プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」
2026.05.26
第17回 留学生から学ぶ日本人学生
帝京大学 平田 好
ひらた よしみ:外国語学部長 兼 日本語教育センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年より帝京大学教授。2022 年より日本語教育センター長、2025 年より現職。修士(国際関係学、2000 年早稲田大学)。
「呼びかけだと思っていた一言」、「魔法の言葉『大丈夫』」、「一人ひとりの物語:日本人の名前」…2025 年12 月、筆者が勤務する大学で開催された「学長杯留学生日本語プレゼンテーションコンテスト」の発表タイトルの一部です。2022 年度より開始したコンテストは第4 回を迎えて、今回のテーマは「私の大好きな日本語」でした。
2カ月の準備期間を経ていざ発表
話しかけられるときに「すみません」と言われるので、呼びかけの一言と思っていたら、その言葉には、「ごめんなさい」と同様の謝罪、「ありがとう」と同様の感謝の意味もあり、さらには、相手からの申し出を断るときのクッションとしての役割、話し手の立場を下げることで聞き手を尊重する心情表現などもあることに気づいたのは、ミャンマーからの留学生でした。
ベトナム出身の女子学生は、どんな失敗をしたときでも、アルバイト先の同僚に「大丈夫」と言われたときの心強さを表情豊かに伝えました。そしてベトナム語では表現できないが日本語では表現できること、さらにはベトナム語と日本語の比較も紹介したので、聴衆のベトナム語への関心も引き出したのではないでしょうか。
自分の名前の由来とともに、日本人の名前の読み方の難しさに困惑した体験から話し始めた学生もいました。確かに、漢字を見ただけでは発音できない名前がたくさんあります。筆者は、留学生から「この名前はなんと読みますか」とときどき尋ねられますが、日本人だからといって読めるものでもありません。重要なことは、その名前の当人に尋ねることでしょう。そこには、名付けの物語があります。発表した留学生は、これまでに出会った日本人から、それぞれの物語を聞くという貴重な経験を重ねてきたようです。
コンテスト出場者は10 名のみです。本年度は、その倍以上の留学生からの応募がありました。作文による予選を経て、2 カ月近い準備期間をもって、練習に練習を重ねたプレゼンテーションですから、10 名の甲乙はつけがたく、審査にあたった先生方も悩まれたようです。
審査員は、発表を聞きながら、採点基準に従った採点表に記入します。10 名の発表が終わり次第、スタッフが採点表を回収して計算します。その集計結果をもとに、審査員が別室で最終審査を行います。そして、表彰式で、優勝者には審査委員長である学長から学長杯が手渡されました。優勝(1 位)や準優勝(2 位)は副賞も豪華ですが、10 名全員に参加賞が授与されました。しかし、賞状や賞品よりも大切なものを10 名はすでに経験しているのです。
留学生と日本人学生がペアに
このコンテストの主眼は、日本語学修の成果を発表する機会を留学生に提供することとともに、留学生と日本人学生との協働による「国際共修」の場を創出することです。国際共修とは、言語や文化的な背景が異なる学生同士が、グループワークやプロジェクトなどの協働学習を通して相互理解を深め、ともに学び合う教育的プロセスのこと。出場する留学生(プレゼンター)1 人と日本人学生のサポーター1 人がペアを組み、協働でプレゼンテーションの準備を進めました。留学生がテーマとして選んだことについて、日本人学生との対話を通して学びを深めていきました。
準備段階の初期では、自分自身が選んだ「私の好きな日本語」であっても漠然としたイメージしかなかったものが、徐々に具体化されていきます。また、口頭発表の練習中には、日本人学生から発音やアクセントに関する指摘を受けていたようです。強調するべき内容や発話速度などについても活発に意見交換がされていたと聞いています。もちろん発表の準備だけでなく、さまざまなおしゃべりを通じて良好な人間関係を築いていったようです。
サポートを通じて日本人学生も成長
このプレゼンターとサポーターとのペア方式は第1 回から実施されています。コンテストが終わっても、お互いの国籍、背景、学部学科などを越えた関係が続いている事例を見聞きしています。留学生と日本人学生との越境的な人間関係構築の機会と言えるでしょう。
さて、コンテストの終了後は、来賓および関係者と、出場者および日本人サポーターが交流する機会として簡素な懇親会を学内で開いています。そこで留学生はもちろんのこと、日本人サポーターからの率直な意見や感想を聞くことができました。「留学したときに現地の学生に助けられることがたくさんあったので、日本に帰国後、留学生をサポートしたいと思っていた。今回の経験は、自分自身でも大きな達成感をもてた」、「今回のテーマで、日本語を母語とする自分自身の方がより学ぶ機会があった。サポーターをしなかったら、日本語について深く考えなかったかもしれない」、「外国人のための日本語教育について改めて考えている。国家資格になった日本語教師というキャリアも視野に入れたい」など。
教育の根幹は「夢と希望の共有」
日本人大学生で、海外の大学に留学する学生は3 ~ 4% と言われています。非常に少ない比率と言えます。また円安傾向が続く中で、経済的にも留学はハードルが高くなっているようです。一方、日本の大学で学ぶ留学生数は増加が見込まれており、日本人学生にとっても、留学生と日常的に学ぶ環境は、より身近で重要なものになっていくでしょう。海外に留学しなくても、日本国内の大学で「留学生を学修資源とする学び」ができることに、もっと着目してもよいと考えています。
フランスの詩人ルイ・アラゴンは「教えるとは希望を語ること、学ぶとは誠実を胸に刻むこと」と唱え、教育の根幹が夢と希望の共有にあると示しました。今後、教育の中で国際共修をいかに設計していくかが、多くの教員にとって問われてくるでしょう。そして、学びの中で構築された人間関係は、国家と国家との関係を越える強さをもつと信じています。