工場管理 連載「失策学 ビジネスの誤算から紐解く成功の条件」
2026.03.19
第10回 社員をダメにする失敗 その1 ―企業の秩序維持の視点から―
打田昌行 米国公認会計士/公認内部監査人
うちだ まさゆき:日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『 令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他
いま求められる失策学
企業や各部門の現場運用は常に試行錯誤の連続であり、さまざまな失敗や失策が起きる。その苦い失敗や失策を冷静になって見つめ直すところに、豊富な学びがあり将来の成功につながる糧を見出すことができる。こうした内省を持てない企業や部門は、同じ過ちを繰り返し、やがて後戻りできない逆境に陥りかねない。そうならないためにも、失策や失敗から成功のヒントを前向きに学びとる逆算と逆転の発想、つまりエラーから学ぶ失策学のアプローチが大切である。
懲戒処分をめぐる公平性
社内で具体的にどのような行為をすれば、処分の対象になるのか。これをあらかじめ知っている従業員はどのくらいいるだろう。違法や不適切な行為は処分の対象になることを漠然と知ってはいても、多くの従業員は品行方正で、懲戒処分に関する定めなどほとんど無縁だろう。
しかし、もし社内秩序を乱す不適切な行為があれば、企業は再発防止のために処分をすることが求められる。処分を躊躇して、逆に冷遇するなどの不当な対応をすれば、かえってハラスメントに問われかねない。また処分が不適切で公平性を欠けば、職権の濫用と受けとられかねず、従業員の労働意欲は減退、やがては企業活動に深刻な影響が及ぶ。
不適切な懲戒処分が招く混乱と沈滞
懲戒処分は対象者の身分に大きな影響をもたらすだけでなく、処分を誤ればほかの従業員の心理にも大きな影響が及ぶ。そのため、明確な規則や手続を定め、適切かつ公平で、慎重な運用が求められる。不適切な懲戒処分は従業員を委縮させ、ときには職場の混乱さえ招く。いったん下した処分が裁判で無効ともなれば、大きな信用失墜のリスクをはらむ。
1.事例1:違法行為のうえに行われた処分
2024 年、兵庫県知事は自身のパワーハラスメントを通報した職員を探し出し、停職3 カ月の懲戒処分を命じた。その後、通報者は自殺した。匿名通報者の特定は、通報者に不利益を与える違法な行為として公益通報者保護制度が固く禁じている。にもかかわらず、知事は県議会の調査特別委員会の証人尋問に出席、調査の違法性を認めず、懲戒処分すら合法と述べ、道義的責任に理解すら示さなかった。
2.事例2:弁明の機会を与えずに処分
システムコンサルティング会社の担当者が、年金に関する書類の提出を従業員に求めたところ、従業員は書類の提出で自身が不利益を被ったときは訴訟を起こすと回答した。会社は回答が脅迫的かつ非協力的として、懲戒処分の中でも最も軽微な厳重注意に当たる、けん責処分とした。21 年に東京地裁は、従業員に弁明の機会すら与えず処分を行ったとして職権濫用に当たると判断、懲戒処分は無効となった。
3.事例3:一方的な解釈による処分
ある大学は、教授のハラスメント行為を理由に、退職届を出させて解雇するため諭旨解雇を勧告した。教授は考えさせてほしい旨を伝えたが、大学は応ずる意思がないものと解釈、懲戒解雇に処した。しかし17 年に裁判所は、勧告に応じないと判断できないにもかかわらず、一方的に行った懲戒解雇処分を無効とした。
失敗から逆算するための解説
事例1 はすでに多くのメディアが報道している。匿名の通報者を探し出す行為は、法令や判例から見ても違法で、それを踏まえた懲戒処分も有効性に欠ける。残念ながら通報者は他界したが、処分に伴う県職員の混乱や動揺を想像することはたやすい。連日の県民からの苦情に職員は疲弊していると伝えられる。通報制度の違法な運用に加え、首長による法令違反に基づく懲戒処分が、県庁に与えた混乱と信頼の損失は甚大である。
解雇は別にして、懲戒処分の本来の趣旨は違反の改善と再発防止にある。そのため処分が確定するまでは、推定無罪の考え方がはたらく。にもかかわらず、従業員に弁明の機会すら与えない事例2 のケースは、裁判所の指摘どおり職権の濫用に当たる。軽微な処分とはいえ、有無を言わせぬ企業の一方的な対応に、従業員は強い懸念や不安感を抱いたはずである。さらに企業が下した懲戒処分が裁判で無効となり、企業の組織管理能力に対する内外の不信感は増幅したであろう。
ルールに従い手続を進めることは民主主義の鉄則である。従業員の身分に大きな影響をもたらす懲戒手続は、なおさら慎重であるべきである。事例3 の諭旨解雇は、懲戒解雇を避けるため、教授に自ら辞表を出させようと行った勧告手続である。そのため、教授が諭旨解雇に応ずるかどうかが最も重要な手続上のポイントとなる。にもかかわらず、大学は教授の意思を一方的に解釈したことで、手続の基本的な運用を誤った。
失敗から逆算して得られる教訓
不公平、不透明な懲戒処分は、やる気と意欲を削いで従業員をダメにする。そうならないように、次のことに留意すべきである。
■服務規程を明確に定めて従業員に周知する
すべきこと、してはならないことを明確にして周知することは、私たちの社会の常識である。ルールが欠けているにもかかわらず、あるいはルールを遡って適用して懲戒処分をしてはならない。
■手続に沿って公平かつ適切な処分をする
根拠もなく、人により、地位により処分の重さを変えてはならない。弁明の機会を与えない、処分対象者の意思の確認を怠るなどの行為は適切な手続に欠け、訴訟となれば無効になる可能性が高い。手続を無視することなど、論外である。
■処分の記録と社内への説明開示
懲戒処分の経緯を記録に残すことは、先例を保持するうえで大切である。同種の事件が起きたとき、平等な扱いをする基準となろう。さらに企業は処分の理由を従業員にきちんと周知し、動揺を最小限度に抑える努力をすべきである。