機械設計 連載「なぜハイスペックな製品ほど売れないのか?」
2026.10.15
第1回 なぜ、優秀なチームほど「駄作」をつくるのか?~スペック至上主義の罠と、「見えざる顧客」のインサイト探求~
K's CREA Partners 小杉 知司
こすぎ さとし:代表、事業創造エキスパート/ 中小機構経営アドバイザー。パナソニック、ヤーマンで20 年以上、新規事業開発の最前線で指揮を執り、企画から量産まで全工程を主導して累計700 万台を商品化。米国政府系研究機関(SRI)や大学など研究機関との共同開発も多数。2024 年に独立後は、新規技術の事業化や「売れるモノづくり」に悩む大手製造業など20 社以上を伴走支援。本連載の「価値設計工学」を用いた新規事業コンサルティングや企業研修などの相談は当社Web サイトへ。URL:
https://ks-crea-part.com/
「技術力はあるのに、事業にならない」、「すごい機能をつくったのに、顧客は見向きもしない」。これは今の日本の製造業がかかえる最大の病である。真面目で優秀な技術者が揃っているにもかかわらず、なぜ売れない商品ばかりが生まれてしまうのか。
筆者はパナソニックという巨大組織と、ヤーマンという急成長ベンチャー、その両極でプロジェクトマネージャーや開発責任者(CTO)として指揮を執り、累計700 万台の商品化に携わってきた。その現場で痛感したのは、失敗の真因は「技術力不足」ではなく、技術者の脳内にプリインストールされている「古い思考OS(スペック至上主義)」にあるという事実である。
本連載では、マーケティングや心理学を「文系の話」として敬遠しがちな技術者に対し、技術と顧客心理を統合する「価値設計工学」の実践手法を全4回にわたって解説する。
第1回は、技術者が陥りがちな「スペック至上主義の罠」と、ビジネスの原点である「見えざる顧客」のインサイト(深層心理)探求について解き明かしていく。
「正解」を真面目に追い求めるほど沈んでいくパラドックス
かつての日本企業は、「欧米」という明確な「正解」を、いかに早く、安く、高品質につくるかという「オペレーションの最適化」で世界を席巻した。「言われたことを正確にこなす」ことで成長できた時代である。しかし、市場が成熟し「正解のない時代」になった今、このかつての成功法則が最大の足かせとなっている。多くの現場リーダーは、真面目にデータを分析し、論理的に正しい計画を立て、効率化を推し進めている。それなのに、なぜか画期的な商品は生まれず、現場からは疲弊の声しか聞こえてこない。これは個人の能力不足ではなく、「生産性至上主義」という古い思考OSを、新しい時代に無理やり適用しようとしている「システムのエラー」なのである。
このシステムエラーが最も顕著で、かつ残酷な形で表れるのが、新商品の企画会議の場である。会議室では、「スペック(性能)」、「原価率」、「市場規模」といった「数値化できる価値」のみが共通言語として流通する。すると「競合他社の製品にはこの機能がついているから、うちも足した方がいい」、「ターゲット層を広げるために、あっちの機能も入れておこう」と、全員が納得するロジック(正論)が次々と積み上げられていく。しかし、結果として出来上がるのは、社内の各部門から反対が出ないように角がきれいに取れた、「誰も傷つかないが、市場では誰の心にも刺さらない丸い商品(コモディティ)」である。
本来、商品やサービスの本当の価値は、カタログ上の機能やスペックそのものではない。それを使う「生身の顧客」の日常の中で、どのような意味を持つかによってまったく変わってくる。
例えば、「新しい洗濯機の開発」を想像してほしい。技術者やマーケターばかりが集まる会議室では、まず間違いなく「いかにモータの回転数を上げて洗浄力を高めるか」、「乾燥時間をどれだけ短縮できるか」が議論の中心になる。しかし、マンション暮らしで、夜泣きする赤ちゃんをかかえている母親にとって、最も重要な価値は本当に「洗浄力」だろうか。「苦労してやっと寝かしつけた赤ちゃんが、洗濯機の脱水の騒音で起きてしまったら、私の一日の唯一の自由時間がなくなってしまう」。もし彼女の切実な痛みに寄り添うならば、彼女にとっての最高の価値は、洗浄力よりも「圧倒的な静粛性」や「振動のなさ」かもしれない。
つくり手と使い手の間に、この「共通体験(切実な痛みへの共感)」がないまま会議室で議論を進めると、どれだけ多額の開発費を投じて高性能な機能をつくっても、ピントのずれた誰にも喜ばれない商品になってしまう。
