わが国では、毎年のように地震、台風・豪雨に伴う風水害、大雪などの自然災害が頻発に発生し、激甚化の傾向にある。自然災害の最も恐ろしい点は、“いつ・どこで”発生するか分からないことだ。こうした非常時に、企業や自治体にはさまざまな対応が求められる。災害を未然に防ぐことは難しい。災害が発生した時に、被害を最小化する体制づくりが必要となる。いつ起こる分からない災害に常時から備えることが重要で、そのための柱の一つが「災害備蓄」だ。
企業BCP を構築する災害備蓄
4 つの災害備蓄対策
災害が発生した場合、第一義的に市民を守る責務があるのは、国民の生命・身体・財産を守る義務がある政府や自治体だ。ただ、政府や自治体にも能力の限界がある。このため、政府や自治体の能力を補完する役割として重要になるのが私企業の力だ。
災害備蓄は、BCP(事業継続計画)と密接不可分の関係にある。災害備蓄に詳しい防災安全協会理事長の斎藤実さんによると、BCPには①生命、②商品供給、③二次災害の防止という3原則があるという。斎藤さんは、3つの原則の「1丁目1番地となるのが災害備蓄です」と重要性を強調する。
BCPの一環として災害備蓄をするのではなく、BCPを構築するには災害備蓄が必要不可欠であるという意識を持って、BCPをつくり上げる必要があるとする。ただ、ありとあらゆる物を備蓄することは現実的ではない。斎藤さんによると、備蓄対策には大きく分けて4種類あり、これらの項目に分類して備蓄を進めると最適な準備ができるという。
まず、電気・ガス・水道といった社会インフラがストップしている状況下での災害備蓄として最も重要となるのが「水・食料品」だ。2番目には、懐中電灯やランタン、簡易トイレ、毛布、トイレットペーパーなどの「生活必需品」。3番目は、災害発生から時間が経った際に必要となる復興・復旧用のスコップやバールといった工具類やテントなどの「防災資機材」。4番目に災害情報を迅速に収集したり、安否を確認したりするために必要な「情報通信機器」となる。
中小企業で進まない備蓄対策
図1 災害などのリスクを具体的に想定して経営を行っているか (出典:「令和5 年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」内閣府(防災担当)、 令和6 年3 月)
ただ、備蓄対策のために必要な4種類を完備する企業はまだまだ少ないと斎藤さんは指摘する。大企業ではBCPの観点から災害備蓄を進める企業は多いが、日本の99%以上を占める中小企業に焦点を合わせると状況が変わってくる。帝国データバンクの「自然災害に対する企業の対応状況調査」(2020年10月)によると、大企業では、「ある程度対応を進めている」と「十分に対応を進めている」の回答を合計すると54.9%となり、何らかの対策を講じている割合は過半数を超える。一方で、中小企業では33.0%となり、半数を大きく割り込む結果になっている。中小企業の63.0%が「あまり対応を進めていない」か「ほとんど対応を進めていない」と回答している。
さらに深刻なのが、災害リスクに関する企業、特に中小企業の危機感が薄らいでいる点だ。内閣府(防災担当)の「令和5年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」よると、「リスクを具体的に想定して経営を行っているか」との質問に対する回答で、「行っている」と回答した中小企業の割合は、2017年度の同調査と比べ3.5ポイント減の63.4%となっている(図1)。自然災害が頻発・激甚化する近年において、災害などのリスクに備える意識が高まるどころか、逆に低下している現実がある。
大企業がいくら災害対策を進めても、日本の99% 以上を占め、下請けとして大企業を支えている中小企業の事業が存続できない事態になれば、日本経済は混乱の渦に飲み込まれてしまう。中小企業で災害備蓄が進まない要因について、斎藤さんは「中小企業独特の経営に対する考え方がある」という。中小企業では従業員が地元に住むことが多く、従業員間の親密さを大切にする度合いが大企業よりも強く経営に反映される傾向がある。そのため、「中小企業の多くは利益が出ると、従業員への利益還元として、まずは賞与で報い、次に社員旅行などの福利厚生にお金を使います。災害に備えた物資の購入は、その次となるのです」と斎藤さんは話す。
ローリングストック方式の推奨
