研究・開発背景
ロボットアームの多くでは、各関節を駆動するために関節の近傍にアクチュエータを配置することが一般的である。しかし、このような配置ではアクチュエータ質量によりエンドエフェクタ側が重くなるため、ベース側に近づくにつれてより大きな高出力アクチュエータが必要となり、結果としてロボットアーム全体が重くなる。このような問題に対してロボット全体を軽量化するために、ベース側に配置したモータから伝達機構を介してアームやエンドエフェクタを駆動する、いわゆる遠隔駆動が行われている。
この遠隔駆動を行うために、ワイヤやタイミングベルトといったさまざまな駆動伝達要素が使われている。ワイヤによる遠隔駆動では、ワイヤが多方向に曲げられるために、比較的コンパクトにアーム途中の関節機構を設計でき、ワイヤ張力として力を容易に伝達できる。しかし、ワイヤがわずかでもゆるむと駆動伝達性能が低下する。一方、タイミングベルトによる遠隔駆動は、わずかなゆるみがある場合でも、比較的容易に駆動伝達が行える。しかし、タイミングベルトは径方向に曲げやすい一方で、幅方向に曲げることが難しい。このため、ロボットアームでよく見られる、入力軸と出力軸の間にそれらと軸方向が異なる回転軸がある遠隔駆動では、回転方向を変換するための追加の機構が必要となり、機構が大型化しやすい。したがって、タイミングベルトのような駆動伝達性を持ちながらワイヤのように多方向に曲げることができる駆動伝達要素の開発が求められる。
そのような駆動伝達要素として、1 本のロープの周りに別のロープを巻き付けた構造を持つ歯付きロープがこれまでに開発されている。しかし、歯付きロープは両端が開放された構造であるため、無限回転の伝達には適さない。
このような背景のもと、われわれの研究室ではタイミングベルトの構造を見直し、はじめから多方向に曲げられることを前提とした柔軟なタイミングベルトを開発している。本稿では、この柔軟なタイミングベルトについて、その特徴と併せて、これまでに開発してきた2つの事例を紹介する。
柔軟なタイミングベルト
開発した柔軟なタイミングベルトの一例を図1に、柔軟なタイミングベルトの構造を図2 にそれぞれ示す。柔軟なタイミングベルトは、ゴムや軟質のプラスチックでつくられた多面の歯と、その歯の中心を通るように設置されたループ状の芯材により構成される。歯だけでなく、歯間部もまた柔軟な材料でつくることで多方向への曲げを実現できる。ここで、歯の形状は市販のプーリを使うことを前提としており、そのモジュールに従って歯間距離を決定している。また、芯材として、高分子繊維のような強度を持ちながら曲げやすい材料を用いることで、多方向への曲げを妨げないようにしている。
図1 柔軟なタイミングベルト(写真提供:舛屋賢、以下同)
われわれの研究室では、芯材を設置した型へ液体材料を注型後に熱硬化させるプロセスを繰り返すことで、この構造を製作している。図1 に示した柔軟なタイミングベルトは、この製作方法で実際に製作したものである。
開発事例1:遠隔駆動ロボットアーム
ここからは事例を紹介していこう。まず、一つ目の事例は、図3 に示している、回転の入力軸と出力軸の間にそれらと異なる軸方向を持つ中間回転軸が存在する遠隔駆動ロボットアームである。このロボットアームでは、簡単のために、入力軸と出力軸は常に同じ平面にあり、中間軸はそれらと直交するように設置している。このような中間軸があるロボットアームにおいて、通常のタイミングベルトで入出力間の伝達を行おうとした場合、中間軸の周りで回転方向を変化させる機構が必要となる。そのような場合、機構の前後で複数のタイミングベルトを用いることが多く、部品点数の増加、ひいては機構の大型化につながる。
図3 柔軟なタイミングベルトを用いた遠隔駆動ロボットアーム1) (上:中間軸の角度が0°、下:中間軸の角度が-45°)
一方で、柔軟なタイミングベルトを用いた図3のロボットアームでは、中間軸が図3 上から図3下のように回転したとしても、開発した柔軟なタイミングベルト1 本で回転を伝達できる。また、これにより部品点数を少なくでき、かつ小型化も実現している。ただし、このとき、中間軸周りで往路と復路を対称に配置するなど、柔軟なタイミングベルトの周長が一定になるような配置が必要である。これまでに、中間軸の角度を30°刻みで90°から-90°まで動かした際の実験を行っており、中間軸の角度によらずおおよそ同じ伝達性能を示すことを確認している。
開発事例2:差動関節機構2)
二つ目の事例は、柔軟タイミングベルトを用いた差動関節機構(図4)である。この機構では、2つのモータからの回転入力が途中で曲げられたタイミングベルトを介して伝達され、図4のx軸とz軸の2 つの軸周りの回転を出力する。通常のタイミングベルトでも同様の機構を設計できるが、タイミングベルトを曲げるための距離が必要になり、機構が大型化する。
図4 柔軟なタイミングベルトを用いた差動関節機構2)(上:概要図、下:実物の写真)
これに対して、図4 の差動関節機構は柔軟なタイミングベルトを用いることでコンパクトな設計を実現している。図5は差動関節の1軸(z 軸)のみを、図6 は2 軸(x軸とz 軸)を同時に動作させた実験の様子である。実験により、それぞれの軸周りの回転を独立に扱えることを確認している。また、その駆動伝達性能を検証した実験により、おおよそ想定した角速度の伝達が行えることは確認できている一方で、回転トルクの伝達に改善の余地がある結果が得られている。改善するためには、材料の見直しなどが必要であり、これらは今後の課題である。
図5 柔軟なタイミングベルトを用いた差動関節機構の1 軸のみを動作させた実験の様子(上:動作前、下:動作後)
図6 柔軟なタイミングベルトを用いた差動関節機構の2 軸を同時に動作させた実験の様子(上:動作前、下:動作後)
今後の展開
人の近くで動作するロボットへの期待が高まっている昨今、ロボットアームには軽量性が求められつつある。軽量なロボットアームの実現において、遠隔駆動技術は1 つの重要な立ち位置を占めるとわれわれは考え、研究開発を進めている。ここで、遠隔駆動をロボットアームに合わせて設計しようとすると、遠隔駆動にかかわる部分はより自由に設計できることが望ましい。この点を踏まえると、本稿で紹介した柔軟なタイミングベルトに限らず、3 次元的な配置が可能な駆動伝達要素に関する需要は今後ますます高まるだろうと予想される。
また、柔軟なタイミングベルトは、ロボットアームを当初の目的として開発を進めたものである。しかし、その用途はロボットアームに限らず、例えば、電気自動車のようなモビリティにおける駆動伝達やテーブルの搬送機構など、タイミングベルトを利用したほかの機械全般にも応用できるだろう。これらへの応用のためには、柔軟なタイミングベルトの材料や構造のさらなる見直し、量産方法の確立などが必要であり、それらは今後の課題である。
参考文献
1 )舛屋 賢:“柔軟タイミングベルトを用いた遠隔駆動の基礎的検討”、日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会2023 予稿集、1A2-H15、名古屋、2023.6.
2 )神原 龍樹、舛屋 賢:“柔軟タイミングベルトを用いた2 軸差動関節の開発”、日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会2024 予稿集、1P1-O02,、宇都宮、2024.5.