工場管理 連載「失策学・実践編 エラーと不正を防止する組織づくり」
2026.08.05
第1回 セグリゲーションを使って会社をデザインする方法
打田昌行 米国公認会計士/公認内部監査人
うちだ まさゆき:日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他。
ビジネスの信頼を根底から揺るがす
「本件は信頼・信用という銀行ビジネスの根幹を揺るがす事案である…」、日本を代表するメガバンクの頭取が元行員の単独による不祥事を発表したのは、2024 年12 月半ばだった。東京都内の支店を利用する顧客約60 人の貸金庫を無断で開錠、4 年半に及び時価十数億円の現金や金品などを窃取していたことが判明したのだ。40 代の女性は支店勤務の営業課支店長代理という役職に就き、店頭業務の責任者で懲戒解雇処分を受けた後、逮捕された。
会社をより良くデザインする
古代中国には、人は生来、善の性格を持つといって性善説を説く儒家がいる一方、人は怠惰で悪の性格を持つとして性悪説を説く儒家もいる。どちらも理念としてはわかるが、人はそう単純な生き物ではない。長年にわたり誠実に銀行の仕事をこなし、支店の責任者にまでなった行員が、ギャンブルによる借金の返済に困った挙句、陰で顧客の金塊や高級腕時計を横領して会社に損害を与え続けた。
人は環境や境遇に左右されやすい弱い存在なのだから、性弱説こそふさわしいとする意見もある。置かれた境遇によって人は善にも悪にも豹変するなら、性弱説に対抗するにはどのようにより良い会社をデザインしたらよいのか。
1人で仕事が完結する状況が禍のもと
メガバンクの事件に話を戻すと、そもそも貸金庫は、顧客用の鍵と銀行が保管する銀行鍵の2 つがなければ開錠できないようになっている。他方で、顧客が鍵を紛失する場合に備え、銀行は予備鍵を用意している。それは、封筒に入れて密封後、顧客と銀行の印をそれぞれ押印のうえ、金庫に保管して開閉記録を残している。
こうした厳しい管理にもかかわらず、貸金庫の資産が横領され、長きにわたり発覚を免れたのはなぜか。元行員は、顧客の予備鍵を管理する責任者であったため、密かに封筒を開封して予備鍵を持ち出し、銀行鍵の2 つを使い開錠していたと銀行は説明する。貸金庫の室内はプライバシー保護の観点から撮影されない。持ち出した金銭は、ほかの顧客の貸金庫の現金から補てんして偽装、顧客に発覚しそうになると、システムの故障を理由に貸金庫の開錠を断ったとも報道される。
銀行は行内のチェックもすり抜けたことで、管理体制の甘さを認めるが、そもそも予備鍵の管理を1 人任せにして、単独で仕事が完結する状況をつくったことが致命傷であろう。
セグリゲーションを使いこなす
完全な人間などいない。どんなに注意を払おうが、つい、うっかりといったヒューマンエラーは必ず起きる。高い倫理観が求められる金融機関ですら、知っていながらあえてルールを破る不正行為が起きる。
ではどうすべきか、そこで登場するのがセグリゲーションという考え方である。顧客の予備鍵を保管する金庫の管理を1 人の責任者に任せてしまうのではなく、予備鍵を顧客が使うとき、金庫から予備鍵を取り出す管理者をもう1人設けておけば、予備鍵を悪用することは容易ではない。こうした分担の仕組さえあれば、元行員に思い留まる機会を与えることができたかもしれない。
業務を分担させ、ヒューマンエラーや不正が起きないように互いにけん制を働かせること、単独人で仕事が完結しないようにすること、これがセグリゲーションであり、会社をより良くデザインするガバナンスの隠し味の1 つである。不正にととまらず、広くヒューマンエラーをも防ぐための方策としてセグリゲーションを使い、組織のデザインに応用することを提案したい。
失策を繰返さないための実践編
貸金庫事件は、対岸の火事ではない。会社の金庫の中の現金や金品類は適切に管理できているか、失策を繰り返さないようにセグリゲーションの視点からもう一度振り返るべきだ。
⑴金庫の開閉時のセグリゲーション
勤務時間は金庫を常に施錠し、開錠と施錠はそれぞれ別の者が行い、ほかの者を必ず立ち会わせる。単独で開錠や施錠できる環境が整わないよう配慮する。
⑵鍵の管理のセグリゲーション
金庫がシリンダー錠なら、鍵は管理者のデスク内に施錠して保管する。さらにデスクの鍵は責任者2 人がそれぞれ分担して管理し、一方が不在などや緊急時に備える。
⑶金庫内の保管物一覧表をつくって過不足を防止する
施錠時には常に一覧表を使い、金庫内の過不足がないことを確認する。
⑷小口現金、商品券や印紙類のセグリゲージョン
金庫内の小口現金、贈答用の商品券や印紙類を払出して残高を記録するとき、1 人に任せずに払出しと記録係を必ず分担する。1 人に任せれば、残高記録を誤るだけでは済まない。たとえば、私的な領収書を使って小口現金を着服する、商品券や印紙を換金して記録を偽装することなどができよう。
⑸代表者印や銀行登録印の管理のセグリゲーション
いずれの印鑑も手提げ金庫に入れ、さらに会社の金庫内で保管する。会社の金庫の鍵の管理者は手提げ金庫の鍵の管理を兼ねられず、手提げ金庫の鍵の管理者は印鑑を使用できない。使用後の印鑑の収納は、手提げ金庫の管理者のほかに別の者も確認する。さらに手提げ金庫の持ち歩きは厳禁とする。