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工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」

2025.03.01

第8回 行動デザインの本質 社員を巻き込むヒアリングのコツ

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ダイテック 山口純治

やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
 前回は、業務プロセスの可視化の難しさについて書きました。まず、ほとんどの社員は自分の担当業務しか把握しておらず、会社の業務全体を把握している社員がいないことが課題です。さらに、自分の担当業務であっても、業務の流れやコツをわかりやすく説明できる社員はほとんどいません。これにより、単なる担当者へのヒアリングだけでは正確な業務の洗い出しが困難となります。

 もちろん、ヒアリングもせずに各部門の代表者たちからの報告だけをもとに業務分析を行うことは非常に危険です。現場の生の情報をもとに現状を分析し、適切な意思決定を行う必要があります。しかし、多くの企業はこの重要な工程を効率的に進めようとし、軽視してしまう傾向があります。その結果、業務プロセスの理解が不十分なまま改善策を講じ、期待した成果が得られず、現場を混乱させてしまうことが多いのです。現状の業務プロセスの可視化は、企業の変革において不可欠なステップであり、十分な時間とリソースを割いて慎重に進める必要があります。まず、業務の可視化を妨げる要因について確認しておきましょう。以下に7 つの例を挙げます。

業務の可視化を妨げる要因

1.    暗黙知の存在
 多くの業務は、長年の経験や慣れによって形成された「暗黙知」に依存しています。別のいい方をすると「属人化」です。現場の知識や判断基準が書面化されておらず、口頭説明も難しいため、可視化が困難になります。

2.    業務の複雑性
 業務プロセスが多岐にわたり、複雑であることが多いです。業務が細分化され、複数の部門や階層の担当者が関与することで情報が分断され、全体の流れを把握するのが困難になり、可視化が阻害されます。

3.    抵抗感
 社員が業務の可視化に対して抵抗感を抱く場合があります。自分の業務が監視されていると感じたり、プロセスの変更に対する不安を持っていたり、自分のノウハウが流出することで、自分の価値低下につながると感じたりすると、協力が得られにくくなります。

4.    人員の異動や退職
 業務に精通した社員が異動や退職することで、重要な業務知識が失われることがあります。これにより、業務の流れやノウハウ、そして過去の経緯などの伝承が途絶え、可視化が難しくなります。

5.    時間とリソースの不足
 業務プロセスの可視化には時間とリソースが必要です。しかし、日常業務に追われていると、十分な時間や人手を割くことができず、可視化が後回しになってしまいます。

6.    標準化の欠如
 同じ業務でも担当者によって手順や方法が異なる場合、標準化されていないため、業務プロセスを一貫して可視化するのが難しくなります。

7.    文化的な抵抗
 組織の文化として、業務の透明化や改善に対する抵抗が根強い場合があります。特に管理部門が主導する取組みに対して現場社員の抵抗感が強い組織においては、変革に対する抵抗感や現状維持に執着する文化的な傾向があり、業務プロセスの可視化が進みにくくなります。

 これらの7 つの要因を「人的要因」と「構造的要因」に大別できます。最初の人的要因については、人の心理的な領域が大半を占めます。人は変化を恐れるものであることを前提として認識し、会社の改革に現場社員を巻き込む必要があります。

現場社員の積極性を引き出すヒアリングのコツ

 今回は、現場社員に対するヒアリングのコツを解説します。人的要因には技術的なものと心理的なものがあり、まずは社員の心理的な抵抗を取り除くことが重要です(図1)。社員が変化に抵抗を示す理由の1 つに「不安」があります。新しい業務環境やプロセスに対する未知の状況は、多くの人にとってストレスとなります。特に、過去に変革がうまくいかなかった経験がある場合、その記憶がトラウマとなり、さらに不安が増幅します。また、長年続けてきた業務手順や方法に慣れている社員は、突然の変更に大きな抵抗を示します。人間は安定性や予測可能性を好む傾向があります。変化の理由や目的が明確に伝えられていない場合、混乱や不安、不信感が増大します。
図1 社員が変化に抵抗を示す要因

図1 社員が変化に抵抗を示す要因

 さらに、現行の業務で知識や技術の優位性を持っていた社員は、変化によりその影響力や権力が減少することを恐れます。この心理は特に管理職や専門職に多く見られ、新しいシステムやプロセスでは、自分の経験や知識が軽視されるのではないかという懸念を強く抱きます。

 透明性を確保するために、変革の目的やその必要性を明確に説明します。ここで重要なのは、社員の目線で語ることです。「利益確保のため」「会社の成長のため」という会社目線で伝えても、社員にとっては自分のこととしてとらえられず、会社都合によって振り回されると感じるかもしれません。社員にとっての意義を言語化して伝える必要があります。社員にとっての意義とは、「自分の困りごとや不安が解消される」ことです。意義を共有することで、社員は変革の理由を理解しやすくなり、不安が軽減されます。

 社員の意見や懸念がとるに足らないと感じたとしても、真摯に受け止めることが重要です。意見に積極的に耳を傾け対話することで、社員は自分たちが変革プロセスの重要な一部であると感じ、協力的になります。この対話は、社員との心理的な距離が縮まるまで繰り返します。社員を変革に巻き込む際には、不満や不安を解消し、そのうえで希望や期待を増やすことが重要です。

 ヒアリング時には、現場社員の現在の仕事を否定してはいけません。「もっと効率的なやり方があるだろう」や「こんなムダなことをやってるのか」といった否定的な意見は悪手です。指導モードになってはいけません。日々苦労している自分の業務を否定されれば、心理的な抵抗を覚えるのは当然です。この段階では現状を聞き取って業務を正確に把握することにフォーカスする必要があります。そのため、「どうあるべきか」というポイントは棚上げし、現状をありのままに受け入れる、つまり全肯定する姿勢が重要となります。現状の業務だけでなく相手の存在を肯定するために、質問を繰り返しながら現状の聞き取りを実施します。「一番気をつけていることは何ですか」「一番大変なことは何ですか」「工夫しているところはどこですか」といった質問を投げかけて、相手が大切にしていることや意識していることを引き出してください。さらに、「それは大変ですね」「かなり繊細な対応が必要なんですね」と、相手の感情に寄り添うような声がけができるとよいでしょう。そうすると、相手は自分たちの苦労を理解してくれたと感じるはずです。このように、社員の心を開く働きかけをしたうえで、業務のヒアリングを行うことが成功のカギとなります。

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