型技術協会は本年で40 周年という大きな節目を迎える。本誌ではその記念企画として金型製作・運用に関わる分野の企業の座談会を企画した。後編は日本の金型・成形加工業界のグローバル化やデジタル化、中国の金型産業、EV 化、パンデミックなど変化の最前線に立ち会い、現場を支えてきた工作機械・成形機メーカーが集まった。金型産業の歩んできた道のりと技術を振り返り、今後の開発の方向性を展望し、提案を行った。
(左から)高谷裕浩氏(大阪大学 大学院工学研究科 機械工学専攻 教授)、神谷聖人氏[三菱電機㈱ 産業メカトロニクス製作所 放電システム部長]、竹村俊幸氏[㈱ソディック 産業機械事業部 営業統括部 国内営業部 部長]、宮﨑正明氏[㈱牧野フライス製作所 開発本部 副本部長]
高谷
まずは皆さんのご経歴や現在の立場についてお聞かせください。
私は大阪大学大学院工学研究科で機械工学を担当しており、専門はナノスケールの加工・計測技術です。加工と計測を融合した研究を長年続けてきました。また、型技術協会とは20 年近い関わりがあり、理事と副会長を経て、2024 年から26 年まで会長を務めました。型技術協会は1986 年の設立以来、産学官が連携しながら日本の金型技術の発展を支えてきました。私は大学・教育機関に属する立場ですが、研究だけでなく、人材育成や産業界との橋渡しも重要な役割だと考えています。
近年は人材不足や技術伝承が大きな課題となっていますが、本日の座談会では金型産業の未来について、機械メーカーの皆さんと意見交換や情報共有をさせてください。
宮﨑
私は1995 年に牧野フライス製作所へ入社しました。配属されたのはマシニングセンタ(MC)の開発部門で、当時は自動車用バンパーやインストルメントパネル向けの大型の金型加工向け横形MCの開発に携わっていました。その後、2000 年代前半からは航空機関連の大型MC 開発に従事し、航空機の構造部品やエンジン周辺部品の加工機の開発プロジェクトを担当しました。2015 年からは金型分野の大型MC 開発も担当することになり、航空機分野の5 軸加工機開発での経験を活かしながら、中・大型の金型加工向け5 軸MC を開発しました。現在は開発本部副本部長として、小型機から大型機まで幅広い製品群の開発を統括しています。
竹村
私は1997 年にソディックへ入社し、以来ほぼ一貫して射出成形機事業に携わってきました。キャリアを振り返ると、特に名古屋地区で長く営業を担当し、自動車産業の成長とともに歩んできたという思いがあります。2000 年代には自動車の機電一体化が進み、機能部品向けのインサート成形や精密成形の需要が急速に伸びました。そうした市場変化の中で、多くのお客様とともに成形技術や生産システムの高度化に取り組んできました。現在は産業機械事業部で国内営業部を統括しています。
神谷
私は1999 年に三菱電機名古屋製作所へ入社しました。当初は形彫り放電加工機の電源設計を担当しましたが、その後は加工技術部門へ異動し、放電加工条件の開発やお客様への技術支援に長く携わってきました。国内外のさまざまな金型メーカーや部品メーカーを訪問し、現場の課題解決に取り組んできました。また、2020 年から約4 年間、中国・上海へ赴任し、放電加工機とレーザー加工機の技術・サービス部門を担当しました。中国市場で急速に進む技術革新や製造業の変化を間近で見られたことは、私にとって非常に大きな経験になりました。現在は放電システム部長として事業全体を統括しています。
高谷
技術開発や運用支援に携わってきて感じた日本の製造業の変化、印象について教えてください。
神谷
放電加工機の立場から見ると、この30 年は非常に大きな変化がありました。私が業界に入った頃は、自動車や家電、OA 機器向けの国内生産がまだ非常に強く、金型は量産を支える重要な基盤でした。当時の設備開発は「より高精度に」、「より良い面品位で」という価値観が中心で、加工機そのものの性能向上が競争力になっていました。
しかし、その後のリーマン・ショックやグローバル化の進展によって状況は一変しました。国内での競争から世界規模の競争へ移り、生産拠点もアジアを中心に広がっていきました。特に近年はスマートフォンやEV 関連市場の成長によって、中国市場の存在が非常に大きくなっています。
竹村
射出成形機も同じような変化を経験しています。私が入社した時期はIT バブルの時代で、コネクターやLED、液晶関連部品が市場をけん引していました。その頃はとにかく大量生産が求められ、設備にも生産性が求められていました。
ところが、その後は自動車産業を中心に機電一体化が進み、安全装置や制御部品など高機能な樹脂部品が増えてきます。今ではEV や半導体向けが主力分野の一つになっていますが、そのたびに設備に求められる役割も大きく変わってきました。
宮﨑
私はグローバル生産を加速させたのは、デジタル化の流れが大きかったと考えています。入社した頃、2DCAD で設計し、手書きの図面も扱っておりましたが、当社では1998 年に3DCAD で設計を開始、データの活用が変化しました。その頃にはCAM、インターネットも普及し始めましたが、生産コスト、人件費の問題だけではなく、設計、生産データを容易に共有、活用できるようになったことが、海外生産を加速させた要因だと感じています。一方、工作機械そのものも、高速化・高精度化・多軸化によって飛躍的に進化しました。ただ最近は、単純な性能向上だけでは差別化が難しくなってきています。
高谷
私も型技術協会の活動を通じて多くの企業を見てきましたが、この30 年で世界との距離感は大きく変わりました。以前は海外市場というと遠い存在でしたが、今では世界の出来事がそのまま日本の製造業へ影響を及ぼします。グローバルの意味する通り、全世界的、地球規模で考え、競争する時代になったと感じています。
改めて日本の強みを考える必要性
高谷
金型・成形産業は中国が存在感を示しています。日本とも地理的に近い。中国の金型や成形産業市場について、何を感じますか。
神谷
中国の駐在時、日本との違いを非常に強く感じました。特に印象的だったのは、投資判断のスピードです。
日本では新しい設備を導入する際、多くの検討や評価を行います。それ自体は重要なのですが、中国では「まずやってみよう」という考え方が非常に強い。もちろん失敗もあります。しかし、成功したときの成長スピードは驚異的です。また、若い技術者の意欲も非常に高い。こちらが驚くほど積極的に質問してきますし、技術を吸収しようという姿勢も強い。以前は日本が技術を教える側という感覚がありましたが、現在は互いに学び合う関係に近づいていると感じます。
高谷
それは非常に興味深いですね。
神谷
実際、中国で求められる技術レベルも高くなっています。例えば、EV 向け金型やスマートフォン向け金型の分野では、以前の常識では考えられないスピードで技術革新が進んでいます。設備メーカーとしても、その変化に追随し続けなければなりません。
竹村
中国を含めた海外市場の成長は確かに大きいのですが、その一方で日本の強みも再認識しました。それは品質保証や安定性です。樹脂成形では、材料や金型、成形機が複雑に関係しています。日本のお客様は品質に関することの要求レベルが非常に高い。その中で培われた知見やノウハウといった蓄積は簡単にまねできません。
宮﨑
私もそう思います。工作機械メーカーとして見ると、中国やアジア諸国の技術レベルは確実に向上しています。しかし、日本には長年積み重ねてきた加工技術や品質へのこだわりがあります。「単純な価格競争に勝つことではなく、日本ならではの価値をどう提供して、勝つのか」ということが重要だと改めて感じます。金型産業も、金型産業を支える立場の工作機械・成形機メーカーも考えていかなくてはいけないことです。