところを改め、アベキンと同じ月給制にし、有給日数なども見直した。これらは今いる社員だけではなく、今後入社する若手がより長期的なキャリアを見据えて働けるようにするための必要な投資と整備だった。
番頭経営で独自性とグループのつながりを維持
現時点では同社はグループ会社として、アベキンを中心に各社(5 社)はそれぞれ独立を保っている。しかし、経営者としては阿部社長1 人。各社には日々の生産と経営状況を管理できる「番頭」となる人材を育て、配置している。年齢は30 代~ 60 代と幅広い。基本的には各社の技術部長や工場長などがこの役割に当たるが、中にはアベキンから異動した30 代の社員もいる。番頭人材の選抜にはもちろん各社の技術や顧客に精通していることも大切だが、同じくらい「報連相」に手を抜かない人柄であることも重要だという。
「現在当社グループには8 つ拠点があり、私が1 週間に毎日1 カ所ずつ回っても1 日足りない。私がいなくても各社・拠点を信じて任せられる人材が必要でした。今後、いつかはホールディングス化も検討していかなければなりませんが、現時点ではこのグループ会社としてのやり方で十分効果を出せていると思います」と阿部社長は評価する。
阿部社長の言葉通り、現在同社の年間売上げは約24 億円。M&A 前は8 億円前後だったことと比較しても飛躍的な成長を実現している。
「3 段ロケット戦略」で目標にしていたブランディング化へ
健全経営を実現し、M&A を行う中で阿部社長の中には独自の「3 段ロケット戦略」があった。それは、「①債務超過からの脱却、健全経営の確立」、「②成長戦略を立案し、利益を投資して戦略を実行」、「③成長で得た利益をブランディングに投資」の3 段階であり、①は製造品目の大胆な切り替えで実現。②は阿部製作所を発端にした4 社のM&A と1 社の事業継承だ。アベキンがもっていなかった技術や事業、顧客を獲得し、そこに適切な投資をし、育てること。
そして今、同社は③のブランディングへの挑戦を進めている。会社の存続、そして社員の雇用を守るため自分たちで価格を付けられる「オリジナルブランド」の確立は同社の成長戦略には不可欠なものだった。オリジナルのインテリアブランド「KUROSHIRO」(くろしろ)を22 年より展開したのだ(図5)。カラーは白と黒に統一し、細いフレームが特徴的な、空間に違和感なく溶け込むデザインだ。
図5 「KUROSHIRO」はシンプルなデザインが魅力のオリジナルブランド家具
「この『目立たない家具』というのは当社が製造してきた販促什器や店舗インテリアから着想を得ています。使う人にとって黒子のような存在になる家具を目指しています」(阿部社長)。
24 年には国内における総合的なデザイン評価・推奨である「グッドデザイン賞」を受賞。Amazon での売上げも1 年で1,000 万円規模となり、同じく24年に東京都目黒区に初のブランド路面店「KUROSHIRO SHOP 中目黒店」をオープン。実店舗をもったことで大型家具の売上げも伸び、さまざまな小売企業や不動産関連メーカーからも声がかかるようになった。既存の家具に関する事柄だけではなく先進的な製品の開発に関連する案件も舞い込んでいる。
M&A に最も必要なのは、シナジー
KUROSHIRO の展開・成功、また顧客との共同開発案件の増加は同社が設計・開発から一貫して、幅広い素材の加工・組立てまでを行える体制を築き上げているからであり、「M&A がなければなしえなかった」と阿部社長は断言する。
今後は自社ブランドのさらなる成長のためにも小売り関連などのM&A も視野に入れていく方針だが、これまでの経験の中で、M&A を行ううえで必要な判断材料は何より「自社にとってどんなシナジー(相乗効果)を生むか」だという。
「M&A は短い期間で飛躍的な成長ができるチャンスです。自社がもっていないもの、自社が必要としているものを明確にし、それをもっている企業と手を組む。一度引き受けた会社には責任をもって、安心・安全の職場環境を提供し、そして何より結果を出す。それが後継者になったものの仕事であり、使命です」(阿部社長)。
燕三条地域には現在約3,300 社の企業が存在し、そのうちの5.2 %が100 年以上続く「100 年企業」だという。同社もあと22 年で100 年企業の仲間入りを果たすことになるが、阿部社長は100 年企業の特徴を「変化を恐れず革新してきた企業」だと表現する。洋食器の研磨業に始まり、時代にあった製造品目を模索し続けてきた同社の歴史もまさに革新の連続だった。今後も、新たな仲間を加えながら確実に100 年企業に向けて進んでいく。