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プレス技術 連載「値決めの鉄則」

2025.02.25

第11回 値上げ交渉の心得

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西田経営技術士事務所 西田雄平

にしだ ゆうへい:代表取締役
2009年、大学卒業後、ミネベアミツミ㈱に入社し購買管理業務に従事。24歳のときにタイ工場に赴任。現地マネジメントに加え、現地の経営者とタフな商談や価格交渉を経験。2015年、西田経営技術士事務所入社。全国の中小製造業へ「収益改善プログラム」を導入。原価と値決めにメスを入れ、顧問先企業の利益創出に億単位で貢献。主な著書『中小企業のための「値上げ・値決め」の上手なやり方がわかる本』(日本実業出版社)。
https://www.ni-g-j.co.jp/

※記事の無断転載は固くお断りいたします。
 今回のテーマは「値上げ」です。結論から申し上げますと、中小製造業における値上げの成功可否は準備で決まります。ここでの準備とは、ずばり「理論武装」。最近は軟化傾向にありますが、大手のお客様になるほど「値上げの根拠を示せ」と言ってきます。その際にスラスラと答えられるように準備しておかないと返り討ちにあってしまったり、交渉が頓挫してしまったりします。原価のロジックをしっかりと肚に落とし、正々堂々と公正明大に臨んでいってほしいと思います。

 また、基本的な心構えとしてもっておいていただきたいのが、「値上げ」という行為は収益改善のための最終手段であるということです。昨今は政府の強力な後押しのおかげで価格転嫁が非常に進めやすくなりました。数年前では考えられないくらい大手企業が話を聞いてくれるようになりました。しかしこの環境に甘えすぎないことも大切だと、私は思います。顧客が求めるものは、いつの時代もQCD です。原価上昇の抑制や生産性を高める活動も同時並行で進めておかなければ、近い将来、それが競争力の差となってくることは簡単に想像できるからです。そのときになって困らないよう、物価上昇対策は全社一丸で進めていってほしいと思います。それでは上手な値上げの進め方について、解説していきたいと思います。

対象製品・顧客の選び方

1.「利益一覧表」を片手に進める

 値上げの対象製品や顧客を選ぶ際には、まず「利益一覧表」(図表1)を傍らに置くことです。「利益一覧表」とは、どの顧客、どの製品がどれだけ儲かっているのかを一目でわかるようにしたものでした。これがないと営業戦略や製品戦略、価格戦略が描けません。

 これから値上げを進めようというときに、(図表1)をじっくり見ていくと、読者の皆様はおそらく「全社利益額で最も赤字を出しているZ 社が問題だ!なんとしても今回の価格改定のタイミングで、Z 社の損益を改善したい!」と考えることでしょう。逆にX 社はどうかというと、「全社利益率で64% も儲かっている顧客なのだから、他顧客よりも値上げ幅は抑えて継続受注できる戦略を採ろう」と考えるのではないでしょうか。「利益一覧表」があれば、このような強弱をつけた戦略を採ることが可能です。
図表1 利益一覧表(「プレス技術」 2023 年11 号)

図表1 利益一覧表(「プレス技術」 2023 年11 号)

 しかし、単なる「売上リスト」(図表2)だけで判断するとどうでしょうか。売上の大小しかわからないので、先ほどのような戦略検討は全くできません。
図表2 売上リスト

図表2 売上リスト

 むしろ、本当は大きな赤字を出しているZ 社に対して「売上が大きいから、今回の値上げは辞めよう」と判断してしまうかもしれません(工場操業度によっては原価割れでも値決めしていくケースもありますが、ここではあえて無視します)。だから「利益一覧表」を片手に進めていくことが必須なのです。

2.思い切って絞る!

