よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者の育成の第一歩目に何をすればいいのかわからない」場合、「指示通りに動くこと」を徹底させるところから始める
はじめに
技術系社員、技術職として雇用された技術者は、各企業の技術力を高めて、企業価値を高める役割を担うなど、企業の推進力を担う重要な戦力である。一般には毎年4 月に入社、または入社数年以内の若手技術者を一刻も早く戦力にしたいというのが企業の考えだろう。少子化、働き方改革の浸透、労働に対する価値観の変化などに伴い、技術者育成に対する効率向上要望は今まで以上に高まっている。ここでポイントとなるのは、「若手技術者育成の第一歩を何から取り組むべきか」という優先順位を考慮した戦略だろう。
今回の若手技術者戦力化のワンポイントでは、若手技術者の育成の第一歩目に何をすればいいのかわからないとリーダーや管理職が感じた場合、どのような初動をすべきかについて解説する。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者の育成の第一歩目に何をすればいいのかわからない」場合、「まずは指示通りに動くこと」を徹底させるところから始めることを提案する。この対応の重要性の解説から始めたい。
若手技術者の即戦力化要求は高まる一方
世の中の流れとして長時間勤務を悪とする考え方が広まりつつあり、仮に若手技術者であっても、ほとんど残業をしたことがないという例が多く見られるようになったと筆者は感じている。労働時間を減らし、プライベートの時間を増やすことが目的になっているためと想像する。この雰囲気は、吸収力のある若いうちにOJTで自らやり切らなければならないという“当事者意識”をもって取り組む厳しい仕事に出会いにくくなる。
知識に加え、何より実践経験が不足している若手技術者は業務推進力に課題があり、1 つの仕事を完遂させるにあたり業務時間が長くなる傾向にある。そのため、リーダーや管理職は仕事を任せたいと考えても、時間的制約から見送らざるを得ない。これは技術者育成を俯瞰的視野で見た場合、かなりの損失と考えるが、ワークライフバランスが叫ばれる今、これを否定して企業活動を進めることは難しい。一方で若手技術者を戦力にしなければ、企業技術力の地盤沈下は避けられないというジレンマをリーダーや管理職はかかえている。
このため、リーダーや管理職は若手技術者を即戦力化する点において、スピード感を求められる傾向が顕在化している。OJTで仕事をやり切らせるという考え方だけでは、業務時間の制限という要素のため若手技術者の育成が進まない背景を考えると、リーダーや管理職は「若手技術者育成の第一歩を何から取り組むべきか」という問いかけから始め、若手技術者の戦力化に向けた道筋を立てることが求められている。管理業務に加え、技術者というプレイヤーとしての役回りも求められるリーダーや管理職にとって、今回のテーマは喫緊の課題ともいえよう。
専門性至上主義の問題ゆえ、若手技術者戦力化では「専門性」を最上位にしてはいけない
「技術者は、理系学生として学んできた専門性を活かし、自社でその力を発揮してほしい」。これは企業の採用担当者の多くの方が念頭に置いている考え方ではないだろうか。この考え方は間違えではないが、若手技術者育成の第一歩かと問われれば、その答えは「NO」だ。
若手技術者に限らず、技術職、技術系社員である技術者(企業の研究者を含む)は、知っていることこそ正義という「専門性至上主義」を個人差はあるもののその多くが有している。日々の打合せや議論において、技術的専門用語が飛び交うことを考えれば、専門用語をはじめとした知識量も重要である。しかし、専門性至上主義には2 つの大きな問題がある。
一つ目の問題は、「専門性=知識量」という考えに固執し、専門書を読む、最近でいえば生成AIに対する質疑を含むWebやアプリでの情報入手といった、技術者個人の世界に閉じこもることだ。大学や研究機関のように、所属する研究室、または自らの実績として学会発表や研究論文の掲載が求められる立場であれば、最新研究の知識習得も有意義である。しかし、企業で行われる技術的活動の多くは具現化を前提とした“開発”であり、その仕事が技術者個人で収束することは皆無で、同僚や上司、場合によっては他社の技術者との連携が不可欠となる。
専門性という言葉を聞いた技術者の多くは学生時代の試験をイメージし、勉強することが重要と思い込むだろう。これにより、最も重要な日常的な技術業務という目の前の仕事が雑になり、ひたすら技術者個人という個室に閉じこもるようになる。こうなってしまうと、企業で求められる連携プレーは困難となり、若手技術者の即戦力化と真逆の方向に進むこととなってしまう。技術者が専門性と知識量を結びつける考え方は、このようなリスクをはらんでいる。
