工場管理 連載「失策学・実践編 エラーと不正を防止する組織づくり」
2026.09.18
第2回 セグリゲーションはどのような現場で活躍しているのか① 事例:川崎重工、自衛隊をめぐる架空取引事件
打田昌行 米国公認会計士/公認内部監査人
うちだ まさゆき:日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他。
会社をよりよくデザインする
完全な人間などいない。いかに注意を払おうが、つい、うっかりといったヒューマンエラーは必ず起きる。ときには守るべきルールと知りながら、それを破る不正行為すら起きる。では、どうすべきか、そこで登場するのがセグリゲーションという考え方である。業務を分担させ、ヒューマンエラーだけでなく、不正が起きないように複数人で互いにけん制を働かせる、単独人で仕事が完結しないようにする、これがセグリゲーションであり、組織をよりよくデザインするガバナンスの隠し味の1つである。一見して簡単に思えるが、実のところ名だたる大企業ですらこれを守ることが難しい。
引き継がれた因習
2024 年4 月の大阪国税局による指摘だった。海上自衛隊の潜水艦の修繕を請け負った川崎重工業の神戸造船工場修理部門で、取引業者との架空取引でねん出した17 億円もの裏金を原資に、潜水艦乗組員などに物品の提供をしていたことが判明した。裏金は、3 社の取引業者の口座にプールされ、懇親会での飲食費、ゲーム機、ゴルフ用品、腕時計やビール券などの購入に使われた。さらに修理部門の私的な購入のため、飲食、ゴルフ場利用料、残業時のタクシー代にも充てられた。架空取引による資金の捻出は約40 年前から行われていたというから、因習は長年にわたり引き継がれていたことになる。
ルールからの些細な逸脱
防衛省との契約で、修繕に必要な物品は正規品として仕様に明記され、川崎重工の修繕部門が調達した。他方、仕様の対象外だが、修理中に潜水艦乗組員が業務上必要になる物品(安全靴、合羽や工具など)も、乗組員との業務を円滑に進めたいという川崎重工側の配慮から、当初は上司の許可を得て購入していた。しかし、仕様にない物品の購入代金は防衛省に請求できない以上、自社負担による購入自体が不適切であろう。
こうした些細な逸脱や恣意の介入が、やがて上司の許可を得ずに行われ、仕様品以外の購入が乗組員のどんな要望にも応ずるチャネルに変貌、接待や金券提供のための架空取引へとエスカレートし、脈々と受け継がれたと推定できる。他方、過去の積算単価を踏襲した受注契約のため、正規品が不足していたとも指摘され、正規品の積算不足さえなければ、修繕部門の恣意的な運用を招かなかったとの意見もある。
セグリゲーションで視る
組織的な架空取引を許した原因はさまざまに指摘されるが、とりわけモノづくり会社に欠かせない調達の仕組みと欠陥に注目したい。
1.物品の発注
修繕部門では、現場の要求により物品購入の担当者が取引先や数量を決め、買入のための要求票を作成した。ほかにも要求票の作成を同じ部門内で納品の検収を行う物品管理室にも依頼し、修繕部門の上長が買入の要求票を承認して発注となった。しかし、物品購入の担当者が取引先や数量を決めては、品質の精査がおろそかとなり、取引先との癒着により架空取引を招く恐れがある。加えて厳正な検収を行う物品管理室が、買入の要求票を作成しては、そもそもの内部牽制が効かない。後に、特別委員会の調査で物品購入の担当者が、正規品の購入にあわせて架空の買入要求票を起票し、物品管理室もそれと知りながら、自らも架空の起票をしていたことが判明した。
2.納品の検収
納品時の確認は、物品管理室の担当者1 人だけで行われ、エラー防止のダブルチェックすら実施できていない。発注から納品までが修繕部門内で完結し、物品管理室が不正に取り込まれていたのだから、納品のない架空取引を疑うことは難しい。後の調査で、物品購入の担当者も、納品の確認を許されていたことがわかった。
失策を繰返さないための実践編
調達の仕組みや手続を設計する時は、ヒューマンエラーや不正を可能な限り排除する組織をデザインするために、セグリゲーションの考え方に基づき、ぜひ次のことに注意をして取り組んでほしい。
⑴原材料などの要求部門が発注先を決めない
原材料などの要求部門は発注先を決定してはいけない。それを許せば品質の精査や価格の妥当性の検討が十分できず、取引先との癒着を生むリスクも高まる。発注先の決定は調達の専門部門(担当)に委ね、要求、発注、検収の役割を分離する手続をデザインすべきである。
⑵単独発注の禁止
原材料などの品質確保と規格、数量や仕様を誤らないように発注は複数人で精査し、単独の発注は禁止する。
⑶発注者と検収者のセグリゲーション
発注と検収担当者の兼務を禁ずる。それを許せば、架空発注はじめ購入した私物を自宅に納品させることも可能になる。さらに発注と検収を同一部門内で完結させることは、権限の集中につながり、外部からの牽制機能がおろそかとなるため組織設計上避けたい。
⑷複数による検収者と記録の保持
納品時の検収をおろそかにせず、エラー防止と正確な検収のために複数人で検収し、記録を残して上席の承認を得る手続を整備する。陣容が足りないときは、要求部門の担当者が立ち会って検収を進める仕組みを考えるのもよい。
⑸発注、検収担当者を支払業務から分離する
支払業務を担当する者は、発注、検収業務から分離する。もし兼務を許すと、支払のエラーを予防できないばかりでない。取引先と結び、架空発注やキックバックを企む支払を予防することができず、牽制も効かなくなってしまうことに留意してほしい。