型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」
2025.04.18
第8回 日本一星が観測しやすい「鳥取県」から世界に発信するモノづくり
フリーアナウンサー 藤田 真奈
ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!、ミライを照らせ~KOSEN*Passport to the world~(ともに栃木放送)、Berry Good Jazz(Radio Berry)などに出演中。
Instagram:mana.fujita
「鳥取県」が「星取県」に改名していた!?
鳥取県の西部に位置する米子市。鳥取県内では県庁所在地の鳥取市に次いで2 番目に人口が多く、山陰地方の市町村では最も人口密度の高いエリアに米子工業高等専門学校(米子高専)はあります。
米子高専がある鳥取県には「星取県(ほしとりけん)」という呼び名があることをご存じでしょうか? 実は鳥取県は、環境省が実施する調査活動「全国星空継続観察」において、星の見えやすさで何度も全国1 位になっているほど星の観測がしやすい地域なんです。県内のどの市町村からも天の川が見え、流星群の時期でなくても流れ星が見えやすいため、夜空を見上げれば星に手が届きそう…。ということで、2017 年から「星取県」を名乗っています。
この星取県で天体に特に強い思いを馳せているのが、米子高専科学部の学生たちです(図1)。「科学部」という名称ですが、実際は天体観測や天文に関する研究ばかりを行う、実質「天文部」。今から25 年前、当時の学生の強い希望を受けて誕生しました。
図1 現在(取材当時)の科学部の部員たち(写真提供:米子高専)
「手づくり分光器」という科学部の挑戦
2022 年11 月8 日に起こった皆既月食。この日は皆既月食の観測をするための好条件が重なっていて、日本全国で月食が観測できると話題になっていました。もちろん米子高専科学部でも、この天体ショーに合わせた観測を予定していたのですが、その内容はただの月食の観察ではなく、月食を分光観測[天体の物理状態(温度、密度)や化学組成、運動状態などを知るための観測手法]することで、地球のオゾン層の状態も観察しようというものでした。
幸運にも皆既月食当日の天気は晴れの予報で、観測にはまたとないチャンス! ということで、「全国の高校生と共同観測が行えたら」とあちらこちらに声をかけたのですが、返ってきた言葉は「分光器がない」というもの。「学校になくても地域の天文台にはあるだろう」と調べてみたところ、日本国内の天文台のうちわずか1 割しか分光器を所有していないということがわかったのです。というのも、分光器は小型でも100 万円は下らないという高価なもので、かつ自作も難しいとされてきたため、よほど財政的にゆとりがある天文台でなければ所有することができないという現状が浮き彫りになったのです。それなら「安価でかつ簡単に自作できる分光器を開発しよう!」と乗り出したのが、前述した科学部のメンバーたちでした。
分光器を自作するにあたってはもちろんさまざまな工程がありますが、製作中に特に頭を悩ませたのが細かい加工の部分です。手を動かして生み出す「製作班」と、機能や性能、品質を確認する「検査班」に分かれ、つくったものを検査してはダメ出しされてつくり直す…という日々が続きました。それを何度も繰り返してようやく完成した「手製の分光器」を使ってみると、これが素晴らしいクオリティーで、市販されている高価なものよりも観測がしやすかったのだと言います。
高機能になった要因の一つが「スリット」と呼ばれる隙間をつくる細かい加工です。これは、科学部の1年生メンバーが2 名で担当していたのですが、ダメ出しされながら何度もつくり直しているうちに、高専で保有している機械を使った加工ではかなわないほどの細かい加工を、なんと手作業で行えるようになったのだと言います。つくり上げたスリットの幅は15 μm。毎日スリットと向き合っているうちに、スリットの隙間から差し込む光の見え方で幅がわかるようになってきたのだとか。まさに匠の技です! このとき完成した「初号機」は、近隣の天文台のさじアストロパーク(鳥取県鳥取市)に寄贈していて、現在は実際に観測に使用されているそうです(図2)。
図2 分光器を寄贈したことで鳥取市から感謝状を受け取りました(写真提供:米子高専)
製作用レシピを全国に公開!世界でも認められる研究に
米子高専では、さらにこの「分光器のつくり方」を全国に公開し、誰もが比較的安価に分光器を自作できるというフィールドを整えました。また、「より簡単に、よりつくりやすく」を目指して、使用する部品の数を減らしたり、手に入りやすい素材に変更したりとつくり方のマニュアルも日々更新中だと言います。
この取組みを引っ提げて出場した、全国の高校生と高専生を対象に行われたコンテスト「第21 回 高校生・高専生科学技術チャレンジ」において、米子高専は上位10 チーム入りを意味する「ソニー賞」を受賞。今年5 月には日本代表として、米国で行われた世界大会の国際学生科学技術フェア(International Scienceand Engineering Fair)に出場しました(図3)。
図3 米国で行われた世界大会にて(写真提供:米子高専)
世界大会には67 の国と地域からおよそ1,700 人が参加。それぞれの研究内容についてポスターを使ったプレゼンテーションを行い、審査員からの質問に答えるという形での審査が行われました。現地ではもちろん英語で説明することが求められるため、大会に向けて英語漬けの日々を送っていたというメンバーたち。審査員からの質問を想定して、英語で答える訓練を積んで現地に乗り込み、開発に至った経緯や自分たちの技術について思いを込めてプレゼンしました。その結果、米子高専チームは物理学・天文学分野で4 等を受賞! 世界的に素晴らしい研究だと認められたのです‼
受賞後、引率した科学部顧問の竹内彰継先生に、評価されたと感じるポイントについてうかがったところ、「米国では、科学技術はいかに人の役に立つかというところが重視されているように感じた」とのこと。しかし、大会には世界から素晴らしい研究者が集まっていたようで、「他国の出場チームには素晴らしい研究をしている人たちが多く、正直ダメだと思った。運が味方した」と控え目に喜びを語ってくださいました。学生のうちから世界の大舞台を経験した米子高専科学部のメンバー。きっと将来、世界の科学技術の発展に大きな影響を与える存在になるに違いありません。