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プレス技術 連載「モノづくり革新の旗手たち」

2025.10.17

現場で得た知見を武器に町工場の抱える真の課題に向き合う―ヤマト技研

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㈱ヤマト技研 代表取締役
林 辰樹氏

 「工場に新たな勝ち筋を」をミッションに掲げ、製造業に特化したコンサルティングやWeb 制作、SNS 運用代行を手がける㈱ヤマト技研(東京都港区)。プレスや板金、樹脂成形など個々の業界事情に通じたスタッフが在籍し、新規顧客獲得や人材採用に向けた的確なサポートを強みとする。多くの仕事が海外に流れパイが縮小する中、「町工場の経営には戦略が不可欠」と同社の林辰樹社長は指摘する。町工場が生き残るための“勝ち筋”を聞いた。

『プレス技術』編集部

前職でキーエンスに勤めていたそうですね。

大学卒業後に新卒で入社し、3 次元輪郭形状測定機の営業を担当しました。手のひらサイズの部品の形状や表面粗さをミクロンオーダーで測れる装置です。販売先は大手企業と中小企業が半々くらいで、中小企業は機械加工メーカーや樹脂成形メーカーが主でした。2,000 社以上の工場を訪問しました。

そのときの経験が起業のきっかけになったのでしょうか。

キーエンスに勤める前から、将来は絶対に起業しようと決めていたので、直接のきっかけではありません。ただ、営業でお客さまを訪問する中で感じた疑問がヒントになりました。当時はコロナ禍で、どこも経営的に厳しい状況だったのですが、そんな中でも「忙しくてしょうがない」、「機械を増設しないと仕事が間に合わない」という会社が何社かありました。まったく同じ機械加工を手がけているのに、仕事が7 割も減って社員を休ませている会社があると思えば、とんでもなく忙しい会社がある。忙しい会社の共通点はなんだろう。そう考えたとき、Web の活用が町工場の「勝ち筋」になるのではないかと感じたのです。そこで、2024 年6 月に今のビジネスを始めました。
客先訪問の様子。関係が深まるにつれて、その企業の抱える本当の課題が見えてくるという(写真提供:ヤマト技研)

客先訪問の様子。関係が深まるにつれて、その企業の抱える本当の課題が見えてくるという(写真提供:ヤマト技研)

改めて業務内容を教えてください。

製造業に特化したマーケティングや人材採用のコンサルティングを主に手がけています。中でも、SNS やホームページ(HP)などWeb を使ったソリューションの提案に力を入れていて、最近はSNS の制作や運用代行を入り口にして契約いただくケースが多いです。町工場の課題は“知られていない”こと。「まずは、強みを出すことから始めましょう」と提案しています。

知ってもらうことがまずは大事だと。

町工場を訪問して課題を聞くと、多くの場合、4 つのパターンに分かれます。1 つ目は仕事の数がそもそも足りない、2 つ目はリスク分散のために他業種の仕事を手がけたい、3 つ目は1 社依存から脱却したい、4 つ目は利益率の高い仕事を手がけたいという課題です。これらの課題を解決するためのカギになるのが新規顧客の獲得です。これは利益率を高めるためには特に有効で、1 件しか引き合いがなければ、その仕事を受けるしかありませんが、10 件の引き合いがあればやりたい仕事を選べます。ところが、新規顧客の獲得に関して町工場の状況を見ていると、“不戦敗”のケースが9 割以上という印象を受けます。競合に競り負けているから新規顧客を獲得できないのではなく、検討のテーブルに乗っていないことが問題。Web で適切な情報を発信しておらず、顧客がその会社を探し出せない。結果、構造的な機会損失が発生しているのではないでしょうか。
同社が手がけたHP 事例。会社の強みを表す的確なキャッチコピーが光る(写真提供:ヤマト技研)

同社が手がけたHP 事例。会社の強みを表す的確なキャッチコピーが光る(写真提供:ヤマト技研)

