創業以来47年にわたり、一般精密板金加工やパイプ加工・ロウ付けを手掛けてきたトワダ。家族経営の町工場ながら、加工精度や寸法公差に厳しい一般精密板金加工の技術力には定評があり、精密板金加工~パイプ加工~銀ロウ付けまでをワンストップで行えるのも強みだ。半年前に5S活動に着手、整理・整頓(2S)を中心に日々取り組んでいる。また、工業団体連合会や自治体などとの横のつながりを大切にする地域密着型の工場で、5年前の令和元年東日本台風(台風第19号)による被災では、地域の町工場仲間たちに助けられ早期に生産を再開できた。一方で町工場ならではの技術承継・事業継承の問題にも向き合っている。
職人の高い技術力を誇る アットホームな町工場
一般精密板金加工、パイプ加工・ロウ付けを手掛け、試作から量産まで受注しているトワダ。板金加工では各種溶接の組立から仕上げ、表面処理(鍍金・塗装・シルク印刷など)までを一貫して行う。鉄道関連、液晶TV や光学カメラの部品など精密さ・耐久性が重視される製品を生産している。金属加工機械メーカーのアマダ主催の「優秀板金製品技能フェア」で特別技能賞に輝いた技術力に加え、精密板金加工~パイプ加工~銀ロウ付けをワンストップで行える点もトワダの強みである。
1977 年に川崎市中原区上平間に十和田製作所として設立、84 年に同区宮内へ移転、90 年に高津区下野毛へ再移転し、社名を有限会社トワダに変更。家族経営の町工場で、2015 年4 月に創業者の長女である現社長の阿部早苗氏が2 代目を継いだ。弟の阿部裕之氏やベトナム人従業員など、計7 名が働くアットホームな雰囲気が漂う町工場だ。
トワダの心臓部の1階、手前で作業しているのは社長の弟の阿部裕之氏
「整理」「整頓」の2S を中心にスタート
今年4 月に5S 活動を始めたばかりで、阿部社長は「やらなきゃいけないことは以前からわかっていました。でも現場の従業員にどう意識づけるか、自分ごととしてとらえさせるか、彼らがどこまでついてこられるか、と5S を浸透させるのは難しく感じていました」という。また「5S を行うことで逆に作業がやりにくくなるのでは」という不安もあった。一定規模の工場であれば生産性向上を目標に掲げ5S を進めやすいが、逆にトワダのような少人数かつ多品種少量生産の工場では「自分で把握しているから問題ない」という意識が強く、5Sを進めにくい側面もある。
不安を抱きつつも5S への着手を決心。公益財団法人川崎市産業振興財団にコンサルを依頼したところ、「まずは床のあちこちに直置きしている段ボールを片づけるように」といわれた。2 階建ての工場を見渡すと、床だけでなく機械やロッカーの上にも治工具や部品などが雑多に置かれていたという。アドバイスに従い5 つのエリアに分け、5Sリーダーにベトナム人の従業員を抜擢。仕事も日本語も優秀で真面目な性格の彼が中心となり、頑張って5S 活動を進めてくれた。
まずは不要なものを処分する「整理」から始めた。さまざまなものが混在しており、「誰かにとっては必要かもしれない、勝手に捨ててよいのだろうか?」と判断がつかない。そこで全員で一斉に断捨離し、朝のミーティングでは進捗を確認した。指摘された段ボールは、釣り棚を設置して収納することで床に散乱することはなくなった。
次に「整頓」に着手。同じやすりが十数本雑然と置かれているような状態が見受けられた。そこで収納箱や引き出しを用意して中身を明記したラベルを貼り、治工具や部品、文房具などを仕分けした。日常的に使うものと予備に分け、高頻度で使用するものは使いやすい場所にまとめた。治工具などが雑多に乗っていて危険だった設備まわりもすっきりと片づいた。
工具の姿置き、サイズ別に定位置に戻す六角レンチ立て
