型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」
2026.06.10
第25回 「自然×技術×人」がつながる、長野高専のアウトドア教育
フリーアナウンサー 藤田 真奈
ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!、ミライを照らせ~KOSEN*Passport to the world~(ともに栃木放送)、Berry Good Jazz(Radio Berry)などに出演中。
Instagram:mana.fujita
長野県中央部に位置する長野市。ここは善光寺の門前町として古くから人と文化が行き交い、背後には北アルプスの山並みが連なる、自然と都市機能が心地良く溶け合った街です。そんなこの地で、地域に根差したユニークな教育を展開しているのが長野工業高等専門学校(長野高専)です。
長野高専では、2022 年にそれまで5 つあった学科を工学科1 つに再編しました。そのタイミングで新たに誕生したのが「リベラルアーツ教育院」です。工学科の中にありながら、学生一人ひとりが社会で活躍するための人間力を育てることをミッションとし、一般教養科目に加えて、アウトドア演習やウインタースポーツなど、長野ならではの自然環境を活かした授業を展開しています。体育科教育と野外教育を専門とする井浦徹教授は、小・中学校での豊富な教員経験を背景に、従来の「保健体育」の枠を超えた実践的なプログラムづくりに取り組んでいます。
考える・伝える・協働する力を育むアウトドア体験
その象徴とも言えるのが、1 年生必修の「ウェルネス・アウトドア」の授業です。狙いは「いつでも、どこでも、誰とでも課題解決ができる人になること」。テント設営や火おこし、ロープワーク、ボルダリング、さらには協力しないとクリアできない「仲間づくりゲーム」など、教室を飛び出したアクティビティがふんだんに盛り込まれています。先生がやり方を教えるのではなく、学生たちが自分たちで考え、試行錯誤しながらゴールにたどり着く設計になっているのが特徴です。
ある学生が「一番印象に残っている」と話してくれたのは、初めて挑戦したテント設営の活動です(図1)。それまでキャンプ経験もなく、誰もやり方がわからない状態でスタートしたそうですが、グループのメンバーと相談しながらポールを組み、布地の向きやテンションを確認し、風向きも考えながらようやくテントを立ち上げました。「こうしてほしいと伝え合うことができず時間がかかった」と振り返りつつも、ゴールを目指す過程で、思いを言葉にして伝えることの大切さを体感したと言います。入学直後でまだ話したことのなかったクラスメイトとも、一緒に汗をかくうちに自然と距離が縮まり、名前で呼び合える関係が生まれていったそうです。
図 1 校内でテント設営に取り組む学生たち(写真提供:長野高専)
別の学生は、この授業を受けるまで「自分一人でやる方が効率が良く、質も高くできる」と考えていたと言います。しかし、アウトドア活動を通じて「一人でできることの限界」を思い知らされたのだそうです。はじめは自分の案を強く押し出し、リーダーシップを取りすぎたことで、周囲のより良い意見に気づけなかったそうですが、「複数人で考えるからこそアイデアは磨かれる」という気づきを得たことが、今も強く印象に残っていると話してくれました。
また、五人一組で目隠しをしてキャンパス内を歩くアクティビティでは、一人がガイド役となり、目的地に着いたら次の人と交代します。最初は「こっちこっち」、「手を叩いて合図」といった大まかな指示しか出せなかった学生が、自分自身が目隠しをして不安を味わったあとには、「時計の2 時の方向に3 歩」、「数m先に石があるから少し右に」など、相手の見えない景色を言葉で具体的に描写できるようになっていったのだとか。相手の立場に立って情報を整理し、安心してもらえる伝え方を工夫する姿は、まさにコミュニケーションの質そのものが変化している証だと感じました(図2)。
図2 目隠しをしながらの歩行(写真提供:長野高専)
長野の大自然が育む「生きた学び」
このアウトドアの学びは、学校の外にも広がっています。高学年向けの選択科目「アウトドア演習」では、夏休みに3 泊4 日の実習を実施し、白馬で北アルプス登山やキャニオニング、青木湖でのSUP(スタンドアップパドルボード)などに挑戦します。戸隠では自炊も含めた本格的な森のキャンプを行い、自然の中で衣食住を自分たちの手で組み立てる経験を重ねます。冬には志賀高原でスキーやスノーボードに親しむウインタースポーツの授業も開講され、長野の自然そのものが巨大な教室になります。 こうした実習は、「自然の厳しさ」と「仲間に支えられる心強さ」を同時に体験できる場でもあります(図3)。
こうして見ていくと、長野高専のアウトドア教育は、単なる「キャンプ体験」や「レクリエーション」ではなく、技術者として社会に出たときに必要となるコミュニケーション力、チームビルディング力、課題解決力といった素地を、身体を通して学ばせたいという明確な意図があります。机上のグループワークでは味わえない、寒さや重さ、怖さ、不安といった感情を伴うリアルな状況だからこそ、「仲間を信頼する」、「相手の気持ちを想像する」といった感覚が、学生の中に深く刻み込まれていくのではないでしょうか。
焚き火を囲んだ経験が現場の「解」を導く力に
モノづくり企業の現場でも、イノベーションは異なる技術や価値観の「かけ合わせ」から生まれます。その前提となるのは、技術そのものだけでなく、互いの専門性を尊重し合いながら試行錯誤できるチームの関係性です。長野高専のアウトドア授業で育まれているのは、まさにその「ベースとなる力」だと言えるでしょう。図面や数式に強いだけでなく、仲間と信頼関係を築きながらアイデアを束ねて解を導くエンジニアの卵たちが、長野の大自然の中で着実に育っています。
「長野の大自然でアウトドア活動をしたい。だから長野の会社に就職したい」という学生を増やしたい─仲間とテントを立て、火を囲みながら語り合った経験は、社会に出たとき、複雑な課題に向き合う技術者たちの原点となるはずです。長野高専のアウトドア教育は、自然と技術、人と地域を結びつける、新しいエンジニア育成のモデルケースになりつつあります。