動画で認知度を高める

HP に製品サンプルを載せているだけでは、顧客と接点をもつのは難しいのでしょうか。

難しいし、そもそもHP は見てもらえる確率が低い。そこで、当社はSNS に関しては、ショート動画の作成・運用に力を入れています。会社のプロモーションビデオ風なもの、「自社技術の活用方法を探しています」というストレートな要望を伝えるものなど、役割の異なる動画を作成しています。TikTok やInstagram には短尺動画を自動再生で見ることができるリールという機能があり、ユーザーの興味や関心に応じたおすすめ動画が流れてきます。最近のSNS は、ユーザーに表示されるコンテンツを最適化するという点で非常に進歩しているので、モノづくり関連の動画を投稿すれば普段からモノづくりに関心がある担当者の目に触れる可能性がHP よりも高い。「プレスの量産を頼みたい」と彼らが思ったとき、「そういえば、あの会社が近くでプレスをやっていたな」という“第一想起”を獲得できます。
ショート動画の作成・運用に力を入れる。製造業ではまだSNS で情報発信する企業が少なく、取り組むだけで目を引けるという(写真提供:ヤマト技研)

ショート動画の作成・運用に力を入れる。製造業ではまだSNS で情報発信する企業が少なく、取り組むだけで目を引けるという(写真提供:ヤマト技研)

動画投稿を続けることで会社の認知度が上がれば、現状を変える手段になりそうです。

製造業はまだチャンスがあります。というのも、SNS の活用は、別の業界では当たり前すぎて差別化につながりませんが、製造業は取り組むだけでまだ目立つことができるからです。ただし、大事なのはその後です。新規顧客からの仕事をただこなすのではなく、「ここにまた頼みたい」と思わせる何かを提供できるかどうかが問われます。私の知り合いの、経営が非常にうまくいっている板金メーカーの社長さんは、「1 年間に100 件の仕事があっても、特殊技術が必要なのは10 件もない。90 件はどこでもできる仕事。お客さんは頼みやすいところに頼む。だからこそ、接し方やレスポンスの速さで差別化できるように頑張っている」とよくおっしゃっています。図面通りに納期を守って納めるのは当たり前。そこに何をプラスするかがカギを握ると思います。

戦略の有無が町工場の経営を左右

ほかに、新規顧客を獲得してそれを軌道に乗せていく間に注意すべきことはありますか。

安売りしないことは大事です。その点でも、問合せの母数を増やすことが重要になります。“人気者”になれば強気の価格設定ができますから。これは見落とされがちですが、小規模の町工場は受注できる仕事のキャパシティが限られます。人や機械の数に制限があり、一度にたくさんの仕事を受けることはできません。それなのに、利益率の低い仕事でキャパシティの6 割とかを埋めてしまうと、仕事は忙しいのに利益は出ないという状況になります。従業員の給与を上げられず、新たに設備投資をしようというマインドにもなりにくい。負のスパイラルに陥ります。

条件のいい仕事をいかに増やすかが重要。

私は発注側と話すこともあるのですが、「この部品を1 円でも安くしたい」と常に考えている人は実は少数派です。「あそこの社長さんはいい人だから」と、価格以外の部分で決めているケースが非常に多い。信頼関係を築いて、適切な価格回答をしていくことが大事です。「あと5%下げてくれたら発注するよ」という会社の仕事は、あえて受けないという判断もときには必要です。

