icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2026.07.30

第29回 景気後退局面で技術者育成に取り組む予算がない

  • facebook
  • twitter
  • LINE

FRP Consultant 吉田 州一郎

よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「景気後退局面で技術者育成に取り組む予算がない」場合、「時間的余裕を活用し、実在する技術的課題に対する解決案を示すための技術調査を推進させ、当該案の内容の質にかかわらず、参加する姿勢を評価する」

はじめに 

 本連載の主な読者は、民間の製造業企業の技術系社員やその育成担当、または技術チームのリーダーや管理職といった方々だと考える。民間企業において人材育成は企業の成長戦略において重要であるということに対する反論は少ないと想像する。ここ数年は人材育成と技術者育成の違いを認識する企業も増加しており、明確に“技術者(技術職)向けの育成を行いたい”という要望を受けることも増えた。このように技術者育成を含む人材育成に対する重要性への理解は、ある一定以上のレベルで浸透してきた。一方で、当該取組みが停滞することになる大きな要因も存在する。それが“景気後退”だ。 

 自由貿易を後退させる関税戦争の常態化、戦略なきAIなどの後追い技術トレンドによる振り回し、昨今の株高の流れによる株価のみで企業価値が判断される過剰な株主優先主義の浸透など、製造業の民間企業も外圧にさらされている。ここで景気後退局面に入るとさらに状況は悪化する。 

 景気後退局面ではその不安感から、不確定要素をできる限り排除したい心理に陥りやすい。この心理状態でターゲットになりやすいのが“費用がかかるもの”、そして“不要不急”とされやすいものだ。そして残念ながら、技術者育成はその“ターゲット”になりやすい。当該育成に取り組むための“予算の削減”はその結果の代表例だ。

 だが、このような対応は企業全体の技術力を中心とした基礎力の向上という意味では、目先の対応でしかない。このような短期的な目線を企業に要求しているものの一つは前述の株主至上主義でもあるため、企業にとっては難しい問題だ。仮に景気後退局面であっても技術者育成に取り組みたいと企業側が考えたとしても、それを許さない仕組みがあるのだ。株式を非上場にする元上場企業が増加傾向にあるのも、このような経営戦略の立案と推進の自由度を得るためだろう。ただし、すべての企業がそのような道を歩めるわけでもない。 

 今回は景気後退局面で技術者育成に取り組む予算がない、という環境下でどのように育成を進めるかについて考える。

若手技術者戦力化のワンポイント 

 景気後退局面で技術者育成に取り組む予算がないときは、「時間的余裕を活用し、実在する技術的課題に対する解決案を示すための技術調査を推進させ、当該案の内容の質にかかわらず、参加する姿勢を評価する」ことを継続し、コストをかけずに技術者の普遍的スキルの鍛錬を目指す。

心理的余裕のないときに生まれる“選択と集中”という魔法の言葉

 ・予算がないので技術者育成(人材育成)の取組みをやめる/削減する 
 ・優先順位に基づくと今は技術者育成どころではない 
 ・お金を生み出さない取組みは不要だ
 
 上記は景気後退局面で、企業内で見聞きする発言例だ。そしてこのような発言と抱き合わせでよく用いられるのが“選択と集中”という言葉だ。 

 選択と集中という言葉は免罪符になりやすい。企業としては、固定資産や人件費などの経費が大きく変わらない状態で売上げが下がれば、流動資産が減る。企業経営において流動資産は最も自由度の高い資産であるため、これを原資にさまざまな取組みの予算として計上するのが一般的だろう。元手となる流動資産が減る状態において、さまざまな予算を減らす取組みは妥当であり、それを否定できないと感じることも多いはずだ。