二つ目の問題は、「知っている」ことで満足し、それを「実践する」ところまで到達できなくなることだ。専門性というと学生時代に思考が戻る技術者が多い。学生の時代は、研究室時代を除いて知識量が求められる傾向にあった。しかし、企業において「知っている」ことに価値はそれほどなく、知っていることを「どのように実践」し、「どのような成果を得られるか」が重要だろう。知っているうえで実践できるものを「知恵」というが、この知恵は当事者意識を持った実践経験でしか養えない。前半で述べたOJTの不足は、若手技術者の知恵不足という弊害をもたらす。
上記のような背景から、若手技術者に専門性を求めるのは、企業として有意義とは言えない。
若手技術者が第一にできなければいけないのは「指示通りに動く」こと
リーダーや管理職が若手技術者育成の第一歩として取り組むべきこと、それは「若手技術者を指示通りに動かすことの徹底」だ。高度な業務や、企画提案はもちろん重要である。しかし、企業活動において最重要なのは、「指示されたことを理解し、それに必要な行動を起こすことができる」に違いない。自分のやりたいこと、自分の強みと認識していることに偏った動きをする若手技術者は必ず組織の荷物になる。決して、若手技術者は遠慮すべきだと言っているのではない。言われたことや求められることを理解し、それに対して必要な行動を起こせなければ、技術者以前に一社会人として成り立たないと述べているのだ。
したがって、リーダーや管理職はまず「若手技術者が指示通りに動けるか否か」の見極めが必要だ。指示内容は簡単なもので問題ない。若手技術者が指示内容を理解できていない、求めたことと異なる言動をするという点の有無について注意深く観察してほしい。もしそのような点が認められれば、必要に応じたフォローや追加説明を行い、指示に対して適切な行動がとれるよう指導することが肝要であり、最優先事項だ(図1)。
図1 若手技術者がリーダーや管理職の指示事項を理解し、行動できるかが若手技術者育成で最優先
指示内容に意見を言う若手技術者を押さえつけない
リーダーや管理職が、既術内容を理解し、若手技術者に対して指示を出したとする。自分に自信がある若手技術者の中には、新入社員であっても意見を言う者もいるだろう。これに対するリーダーや管理職の対応も分岐点となる。
リーダーや管理職は「何もわからないのに指示事項に対して意見を言うな」と考え、若手技術者の主張を却下する場合もあるだろう。例えば安全に関する内容など、時にそのような対応も必要である。しかしそのようなケースを除き、このような押さえつけは若手技術者のリーダーや管理職に対する反発や失望、または若手技術者本人のモチベーションの低下という悪影響をもたらすことも多い。結局のところ、このような対応をした後の若手技術者に対するフォローに大変な労力がかかり、その負荷はリーダーや管理職にのしかかる。
この状態を回避するためにリーダーや管理職が取るべき対応は、ひとまず意見を言わせることだ。まず最後まで言わせることが重要である。その上で、感情を排除し、指示通りに動かすために必要な説明を加える。これを可能な範囲で繰り返すことも、若手技術者育成においてはポイントとなる。意見を言える雰囲気は、技術者チームという組織の成長に不可欠だからだ。
ある程度の妥当な主張を述べる若手技術者の中には、その後、成長して成果を出すようになる場合もある。まさに未来戦力に対して、リーダーや管理職がひとまず意見を言わせるという労力も価値があるだろう。
リーダーや管理職の指示に対する若手技術者の主張で見るべきは「当事者意識」
リーダーや管理職が出した指示に対して若手技術者が主張した場合、合わせて見極めてほしいことがある。それが「当事者意識」だ。
若手技術者が「自分ならこうやる」といった具体的内容を含む提案があり、許可を出せば実際に行動を起こせるようであれば当事者意識に問題はない。この場合、実際にやらせるのは成果が出なかったとしても大変重要なOJTだ。即戦力化に向けた最短の道のりといっても過言ではない。
しかし、「評論家」のような意見が出るようだと問題だ。知っているという知識を誇示する、こうやった方がいいと思うといった、“引いた視点”で物事を述べるのが一例である。加えて、指示に従いたくないといった主張を繰り返すのも問題である。「仕事をしたくない」といった動機から、指示内容に従わないためにはどうすればいいかを思考する若手技術者は即戦力とは程遠い。
リーダーや管理職は指示内容に対して若手技術者から主張が出た場合、当事者意識の有無を確認したうえで、対応を変えることが求められる。
まとめ
若手技術者の育成の第一歩は「指示通り」に動かすこと。当たり前のことかもしれないが、この第一歩の重要性を感じていただけたかもしれない。そして、指示に対して若手技術者が主張をした場合、頭ごなしに否定をする、押さえつけることをせず、ひとまず意見を言わせ、その中で「当事者意識の有無」を見極めるといった視点がリーダーと管理職に必要である。即戦力化への見極めはこのような初期段階ですでに始まっているのだ。