 筆者も含めて経営者は欲張りです(笑)。ついつい「全顧客・全製品やるぞ!」と指示を出したくなるのですが、昨今の中小企業はどこも人材不足。しかも不慣れな値上げ活動となると、なかなか一度にはできない…というのが実態です。

 上半期はこの顧客、下半期はあの顧客…という風に思い切って絞って進めていくことが息切れしないためのコツです。もちろん、実行力のある企業は一気に進めてもらって問題ありません。そういった優先順位を決める意味においても、やはり「利益一覧表」は必要です。

3.経営の影響の少ないところからテストする

 値上げに不慣れな場合、いきなり大口顧客を攻めるのはリスキーです。言い方は悪いですが、「失注しても痛くない顧客」で練習し、成功経験を積んでから大口顧客へと展開していくのが良いです。

交渉の境界線を決める

 値上げを申し入れる以上、会社としては「最悪のケース=失注」を想定しておく必要があります。残念ながら、このリスクをゼロにすることはできません。だからといって様子見をしながら、長々と交渉を続けるのおもしろくありません。交渉を始める前に、どこまでを目標にするのかをある程度決めて進めていきましょう。
①全社利益まで確保するのか
②赤字額が半分になれば良しとするか
③撤退覚悟で臨むか         etc
 たとえば、「全社利益までなんとしても確保」しにいくのか、あるいは「赤字額が半分になれば今年は良し」とするのか、はたまた「撤退覚悟で強気に臨む」のか、こういった会社の方針を決めていきます。この方針は経営判断になります。自社の売上計画、工場操業度、顧客との関係性などによって変わってきます。

 そして最も大事なことは、この落としどころが決まったら、経営者から実務者に対して明確に伝えておくことです。なぜなら営業担当者の成績や評価というのは、多くの場合、担当売上金額の大小によって決定される企業が多いからです(筆者は売上だけではなく利益額や利益率でも評価していくべきだと思います)。

 実務者の立場になってみるとわかりますが、自身の評価が下がるリスクを追ってまで、日頃の業務に追加して、わざわざストレスの多い値上げ交渉を推進するでしょうか。どうしても及び腰になってしまうと思います。

 しかし、それだと価格交渉が進んでいかないので、経営者から「この方針でダメだったとしても、君の評価には関係ないから頑張って来てほしい」と背中を押してあげてほしいのです。

 念のため申し上げておきますが、0 か100 かで価格交渉をせよと言っているわけではありません。場合によっては、「100 の値上げ要求に対して30しか回答を得られなかったが、今回はそれで良しとする」と柔軟に考えていかねばならないケースもあるでしょう。たまに経営者の言うことを極端に解釈して突っ走っていく営業マンをお見掛けしますので、気を付けてほしいと思います。

真の交渉相手をイメージする

 真の交渉相手とは、最終決裁者です。顧客に値上げの申し入れをした際に、誰がその承認をするのかをよく想像してください。皆様はその人物に「これなら値上げは仕方ない」と納得させる必要があります。それは先方の社長であることもあれば、資材部長であることもあります。ときには顧客の顧客が決裁権を握っていることもあります。
①最終的に決済を下せる人物は誰か
②担当者間で話が止まっているケースが多い
③相手も社内や客先を納得させる材料が必要 etc
 価格交渉が進展しない場合、担当者間で話が止まってしまっているケースが非常に多くあります。まだ値上げが一般化する前のことですが、筆者の顧問先企業でも3 カ月以上も客先担当者のところで寝かされてしまったことがありました。エンドユーザーとの間に入っていた商社の若い担当者だったのですが、エンドユーザーにも彼の上司にも言えずに、抱きかかえてしまっていたのです。このような人物にどれだけ値段を上げさせてほしいと言っても進んでいかないのは当然のことでした。

 その後は軌道修正し、エンドユーザーや彼の上司に説明する「場の設定」に軸足を移していき、結果として満額回答を得ることができました。

 大事なことは、ほとんどの場合において、相手は会社員であるということです。組織で働いている以上は、社内や上司を納得させなければなりません。ましてや一介の担当者が一人で値上げの承認をすることはほとんどできません。皆様が本当に説得しなければならない相手は誰なのか、しっかりとイメージして進めていきましょう。
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