機械設計 連載「事例から見る摩擦・摩耗の基礎とトラブル解決手法」
2025.08.27
あんどう かつみ: 所長、博士(工学)、技術士(機械、金属、総合技術監理)。1977 年東北大学大学院工学研究科修了、新日本製鐵入社(現日本製鉄)。釜石製鐵所、君津製鐵所、技術開発本部(富津)にて、製鉄設備エンジニアリング、設備長寿命化などの研究開発に従事。2000 年から日鐵テクノリサーチ(現日鉄テクノロジー)にて、材料・トライボロジー、腐食防食技術の試験・分析・評価、研究支援、コンサルティングに従事。2016年安藤技術士事務所開設、技術コンサルタントとして活動中。
摩耗の分類
摩耗は、大別すると、図1 に示すように、摩耗形式、摩耗形態、摩耗程度、摩擦面による分類がある。摩耗形式による分類は、すべり、転がりなどの試験形式によるものであり、摩耗形態による分類は摩耗のメカニズムによる分類であり、いずれもよく使われている。摩耗程度による分類は、同じ材料の組合せによる試験でも、試験条件の過酷さ(荷重×すべり速度が指標)により、マイルド摩耗とシビア摩耗に分かれることがあるため、実用的によく使われる。摩擦面による分類は、実際の摩耗面を見て判断するものであり、例えば焼付きなどは、微小な移着現象からほぼ全面が固着するものまで、観察者によりかなりのレベル差がある。
凝着摩耗は、真実接触部の破断による、最も基本的な摩耗である。アブレシブ摩耗は、硬い面の突起部や硬質粒子の切削作用による摩耗で、切削摩耗とも呼ばれる。疲労摩耗は転がり接触面における疲労破壊による摩耗である。腐食摩耗は、環境による腐食と機械的作用の併存による摩耗で、機械的作用のみの場合とは異なる摩耗結果を示す。エロージョンは気泡や硬質粒子の衝突による摩耗で、衝突条件によりいくつかの形態がある。エロージョン・コロージョンは、摩耗と腐食の境界領域で、日本機械学会では流れ加速型腐食と称している。
摩耗理論
摩耗には、Amontons-Coulombの法則のような経験則はないが、代表的な摩耗形態である、凝着摩耗とアブレシブ摩耗について、荷重とすべり距離から摩耗量を求める摩耗理論は種々ある。図2に凝着摩耗モデルの例を示す。凝着摩耗モデルは、すべり距離Lの間に突起の出会いが生じ、1 個の真実接触点は直径2aの円形で、半球状(半径a)の突起上部が塑性変形し、ある確率で摩耗粉として排出されるとして、摩耗体積を求めたものである。摩耗体積Vは、荷重W(=ΣWi、Wi:真実接触点の荷重)とすべり距離Lに比例し、V=ws×W×Lで表される1)。比例定数ws は、比摩耗量(Specificwear amount)または比摩耗率(Specific wear rate)と呼ばれる。単位は、試験結果から直接求められるmm3/N・mが一般的であるが、mm2/N(応力N/mm2 の逆数となるが物理的意味はない)も用いられるので、文献などでは注意する必要がある。
図3 にアブレシブ摩耗モデルを示す。突起が距離L移動した場合に生じる摩耗量と、突起にかかる荷重W(=ΣWi、Wi:真実接触点の荷重)、突起が排除した体積(円すい状突起の半頂角θ、摩耗深さd、すべり距離Lから幾何学的に求められる)のうち摩耗粉となる確率から、摩耗体積は、荷重とすべり距離に比例し、V=ws′×W×Lで表される1)。ws′は、凝着摩耗のws と同様に、比摩耗量(mm3/N・m、mm2/N)と呼ばれ、凝着摩耗とアブレシブ摩耗は、摩耗形態は異なるが、比摩耗量という同一の指標で評価できる。
比摩耗量
摩耗理論から導かれる比摩耗量は、摩耗を評価する重要な指標である。図4 に、一般的に知られている、比摩耗量と摩耗形態、潤滑条件の関係の目安を示す。図4 において、比摩耗量の軸は対数であり、摩耗量評価は桁のオーダーであることに留意されたい。無潤滑下における比摩耗量の範囲は、アブレシブ摩耗は10-2~10-4 mm3/N・m、凝着摩耗は10-3~10-7 mm3/N・mである。潤滑下では、境界潤滑で10-6~10-9 mm3/N・m、流体潤滑で10-9~10-12 mm3/N・m、と大きく低下する。図4 から、無潤滑条件では、摩耗試験における比摩耗量がws≦10-6 mm3/N・mとなれば、低摩耗と評価される。
一般に、凝着摩耗において、すべり速度と接触圧力が低く摩耗粉は微細な酸化膜粒子である場合は、比摩耗量は≦10-6 mm3/N・mのマイルド摩耗となり、すべり速度と接触圧力が高い場合は、金属片よりなる大きい摩耗粉を発生し、表面の荒れは激しく、比摩耗量は10-5~10-3 mm3/N・mのシビア摩耗となる。