中小企業において災害備蓄が進まない要因には、利益の使い方という独特の経営意識のほかにも、備蓄品を保管する倉庫などの場所を確保することが難しいことがある。人は1日に3ℓの水を必要とすると言われている。1人当たり3ℓの水を3日分確保するには、相応の場所が必要になり維持費もかかる。消費期限が過ぎて廃棄するにも費用を要する。中小企業にとっては重たい負担だ。これが中小企業で災害備蓄が進まない物理的な要因になっている。
この問題に対して、斎藤さんは内閣府が食品備蓄方法の1つとして提唱している「ローリングストック方式」の活用を説く。食品のローリングストック方式とは、普段から食べている食品を少し多めに備えておき、食べたら新しく買い足していくことを繰り返し、常に食べなれた食品を備蓄する方法をいう。これにより、過剰な備蓄を抑えることができ、倉庫などの場所も最小限で済むことになる。
斎藤さんは「防災イベント」の実施も推奨する。丸一日、防災の日として会社の電気・水道・ガスを止めて、被災したことを想定してBCPを実行する防災訓練だ。お昼ご飯に備蓄している食品を使えば、ローリングストック方式を実践することにもなる。「実際に訓練すれば問題点も洗い出すことができます。それ以上に、中小企業の経営者や従業員の防災に対する意識を変えるきっかけにもなるでしょう」と斎藤さんは意義を強調する。
能登半島地震から見えてきた災害備蓄の課題
災害が発生した場合、政府機関や自治体などの公的機関には、市民の生命・身体・財産を守る義務がある。政府や自治体は課せられた義務を履行するために、政府・自治体だからこそ可能となる、さまざまな対応を検討している。
内閣府の防災情報ページ「特集 災害の備え、何をしていますか」によると、市区町村などの自治体では、災害発生時に避難所となる公立小中学校や自治体所有の施設などに災害に備えた備蓄倉庫を設けて、水、食料、医薬品や防災資機材を配置している。東京都港区では、区立小中学校や区が管理する施設など約100カ所に防災備蓄倉庫を設置し、区立小学校のプールの水をろ過して飲料水として利用できるようにしているという。
政府は2024年1月に発生した「能登半島地震」を教訓とするため、2024年6月に「令和6年能登半島地震に係る災害応急対応の自主点検レポート」(以下、自主点検レポート)をまとめた。浮かび上がった課題を乗り越えるための方策や災害対応上有効と思われる新技術などを洗い出し、今後の対策に反映することを目的としている。
能登半島は全国的に見ても、高齢化率が約44%と高く、住宅の耐震化率が低い(珠洲市51%、輪島市42%)などの特徴から、都市型災害などの参考にはなり難いとも思われるが、避難所に寄せられる避難者ニーズは、都市と地方を分かつことなく共通事項が見えてくる。
■ 能登半島地震では、さまざまな課題が浮き彫りになった(写真は石川県輪島市の被害の様子)
(撮影・日刊工業新聞社)
より細かな配慮が重要な避難所運営
まず、能登半島地震から見えてきた課題を概観してみよう。能登半島地震では、災害発生直後から携帯トイレや簡易トイレなどをプッシュ型で支援した。ただ、仮設トイレも含めて、屋外に置かれていたため、一部の高齢者や女性からは既存トイレにかぶせて使える携帯トイレや屋内用ラップ式簡易トイレなどの屋内トイレの需要が高いことが分かった。
避難生活の食を支えるうえで有用だったのが「セントラルキッチン方式」だ。地域の飲食店や料理人と連携して、料理や弁当をつくり、それを避難所などに配達する仕組みで、栄養士も参加することで、避難者に配慮した食事を提供することが可能となった。
避難生活が長引くと、避難者は今後の生活再建に備えた行動を取るようになる。生活再建に必要となるのが罹災証明書だ。能登半島地震では、被災市町村を1対1で担当する団体が自己完結的に支援する「対口支援」が機能したことにより、避難所の運営のほか、罹災証明書の交付といった災害対応業務がスムースに遂行できることも分かった。
避難所のプライバシー問題の対応も必須になってくる。政府は災害発生直後から、合計で約3200個のパーテーションと約7000個の段ボールベッドをプッシュ型で支援した。ところが、避難所では、それらが活用されていないケースも見受けられたという。避難所で居場所を決めた被災者がレイアウトを変更することを嫌がったり、住民の連携が強い地域では顔が見えないことに不安を感じたりすることが要因となるなど、新しい課題も見えてきた。
■ 能登半島地震の避難所内の生活スペース(出典:「令和6 年能登半島地震における避難所運営の状況」内閣府(防災担当)、令和6 年能登半島地震に係る検証チーム(第3 回)、令和6 年4 月15 日)