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プレス技術 連載「キラリ光る!塑性加工分野のモノづくり力」

2025.03.22

第5回 精密プレス加工の可能性を探求し実現する技術開発力-田中製作所

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プレス・鍛造加工で独自・個性的な技術を駆使してモノづくりに挑む企業、各種研究・開発団体をレポートする。(『プレス技術』編集部)
 精密プレス加工メーカーの田中製作所(鳥取県鳥取市)は、高精度なバスバーを製造する独自の加工技術を開発した(写真1)。
写真1  バウシンガー効果を活用した独自の曲げ加工で高精度なバスバーを製造する

写真1  バウシンガー効果を活用した独自の曲げ加工で高精度なバスバーを製造する

 バスバーは、電気自動車などに搭載される電池から大容量の電流を流すための銅製電極部品であり、打ち抜いた銅の厚板の複数箇所をプレス加工で折り曲げて立体形状にしてから耐熱性樹脂の基材に取り付ける。バスバーは形状が複雑なため製造過程でキズが付きやすい。また、複数箇所を曲げるためスプリングバックの影響が蓄積・増幅されて製品としての寸法が大きく変動してしまう。そのため、樹脂製基材にバスバーを取り付けるのに作業者の矯正作業が必要で自動化が難しく、品質や生産性、コストに課題があった。

 2017 年からバスバーを製造する同社は、2023年に自動組立てが容易にできる高精度なバスバーの独自加工技術を鳥取県産業技術センターと共同で開発した。それはスプリングバックの影響を極力排除した曲げ加工技術(リターンベンド方式)であり、ポイントはバウシンガー効果の活用と独自の金型づくりだった。

スプリングバックを抑える曲げ加工のポイント

 バウシンガー効果とは、金属の板材に対してはじめにある方向に負荷をかけて変形させ、その後、反対方向に負荷をかけると最初の変形時より降伏応力が小さくなる現象のことである。同社はこの効果を活かすため、あらかじめ製品の形状と逆の方向に銅板を曲げておき、その後、製品の形状となる方向に曲げてバスバーを加工することで、通常の曲げ加工に比べてスプリングバックを最大で約1.2°減少させ、曲げ角度のばらつき量も1/6 に抑えられる加工技術を開発した。

 同社は無酸素銅(C1020)を用いて板厚1.5 ~2mm で大きさ20 ~ 30cm のバスバーを曲げ精度± 0.2 ~ 0.3mm で加工する。バウシンガー効果を活用した曲げ加工では、銅材の板厚や硬度、内部応力などを考慮して、過去から蓄積した曲げ加工とスプリングバック量のデータを活かしながら適切な加圧力を決める。そして、それをベースに順送加工の工程と金型を設計する。なお、曲げ加工では銅板の焼付きや金型部品の摩耗・破損が問題となるため、一般的にはその対応策として金型部品をコーティングしたり加工に潤滑剤を用いたりする。

 ただ、それにより潤滑剤の洗浄工程が必要になりコストも増大する。それに対して同社は微粒子状の潤滑剤が含まれた金型材を開発し金型部品を製作した。軟質材料の銅は加工中に金型に凝着して摩耗させるが、微粒子状潤滑剤を含有した金型では無潤滑でも従来と同等の品質に加工できた。バスバーを加工する順送金型では、この自己潤滑機能を持たせた金型部品を部分的に用いた。それにより加工後のバスバーの潤滑剤を洗浄する工程を不要にしてコストダウンにつなげられた。

「現状では主に1.5 ~ 2mm の板厚でバスバーを製造していますが、新規の見積もりでは板厚のバスバーへの需要が増えています」(田中佑樹管理部長兼営業推進担当)

 独自の曲げ技術を活かして今後はさらに板厚のバスバー加工に取り組んでいく。

プレス加工だけで刃物をつくる

 同社は自動車部品をはじめ半導体製造装置部品、自動倉庫の搬送装置部品、文具の部品など幅広い分野の精密プレス加工部品を手がける。市場シェアの約50%を握るミニプリンタ用刃物もその一つであり、プレスによる独自の加工技術を開発している。

 ミニプリンタは、スーパーマーケットやファストフードショップ、ガソリンスタンド、物流倉庫などで用いられるレシートやラベルを印字するプリンタであり、その出力口に小型の刃物(カッタ)が設置されている。ミニプリンタ用の刃物は、固定刃と可動刃の2 つの刃物でハサミのように切圧で紙(シート、ラベル)を切る仕組みだ。

 通常、小型刃物の製造は、プレス加工で打ち抜いてから熱処理で硬度を上げ、次いで研磨加工(刃付け=研磨で切断面に傾斜を付けて刃先にする)と研磨バリ除去した後に表面処理して仕上げる。同社はこの従来工法による小型刃物をコストダウンするため、プレス加工だけで刃付けする、いわゆる「研磨レス刃物」の加工技術を開発した。

 その新しい加工技術では専用の金型で被加工材の端面を最適な角度に打ち抜く。順送で微妙な角度を付けながら刃付けするため量産加工できることが特徴だ。また、ミニプリンタの刃物には300万回の切断に耐えられる剛性が求められるが、新技術による研磨レス刃物では打ち抜いた破断面をあえて刃先にすることで摩耗に対する耐性を確保した。

「プレスの打抜きで端面を斜めに加工し、しかもその角度にこだわるという発想自体が業界にはなかったことです」(大旗泰之技術部長)

 2012 年に被加工材の端面の角度を任意に制御できる順送打抜き加工を確立し、従来工法と同等以上の性能を持たせながらコストを1/2 に抑え、生産性を2 倍に高めた小型刃物を完成させた。

刃物のプレス加工技術をさらに発展させる

 同社は2021 年に研磨レス刃物の加工技術を活かし、台紙や裏紙のない粘着性ラベル(ライナーレスラベル)用ミニプリンタの刃物の加工技術も開発した。このミニプリンタはスーパーマーケットやファストフードなどで商品の表面に商品名や価格、バーコードなどを印刷するものであり、シール状のラベルを切る刃物には粘着物が付着・堆積する。それに伴い切断性能が低下するため、従来の刃物では表面をコーティングしたり切削加工で糊逃げ構造を設けたりしていた。

 それに対して同社は、打抜き加工とディンプル加工(表面転写技術)を組み合わせて粘着物が付着しにくい「非粘着刃物」にできる独自の加工技術を開発した(写真2)。この加工技術では、研磨レス刃物の工法で刃付けし、刃物の表面にディンプル加工で微細な凹凸を形成する。ディンプル加工後の表面粗さは平均でRz20μm であり、ライナーレスラベルを切断したときの刃物への残留粘着物を従来の刃物より70%削減できた。また、ディンプル加工を順送工程内に組み込んだことでコストダウンにもつなげられた。この非粘着刃物は今年秋にミニプリンタに搭載される予定と言う。
写真2  打抜き加工とディンプル加工の組合せで粘着物が付着しにくい刃を製造する

写真2  打抜き加工とディンプル加工の組合せで粘着物が付着しにくい刃を製造する

 バスバー、研磨レス刃物、非粘着刃物ともに同社の独自加工技術は特許を取得している。研磨レス刃物では打抜きで端面に傾斜を付けるという独特の発想をした。また、ミニプリンタの刃物自体についても「(参入メーカーが少なく)ニッチな分野での技術開発」(牛尾渓太開発部長)と自嘲ぎみに謙遜する。しかし、それを特許技術に昇華させたということは、プレス加工の可能性をどこまでも追い求める探究心が根源であることは間違いないようだ。

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