さらに深刻なのは、会議室に立ちはだかる「魔法のキラーフレーズ」である。誰かが特定の誰かに向けたエッジの効いたとがった企画を提出しても、必ずこう問われる。「おもしろいね。で、そこにどれだけの市場規模があるの?」、「それが絶対に売れるという客観的データ(エビデンス)はあるの?」。この一言で、少数の熱狂的な顧客の切実な声は「ニッチすぎる」、「主観的すぎる」と一蹴され、かき消されてしまう。そして「もっとターゲットを広げて、売上げのパイを確保しよう」という論理によって余計な機能が足され、顧客不在の「丸い商品」に成り下がる。誰もが正しいことを言っているのに、出来上がったモノが絶望的につまらない。これが、日本の製造業が陥っている「論理の罠」の正体である。
「技術先行型」の成功体験という呪縛と絶望
なぜ私たちは、これほどまでにスペックや論理に固執してしまうのか。それは、過去の強烈な成功体験が呪縛となっているからである。
筆者のキャリア前半は、松下電器産業(現パナソニック)での携帯電話部品の先行開発だった。そこはまさに「論理」と「スペック」が支配する世界であった。いかに他社より薄く、軽く、耐久性を持たせるか。ミクロン単位の精度を追求する世界では価値基準はシンプルだった。軽量化や感触の数値化など、技術的な難題をクリアし量産化の壁を突破してしまえば、その「圧倒的な技術力」がそのまま自社の競争力になった。「良いモノをつくれば結果は必ずついてくる」。筆者たちはそう信じて心血を注ぎ、成功体験を積み上げていた。しかしそれは、「携帯電話」という誰もが使う生活必需品だったから通用した法則にすぎなかった。
ヤーマンへの転職で、筆者の成功体験は無残にくずれ去る。先行開発の責任者(CTO)として飛び込んだのは、「美容機器」という未知の市場だった。美容機器は生活必需品ではなく「嗜好品」である。携帯電話と違い、なくても不自由しないため、顧客の感情を揺さぶる強烈な「買いたくなる理由」がなければ見向きもされない。さらに、相手は機械ではなく「生身の肌」である。「アレルギー素材は使用不可」、「対象は皮膚表面の角質層だけ」など制約が非常に多く、「モータ出力を2倍にしました」といった、筆者が得意としていた「技術の力技」は根本的に封じられていた。
苦心の末、医学や皮膚科学を学び、業界初の画期的な機能を搭載した試作機が完成した。エンジニアとしては「100 点満点」の自信作である。筆者は自信満々でモニタの女性社員に試作機を手渡した。ところが、彼女は一向に使おうとしない。「どうして?」と尋ねると、彼女は答えた。「私のような小さい手には持ちにくいので、使う気になれません。それに…私には重すぎます」。衝撃だった。技術的な完成度が高くても、「使ってみたい」と直感的な感性に訴えられなければ、商品としての価値はゼロなのだ。さらに、なんとか頼み込んで使ってもらった後に返ってきたのは、あまりにも残酷な一言だった。「よくわからないですね。体感があいまいで、肌に浸透していく実感が湧かないです」。
機能のスペック値は測定器上では確実に出ていた。しかし、顧客の肌には「実感」がない。これはもはや機能や論理の問題ではなかった。技術者である筆者は「最高の機能」を詰め込むことに夢中になるあまり、実際に毎日使って顔をケアする「女性の手の小ささ」や「持ち続ける重さの苦痛」、そして「肌で感じる心地よさ」にまったく気づいていなかったのである。
価値を決めるのはつくり手の論理ではなく、使い手(顧客)の感性である。多くの技術者は、自らが苦労して開発した技術に対し、客観的な市場価値以上の価値を感じてしまう(IKEA効果)。「自分がこれだけ苦労したのだから顧客も感動するはずだ」という思い込みが、市場との致命的なずれを生む。技術が完成してから「この素晴らしい機能をどうやって売ろうか?」と考えていては遅すぎる。「この技術でこんなすごいことができる(What/How)」からスタートするプロダクトアウトの順序こそが、失敗の元凶だったのである。
すべてのビジネスの原点「プレゼント思考」
では、この「論理とスペックの牢獄」から抜け出すにはどうすればよいのか。それは、意思決定の判断基準を組織の「内部(自分たちの保身や技術への固執)」から、外側の「他者(顧客)」へ180°転換することである。
具体的に何を武器にすればよいか。データ分析や市場調査に走る企業は多いが、AI が1 秒で論理的な正解を弾き出してしまう時代において、過去のデータから最適解を導き出す左脳的な作業は、すでにコモディティ化している。AI時代において、私たち人間がビジネスの原点に据えるべきものは、データ分析ではなく、あなたの内側にある「妄想(偏愛)」であり、他者を想う「プレゼント思考」である。
考えてみてほしい。あなたは大切な恋人や家族、友人の誕生日にプレゼントを贈るとき、「エビデンス」や「費用対効果(ROI)」を気にするだろうか。「過去の統計データによると、30 代女性が最も喜ぶのはこのブランドのバッグである確率が68%だから、これを贈ろう」などと考える人はいないはずだ。私たちは無意識のうちに、相手を徹底的に観察している。「最近、仕事が忙しくて肩が凝っていると言っていたな(課題)」、「あそこの店の前を通ったとき、ふと足を止めてショーウィンドウを見ていたな(願望)」。そうやって普段の何気ない言動から相手の「心の声」を推察し、「これなら絶対に喜んでくれるはずだ」、「渡した瞬間に、どんな顔をするだろう?」とわくわくしながらプレゼントを選び、渡すタイミングやシチュエーションまで設計する。