アブレシブ摩耗と凝着摩耗
図5 に、笹田ら2)による、種々の摩耗モードにおける金属の比摩耗量を調べた研究結果を示す。図5において、二元アブレシブ摩耗は金属/研磨紙、三元アブレシブ摩耗は金属/金属+砥粒、凝着摩耗は金属/金属(砥粒なし)の条件で、同じ試験機を用いて試験を行ったものである。比摩耗量の単位はmm2/N(=10-3 mm3/N・m)である。図5から、アブレシブ摩耗の特徴として以下のことがいえる。
図5 種々の摩耗モードにおける金属の比摩耗量 摩擦条件: 二 元アブレシブ摩耗のとき(ピン/回転円板式)P=1.98 N、v=240 mm/s 三 元摩耗および凝着摩耗(カラー/回転円板式)P=1.57 N、v=52.8 mm/s
①凝着摩耗に比べ、比摩耗量は1桁以上大きい。
②比摩耗量は材料の硬さに反比例する。
③ 潤滑することにより摩耗量は増加する(研削液を用いる砥石研削における研削量と原理は同じ)。
一方、凝着摩耗の特徴として以下のことがいえる。
① アブレシブ摩耗に比べ、比摩耗量は1 桁以上小さい。
②比摩耗量は材料の硬さに無関係である。
③ 潤滑することにより摩耗量は減少する(潤滑による摩耗低減効果がある)。
アブレシブ摩耗における硬さ比
アブレシブ摩耗は、凝着摩耗に比べ比摩耗量は1 桁以上大きいため、粉体などを扱う設備では、粉体と接触する箇所が短期間で摩耗するため問題となることが多い。アブレシブ摩耗における材料の硬さと粉体の硬さの関係(Rabcnowiczの実験式と呼ばれる)を図6 3)に示す。図6から、材料の硬さHmと粉体の硬さHpとの硬さ比(Hm/Hp)により、摩耗量Wは下記の3領域に分けられる。
図6 材料の硬さと粉体の硬さの比と摩耗量の関係(Rabcnowicz)(摩耗量の単位が文献に示されていないが比重の異なる各種材料について行っているので、容積の単位と考えられる)
① H m<0.8Hpのとき W∝(Hm/Hp)-1
② 0.8Hp<Hm<1.25Hpのとき W∝(Hm/Hp)-3.5
③ Hm>1.25Hpのとき W∝(Hm/Hp)-7.5
粉体の硬さを同じとすると、①は材料の硬さに反比例して摩耗量が減少する領域、②は①と②の遷移領域、③は材料がほとんど摩耗しなくなる領域、である。粉体摩耗の対策として、硬さ比が1.25以上の材料を使用することにより摩耗量は大きく低減できることが示されており、粉体を扱う設備の耐摩耗対策として有用な知見である。
摩擦摩耗試験における留意点
表1 に摩擦摩耗試験結果(ピンオンディスク試験)、図7 に試験後のピンとディスクの摩耗面の外観写真の例を示す。表1 において、荷重と摩擦係数(=摩擦力/荷重)は試験時間中の平均値、すべり距離はπ×回転直径(35 mm)×総回転数、試験前と試験後重量は電子天秤による測定値である。摩耗重量は、試験前と試験後の重量差であり、材料密度を7.8 mg/mm3 として摩耗体積を求め、比摩耗量は、摩耗体積/(荷重×すべり距離)から求めた。ピンはいずれも高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2(調質材)である。
表1 および図7 の摩耗面写真から、ディスク試験片Aの比摩耗量は3.6×10-3 mm3/N・mで、摩耗形態はアブレシブ摩耗(比摩耗量10-4~10-2 mm3/N・m)と判断され、ディスク試験片Bの比摩耗量は1.5×10-6 mm3/N・mで、摩耗形態は凝着摩耗(比摩耗量10-7~10-3 mm3/N・m)と判断される。
摩擦摩耗試験における留意点として、荷重とすべり距離(設定値は、回転数×時間)は、耐摩耗性が十分評価できる摩耗重量が得られる条件とすることである。表1では、ディスク試験片Aは1本ピンに対し、ディスク試験片Bは2 本ピンとし、荷重は2倍、すべり距離は3.5倍の条件としたが、摩耗重量は1/350の0.003 gとまだ小さい。摩擦と摩耗は独立した現象であり、本事例からも、比摩耗量と摩擦係数は無関係であることがわかる。また、ラボ試験と実機試験の関係では、比摩耗量は対数のオーダーであり、経験的に、ラボ試験で1 桁以上摩耗量が減少すると、実機でも耐摩耗性が向上したと評価できる場合が多いので、留意いただきたい。
参考文献
1 )山本雄二、兼田楨宏:トライボロジー(第2 版)、オーム社(2010)、pp. 190-200
2 )笹田直、尾池守、江守信彦:潤滑、27(1982)、p. 924
3 )橋本健次:粉体摩耗の対策、日刊工業新聞社(1981)、p. 19