技術専門用語/文法にグローバル技術言語力を組み合わせ、相互理解を深めるツールとする
人工知能や情報化技術が進化する昨今、リアルタイムで言語を翻訳すること自体はそれほど難しいことではなくなりつつある。しかしこれらは日常会話のようなものが想定されており、自社にない技術を有する海外企業と共同研究開発を行うようなグローバル化の事例では、必ずしも十分とは言えない。なぜならば技術的な専門用語を多く含む技術議論において、日常会話のレベルでは意思疎通に不十分な部分が多く含まれるためだ(図2)。
図2 グローバル化の流れの中で海外企業と技術議論を深めるには技術専門用語/文 法に加え、グローバル技術言語力が必須
このような状態を回避するため、技術者に求められるのが“技術専門用語と文法”の習得だ。ここでいう習得とは、完璧にするという意味ではなく、身振り手振り、手書きのイラストなどを駆使しながら“最低限の技術議論ができる”というレベルを意味する。片言であっても、お互いに理解できる技術専門用語を母国語で言われることで、一気に技術的な議論が進むことは海外企業とのやりとりではよくある。そして、日本側が相手国に寄り添うだけでなく、海外に拠点のある相手側も必要に応じて日本語に関するこれらの知見を持てるよう、日本側の技術者も促す姿勢が肝要だ。
そして何より大事なのは、技術者の普遍的スキルの一つでもあるグローバル技術言語力だ。やはり技術議論を行うにあたっては、数学を土台とした技術理論を中心に展開することが不可欠といえよう。数式はあらゆる言語の中で、最も世界的に通用する言語の一つであることを改めて認識する必要がある。
相手から正当に技術を盗みたいのであれば、隠すよりも具体的な技術提案という積極姿勢を徹底し、相手が協力的になる“呼び水”とする
自社にない技術を有する海外企業から、正当に技術を習得し、共同研究開発を通じて成果を出すことが、今回の事例で求められることだ。このような場合、よく陥りがちな技術者の心理は以下のとおりである。
・わからないことは教えてもらおう
・こちらが持つ技術や情報は隠しておこう
・ 相手の技術をできる限り盗むことに注力しよう
おそらくコンプライアンスというスローガンを掲げ、できる限りこちらのことを知らせず、相手から引き出そうというのが深層心理にあると考える(図3)。損失を最小化して、最大の利益を得ようといったところだろうか。時と場合においては必要かもしれない。しかし、大前提が“自らにない技術を有する企業”とのやりとりと考えれば、「こちらのことを隠すという意識が強すぎて、必要としている技術の内容が相手に理解されない」ということがよく起こる。“自分たちはここまでできて、このようなところまで来ているが、最終的な目標に到達するには、このような技術が必要な状態にある”、といった情報の正確な開示がなければ、相手には自分たちが何を求めているのか伝わらない。同じ母国語を話す技術者同士であれば、さまざまな補足的コミュニケーションで乗り越えられるこのような壁も、異なる母国語を話すという条件下では、大きな障害として立ちふさがる。
図3 機密保持の意識が強すぎると、こちらが何を求めているのか相手に伝わらない
相手から本当の意味で技術を盗みたいのであれば、必要なのは技術議論の中で生じる“呼び水”だ。そしてこの呼び水こそ“具体的な技術提案”だ。何かを教えてもらおうという“受動的態度”ではなく、提案を基本とした“積極的態度”を徹底することが必要である。この提案は抽象的ではなく、相手企業が、“その提案がどのようなものかを明確にイメージできる程度の具体性”を伴うことが望ましい。このような具体的な提案をしてくる企業に対してであれば、相手企業も自らの技術でその企業に協力したいと思うだろう。このように思わせるためには、「相手企業を技術的にけん引する」ことが極めて重要だ。このような信頼関係を築くことができて、初めて国をまたいだ共同研究開発が可能となる。
そして、提案を具体的なものにしようとすればするほど、提案する側の技術者の実践経験が大きく影響する。実際のモノづくりで起こる事象は、実体験でしか理解できない。若手技術者が、グローバル化の流れの中で国籍の異なる優れた技術を有する企業とやりとりする必要が出たとき、具体的な提案ができるよう技術業務の実践経験を積むことが推奨されるのは、このような背景による。
本記事に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い
表2 にグローバル化対応に向けた一般的な人材育成と技術者育成の違いを示す。
表2 グローバル化対応に向けた一般的な人材育成と技術者育成の違い
グローバルに活躍するために必要な育成を考えるにあたり、一般的な人材育成では英語教育を第一優先にするだろう。これは日本語以外の言語で最も共通言語になり得るものが英語である、という認識によるものと考える。これに加え、異文化やマナーなどの相手に寄り添うための予備知識の習得という点にも力を入れると考えられる。
技術者育成では相手に寄り添う、相手を理解しよう、というよりも“技術という普遍的要素で相手をけん引することで信頼を獲得する”という点を重視する。技術的専門用語は技術議論を行うにあたっての不可欠の部品であり、その習得は絶対だ。言語は英語に限らず、日本語に加え、相手の母国語も含まれる。最低限の文言のやりとりを担保するため、文法についての理解も推奨する。このような言語的な観点に加えて重要なのが、グローバル技術言語力だろう。数学を基本とした技術理論は技術議論の基本であるため、技術理論に関する学習を促すのは技術者育成として不可欠だ。
もう一つが“技術によるけん引”の肝となる、具体的な技術提案だ。この提案をできるようになるためには、若手技術者のうちから徹底した技術業務の実践経験の蓄積が必須である。よって、技術者育成では日常的な技術業務に対して手を抜かず、当事者意識を持たせて取り組ませることの重要性を若手技術者に加え、リーダーや管理職にも理解してもらう研修を行う。
まとめ
グローバル化に向け、若手技術者にどのような育成を行うべきか。この問いかけに想起されやすいのが“英語教育”だろう。もちろん言語は不可欠であり、学術論文の多くが英語で書かれていることを考えれば妥当な点もある。一方で技術者を想定すると、グローバルというものを言語や文化理解の観点だけで捉えるのは十分とは言えない。重要なのは相手との“技術的信頼関係”を構築することであり、ここには前述の技術専門用語や文法に加え、数学力に裏付けられたグローバル技術言語力が必要だ。これらを備えたうえで、若手技術者のうちから目の前の技術業務に当事者意識をもって真摯に取り組んで経験を積み、海外企業とのやりとりで、相手を技術的にけん引する、具体的な技術提案を行い、目的とする信頼関係構築を目指すのが妥当である。
参考文献
1 )“「英語教育改革の現状と改善の方向性」を聞く―立教大学の松本教授から/教育問題委員会企画部会”、日本経済団体連合会、
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2016/0728_08.html、(accessed 2025-03-04) 2 )吉田州一郎:第10 回 技術者のグローバル化に必要な「数学力」と「文章作成力」の鍛え方、機械設計、Vol.67、No.1(2023)