ビジネスの本質も、これとまったく同じである。相手(顧客)を深く観察し、「何があったら喜ぶか(潜在ニーズ)」を想像し、それを渡して「感動(価値)」してもらう。あらゆるビジネスは、ターゲットに対して「Before(今の課題に苦しむ状態)」から「After(解決して満たされた状態)」へと変化させる「プレゼント」を提供する行為にほかならない。
しかし、ビジネスがプライベートのプレゼントと決定的に違う点がある。それは「相手(顧客)が目の前にいない」ということである。行動観察ができない不特定多数の「心の声」を聴くことは難しい。多くの新規事業が失敗するのは、この物理的・心理的な距離を埋められないまま、独り善がりなプレゼント(誰も欲しがらない商品)を送りつけてしまうからだ。目の前にいない相手の姿を鮮明に描き出し、人に言えない本音に迫るための技術。それが「N=1 のペルソナ設定」と「行動観察」である。
「鏡の前の無意識の行動」に隠された本音を探る
顧客視点を持とうとしたとき、多くの企業が真っ先に行うのが、大規模なアンケート調査や社内でのヒアリングである。しかし、それだけでは決定的に不十分である。
美容を例にとれば、日本の社会においてメイクや美容は「人前に出るためのマナー」という側面が強い。そのため、多くの人が「私なんて今さら…」という自己否定的な思いや、「派手になりたくない」というブレーキを無意識にかけている。しかし、彼女たちの心の奥底には、「メイクがうまくできれば、自信を持って人前に立てるのに」、「もっと堂々と社会とかかわりたい」という、か細くも切実な思いが隠されている。このような「人前では決して口に出せないコンプレックスや願い」は、表面的なアンケートでは絶対にたどり着けない。人間は社会的な建前や羞恥心から、無意識にうそをつく生き物だからだ。
言葉はうそをつくが、行動はうそをつかない。だからこそ筆者は、アンケートの数字を追うのをやめ、展示会や体験会の現場に足を運んだ。筆者がそこで穴があくほど観察していたのは、デモ機を試しているときの「会話(感想)」ではない。デモを試した直後、誰も見ていない隙に見せる「鏡の中の自分と対面するときの行動」である。「彼女たちは、鏡に自分のどのパーツを映し込んでいるか」、「無意識に、指でどの部分の感触を確かめているか」、「そして、どのタイミングで、こわばっていた表情がパッと笑顔に変わるか」。
人の本当の願い(インサイト)は、言葉ではなく、この無意識の「行動」にこそ現れる。そこには、エビデンスやデータでは絶対に測れない、確かな「顧客の真実」があった。この泥臭い行動観察を経て、ターゲットの解像度を劇的に引き上げる。多くの会議室でいまだに使われている「30代、女性、都内勤務の会社員」といったのっぺらぼうな属性(デモグラフィック)データからは、顧客の切実な悩みは絶対に見えてこない。
必要なのは、不特定多数のマスを狙うことではなく、展示会の鏡の前で見た、たった一人の具体的な人物をモデルにする「N=1」のペルソナ設定である。「30 代女性」ではなく、「A さん、38 歳、共働き。毎朝、洗面所の鏡に映る疲れた自分の顔を見るのが憂鬱になっている」。その人の生活背景、価値観、そして「人には絶対に言えない隠れたコンプレックス」までを、まるで長年の友人のように鮮明にイメージし、「私はこの人の、この痛みを解決するんだ」とターゲットを極限まで絞り込む。
平均的なニーズを追って「誰の心にも刺さらない丸い商品」をつくるのをやめ、目の前の「あの一人」を確実に救う解決策を設計する。このたった一人の「熱狂」こそが、結果的に万人の心を打ち、巨大な市場を生み出す起点となるのである。さらに現代では、この「N=1 のペルソナ」の生々しいプロフィールや悩みを、ChatGPTなどの生成AI に読み込ませ、「忖度なしの壁打ち相手」として活用することで、自分の独り善がりな思い込み(理系脳の罠)を客観的に補正することも可能になっている。
技術者は「論理」と「スペック」を愛する生き物である。より高度なものを、より精密につくり上げようとするその情熱と誇り自体は、決して間違っていない。しかし、そのベクトルが「自社の技術」という内側に向かったままでは、顧客の心は永遠に動かない。「良いモノをつくれば売れる」という過去の幻想を捨て去り、たった一人の切実な痛みに寄り添う「プレゼント思考」を持つこと。手元のスペック表から目を離し、顧客のリアルな行動と感情にピントを合わせた瞬間、あなたの愛する技術は初めて「誰かの人生を豊かにする価値」へと生まれ変わる。
これこそが、不毛なスペック競争の牢獄から抜け出し、新たな市場を切り拓く「価値設計工学」の第一歩なのである。