整頓を進めるうちに、「使ったものを定位置に戻さない」という新たな問題が発覚。そこでリーダーが見よう見まねで工具の「姿置き」をつくったところ、使用後は定位置に戻す習慣がついた。「サッと使えてスッと戻せるようになり、それまでは“探す”ことから始めていた作業が捗るようになりました」(阿部社長)。改善活動を継続的に行うために負担にならないルールも設けた。作業中にいちいち戻すのはかえって作業を妨げるため、終業時にきちんと戻すよう習慣づけた。また金曜日に片づけと掃除の時間を確保し、整理・整頓と清掃を徹底して行う。
残りの課題は2 階にある治具の山と在庫だという。治具は処分するわけにはいかず、鉄の塊でかさばるため整頓の仕方に工夫が必要だし、サンプル在庫(つくるときの見本)として保管されている製品も要不要を精査する必要がある。「整理・整頓の完成度は7 割。今後は従業員からの改善提案や他社の工場見学なども検討しています」(同)
工業団体や自治体の仲間たちに助けられた 令和元年の台風被災
「5S を始めたきっかけは、仲間の清潔な工場や改善の様子を見て影響を受けたことです」(同)。トワダの所在する川崎市は工業団体連合や自治体などとの横のつながりが強固な地域。たとえば住工混在問題に対しても、地域住民に理解を深めてもらおうと、工業団体や自治体が協働でオープンファクトリー(工場見学)やイベントなどを開催している。「最近は“川崎をよくしていこう!”と代替わりした町工場の若手社長たちも集結してくれて、地域が活性化しています」という阿部社長自身も、下野毛工業協同組合の副理事長、川崎中原工場協会の副会長などを務めている。
こうした地域のつながりに深く感謝した出来事があったという。2019 年10 月に上陸した令和元年東日本台風による被災のときだ。静岡県、関東、甲信、新潟県、東北地方などに甚大な被害がもたらされ、高津区付近も多摩川の水門がすべて氾濫し大打撃を受けた。外の水位は1m 近くまで上昇し、工場内はシャッターを閉めても60cm の浸水。タレットパンチプレスやベンディングマシン、バリ取り機などの設備がある1 階の心臓部は水浸しになり、生産を一時停止し、外注せざるを得なかった。再開までに1 カ月以上かかった。
トワダにとってさらに不運だったのは、3 連休初日に台風が直撃したこと。「連休は全員出勤する予定でした。前日に大量に仕入れた材料がすべて水に浸かり、心が折れて途方に暮れていると、町工場の仲間たちが駆けつけて助けてくれました。本当に感謝しています」(同)。被災後、どの清掃会社も予約待ち状態だったが、トワダには仲間の清掃業者が優先的に駆けつけて高圧洗浄を行ってくれたおかげで、早期に生産を再開できた。阿部社長はそのときの感謝から、月1 回、能登半島地震の被災地へボランティアとして出向いている。
今後の課題は技術承継、事業継承
2025 年は阿部社長の就任10 年目の節目であり、その2 年後には創業50 周年を迎える。そんなトワダにとって、技術承継、事業継承は大きな課題である。「今、川崎市役所からコンサルタントを派遣してもらい、技術承継に力を入れて相談しています。ですが、技術承継の前提として雇用の安定が必須です」(同)
トワダでは人材不足で5 年前より、日本語の読み書きができるベトナム人材を正社員として迎えてきた(以前は正社員2 人、現在は契約社員1 人)。「現場の従業員が外国人材雇用に抵抗感を抱いたこともありましたが、いざ彼らと一緒に働いてみると日本人よりいいと気に入っています。彼らは一生懸命で気持ちがいいのです」と阿部社長は目を輝かせる。周辺の町工場でもインドネシアやバングラディシュの外国人材が働いているそうだ。
派遣元から「現場が1 人でも抵抗を示すなら雇用は辞めた方がいい。社長が気に入っても常に一緒にいるのは現場の従業員だから」とのアドバイスを受け、「面接時には従業員全員が彼に接触し、語学レベルや性格、人間性に触れたうえで、満場一致のもと雇用します。家族みたいな工場なので、スキルよりも人として付き合っていけるかどうか、人間性を重視しています」(同)
人材確保に力を注ぐも、「日本人、外国人に関わらず若い世代は雇用の継続が難しい」と、トワダに限らず町工場では技術承継や事業継承は喫緊の課題だという。