プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」
2026.01.22
第12回 留学生のアルバイト事情
帝京大学 平田 好
ひらた よしみ:外国語学部長 兼 日本語教育センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年より帝京大学教授。2022 年より日本語教育センター長、2025 年より現職。修士(国際関係学、2000 年早稲田大学)。
「アルバイト」は不思議な言葉です。多くの外来語は英語に由来しますが、アルバイトの語源はドイツ語です。「カルテ」、「ギプス」、「レントゲン」など医学に関わる外来語はドイツ語由来が少なくありませんが、アルバイトのように日常的に使われる言葉はめずらしいのではないでしょうか。
外来語の読み書きは留学生にとって難しいものですが、アルバイトやバイトの表記、発音を間違える留学生は皆無と言ってよいでしょう。アルバイトが英語由来ではなく、促音(ッ)や長音(―)、撥音(ン)もないから覚えやすいという理由もあるかもしれませんが、日本語として留学生にも定着しています。
「アルバイト」の由来
しかし、ドイツ語の“Arbeit”には「学生のパートタイム労働」という意味はありません。ドイツ語では「(常勤の)労働」や「仕事」、「研究」を意味します。では、なぜ「アルバイト」=「学生のパートタイム労働」となったのでしょうか。
今日の学生に向かって「大学生の本分は学業です」と言っても、「はぁ~?」と怪訝な顔をされてしまうかもしれませんが、100 年前は「大学へ行く(旧制高校から帝国大学へ進学)」のはエリートの証で、同世代で大学生になる比率は1% にも満たなかったようです。そして当時の大学生の多くは英語とともにドイツ語を学んでいたので、一種のエリート隠語としてドイツ語を使う文化があったそうです。そこで、大学生の本分ではない「仕事」をアルバイトと言ったそうです。
戦後、経済的に厳しい状況下では、大学生も生活費や学資を稼ぐ必要に迫られてアルバイトを探すことになります。学業を本分とするエリートであっても働かざるをえない中、研究の意味も含むこの言葉を使って、大学生たちは気持ちを盛り上げていたのかもしれません。その後、1950 年代後半以降、小遣い稼ぎを目的としてアルバイトをする学生が増加。1970 年代からは、ファストフード店やコンビニエンスストア、居酒屋チェーンなどアルバイト雇用を前提とした業態が普及していき、今では大学生のアルバイトの代表的な職種になっています。現在は、高校卒業者の約6 割が大学に進学する時代であり、大学生の約7 割から8割がアルバイトをしています。
留学生のバイト時間は長め
さて、留学生は週に何時間くらいアルバイトをしていると思いますか。日本学生支援機構(JASSO)が毎年実施している「私費外国人留学生生活実態調査(2023 年度調査)」によれば、週20 ~ 25 時間未満が37%、週25 時間以上が17.9%でした。アルバイトをしている留学生の50% 以上が、週20 時間以上の勤務をしていることになります。大学生一般(日本の学生と留学生を区別しない)の1 週間の労働時間平均約12 時間(全国大学生活協同組合連合会による「2024 年学生生活実態調査」)に比較すると、かなり長時間であることが明らかです。
ちなみに、日本での在留資格が「留学」の場合、アルバイト(報酬を受ける活動)は資格外活動ですから、出入国在留管理庁に資格外活動許可申請を提出して許可されなければなりません。また許可されても、週28 時間以内というルールがあります。日本の学生は無制限にアルバイトをすることができますが、留学生はアルバイトをしても時間制限があるということです。
大学が夏季休暇に入る直前、ある留学生(H さん)に「夏休みは何をする予定ですか」と尋ねました。「旅行をします」とか「図書館で勉強します」という答えを期待していたら、「アルバイトをいつもより多くします」と返ってきました。
筆者の頭の中には「週28 時間以内」というルールしか入っていなかったのですが、実は「教育機関の長期休業期間中は1 日8 時間、週40 時間以内」という決まりごともありました。つまり、夏休みは多くアルバイトができるのです。
夏休みの居酒屋
H さんは、全国でチェーン展開をしている居酒屋で若者にも人気がある店でアルバイトをしていました。筆者が今まで行ったことがない店という好奇心と、学生アルバイトの現場探訪という意味もあり、夏休みのある日、その店に友人を誘って行ってみました。
駅から近いその店は、平日でも夕方からほぼ満席。ホール担当が動き回っていましたが、H さんの姿はみえません。ホール担当がテーブルに注文品をもって来たときに「H さんは厨房の担当ですか」と聞いてみました。彼女はこちらの意図を即座に理解して「呼んできましょうか」と答えてくれました。仕事を邪魔したくありません。「忙しいでしょうから、後でこちらからキッチンをのぞかせてもらいますね」と伝えたのですが、5 分後くらいにH さんが厨房姿のままテーブルまで挨拶に来てくれました。すぐに戻っていったのですが、1 時間余り経ったころ、ユニフォームを脱いだ私服姿のH さんが再度来てくれました。休憩時間とのこと。ちなみに、H さんは、その店では唯一の外国人アルバイトですがシフトリーダーも務めています。さらに言えば、彼女は大学1 年生で19 歳。つまり未成年でお酒は飲めません。
本年度前期の授業で、クラスの中で最も活発に発言し、課題も毎回必ず提出していたH さん。授業期間中も週に28 時間近くのアルバイトをしていたはずですが、アルバイトをしていない学生よりも熱心に勉学に励んでいた印象があります。
勉学とバイト、上手に両立する学生も
留学生のアルバイト状況はさまざまです。日本人学生の平均的な仕送り額を大きく超える金額を定期的に送ってもらい、アルバイトをまったくしない留学生もかなりの数になります。出身国別でみれば、中国出身の留学生でアルバイトをしている割合は低くなっています。筆者の勤務する大学の調査でも、中国出身者とそれ以外ではアルバイトをしている割合が大きく異なります。厚生労働省の「外国人雇用実態調査(2023 年)」によれば、外国人留学生でアルバイトをしている者のうち、中国出身者は1 割を下回っています。
大学生の本分は学業ですから、アルバイトに時間を費やすことなく学業に専念できることはすばらしいことです。奨学金をもらうこともすばらしいことです。しかし、アルバイトをしないですむ環境を最大限に活かして学業に時間を使っている学生は少ないのではないでしょうか。筆者の観察では、熱心にアルバイトをしている(しなければならない)留学生ほど、時間を上手に使って集中して勉学に励んでいるようにみえます。
夏休みのある日、学生がほとんどいないキャンパスをあとにして、バス停で待っていた筆者のうしろから「せんせ~い!こんにちは!」という声が聞こえました。ふり返ると、満面の笑顔のHさんでした。「あれ、暑いのに大学に来たの?」と尋ねれば、「今日は図書館で勉強していました」と。
アルバイトにも学業にも励む留学生たちに幸あれ!