経営者には難しい判断です。

そうですね。安い仕事でも受けさえすれば、短期的にはお金が入ってくる。ただ、その後を考えればどうでしょうか。私が申し上げたいのは、“戦略”の有無が町工場の経営を左右するということです。「この仕事を受けるか否か」の判断も含めて、すべてに経営者の戦略が反映されていることが大事です。例えば、キャッシュフローを得て融資を獲得したり資金を捻出したりするために、あえて単価の安い仕事を受ける戦略もあります。利益率の高い仕事だけを狙うのも1 つの戦略でしょう。町工場の営業は、発注先のタイミングで受注が決まる点や、試作に始まり小口の量産、本格量産と徐々に仕事が広がっていくという点で、中長期で考えて施策を打っていく必要がどうしてもあります。また、モノづくりの仕事が海外に流れ、国内のパイが減っていく中では、以前のように“仕事が来るのを待っているだけ”ではうまくいきません。経営者が戦略を立て、狙う市場に的を絞り、マーケティングや設備投資をしないと生き残れない時代になっています。

設立から1 年。これまでの実績は。

50 社弱のお客さまにSNS 運用代行やコンサルティングサービスを提供してきました。すべて50 人未満の中小企業で精密板金やプレス加工、金型開発、切削加工など業種は多岐にわたりますが、板金メーカーが多いです。
精密板金メーカーの密着ドキュメンタリー事例(写真提供:ヤマト技研)

精密板金メーカーの密着ドキュメンタリー事例(写真提供:ヤマト技研)

その理由は。

当社が力を入れている新規顧客獲得やWebを使った施策との親和性が高いからだと思います。板金は特殊案件でない限り、新規でも頼みやすく、「近場で特急対応してくれるところがあれば頼みたい」というニーズもある。一方、プレス加工や樹脂成形は量産が前提なので、新規の取引先を探して頼みたいというニーズ自体が少ない。業界ごとに異なる事情を把握したうえで、アドバイスすることを大事にしています。

そこが御社の強みと言えそうですね。

Web 制作会社は星の数ほどありますが、各業界の事情を押さえつつ、SNS やHP などを制作できる会社は非常に少ない。一般的なデザイン制作会社が顧客から聞いた強みを“どううまく見せるか”で勝負しているのに対し、当社にはモノづくりの現場に精通したメンバーがいて、「本当にそれが御社の強みですか?」、「同じことをできる会社を100 社は知っていますよ」などと指摘できます。より受注につながりやすい、解像度の高い施策を打つことができる点が強みです。

現場主義が徹底されています。

立上げ時はネームバリューもなかったので、とにかくテレアポと訪問を繰り返しました。Webからは得られない情報を、数多くの現場を回ることで得ました。また、これも当社の強みの一つですが、現場で得た情報を社内でしっかり共有しています。その蓄積された情報を基に、うまくいっている会社の共通点を分析し、「こうしたらどうですか」と、ある程度根拠のある提案が可能です。当社はSNS を入り口に契約いただくことが多いのですが、関係が深まるほど、「業務マニュアルがない」、「業務が属人化されて、情報共有ができていない」などその会社の抱える本当の課題が見えてきます。そこにアプローチできる、本質的な課題解決のための提案をしていきたいと考えています。

今後、取り組みたいことは。

2 つあります。1 つ目は町工場とタイアップして消費者向けの商品を開発し、当社が得意とするマーケティング手法で販売すること。ターゲットとして主に高単価で町工場の金属加工の技術を活かせる製品を想定しています。2 つ目はより中長期の視点で、日本の製造業がもつ特殊技術と当社のもつソフトウェアの開発力を組み合わせた、世界市場で1 位を狙えるような製品を開発することです。起業するまでは、町工場と大手企業をうまくマッチングさせることができれば町工場にもっと仕事が回ると予想していました。ですが、1 年間やってみて、そもそも日本にモノづくりの仕事が減っているのが問題の根幹だと気づきました。現在のビジネスは軸としてしっかりもちつつ、メーカーとしてもモノづくり企業の課題解決を目指していきます。
はやし たつき:1996 年生まれ、29 歳。新卒で㈱キーエンスに入社。3 次元形状測定機の営業を担当し全国1 位の成績を残し表彰を受ける。2024 年 6月にヤマト技研を設立し、現職。

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