 筆者自身は、仮に一時資本金を痛めるようなことがあったとしてもそこから予算を捻出し、技術者育成の取組みを継続すべきと考える。しかし、人材育成に理解のある非上場の企業やオーナー企業を除き、資本金を痛めてまで技術者育成に取り組む必要はないと判断するに違いない。中長期目線では重要となる技術者育成も、企業価値を維持向上させることに直結しないと考えるのが多くの株主やオーナーの本音だろう。そうなれば、これらの企業における選択と集中は正解であり、経営陣も従わざるを得ない。 

 こうして“選択と集中”は完全なる正義として、その立ち位置を確立していく(図1)。
図1  “選択と集中”という言葉は景気後退局面では 誰もが反対しにくい魔法の言葉となり技術者育成 も削減のターゲットとなる

図1  “選択と集中”という言葉は景気後退局面では 誰もが反対しにくい魔法の言葉となり技術者育成 も削減のターゲットとなる

設備などの大型投資抑制は内容によって妥当だが例外も 

 景気後退局面では設備投資、つまりハードへの投資抑制は経営的にも理にかなっている部分があると言える。設備は稼働していなければコストにしかならないため、余剰になる可能性の高い設備への投資を抑制するのは妥当だ。唯一ハードに関する投資で景気後退局面でも継続すべきは、 
 「インフラ関係の設備と現在稼働している設備のメンテナンス」
だ。インフラ、例えば建屋から始まり、ガスや上下水道の配管、電気関係、さらには稼働している設備の電装や駆動部品といった製造業を生業とする企業の血肉となる部分に欠陥があると、突然製造設備が停止して生産販売する製品の供給が滞ることもあり得る。そして製造業企業において何より重要な、 
「従業員の安全」
が揺らぐ可能性もある。ガス漏れ、感電、地震による建屋崩壊、設備の破損などがその一例だ。景気後退局面であっても、このようなことが起こらないよう、投資を続けるのは必須と言える。これらはどのような状況でも投資を続けるべき例外だ。

技術者育成に後ろ向きになった場合の最大のリスクは“優秀な技術者”から離職すること

 技術者育成で目指す姿は、 
「自ら課題を抽出し、その課題解決に向け能動的に動く」
ことにある。技術者育成の観点から見れば、これが育成すべき技術者の姿との理解で問題ない。しかし、このような技術者が若手技術者の時点で有するある共通の考え方がある。それは、 
 「自分はこの職場(企業)にいて成長ができるか」だ。

 技術者育成を効果的に進めるにあたっては、底上げより先に、トップを引き上げることを重視する。つまり、技術者育成を体現できる見本を先につくることで、それを目指してほかの技術者が成長する流れをつくるのだ。この見本に該当する技術者を目指すのは、主に若手技術者だ。技術者育成の効果は若手技術者のうちから行うことが育成効率という観点で重要であり、見本となる技術者をできるだけ若手のうちから引き上げることが、その後に見本候補となる若手技術者育成を継続的、かつ効率的なものにするポイントとなる。 

 ここで、技術者育成の取組みを景気後退局面での選択と集中として削減、停止したと仮定する。結果、見本となる技術者の増加率は大きく低減するか、頭打ちとなる。それを見た有望な若手技術者は、次のようなことを考えるに違いない。 
「ここにいても成長できないのではないか」
この不安は多くの場合において“離職”という形で表面化する。自分が成長できる環境を求め、若手技術者のうちに自らの成長を促す環境を見いだすという動機で第一歩を踏み出すのだ。 

 技術者育成の継続は、優秀な若手技術者の離職抑制の効果を潜在的にもたらしていることを意識しているリーダーや管理職は、あまり多くないのではないだろうか。

自然に育つ若手技術者への依存はこれからの企業にとってリスクでしかない 

 若手技術者の中には、「特に教育らしい教育をしなくても成長し、成果を出せる」という者も一定数いる。手のかからない優秀な技術者という印象だ。さまざまな若手技術者を見てきた筆者も実感していることだ。この事実を念頭に、景気後退局面では技術者育成の取組みをやめるという判断をするのはあまりにも危険だ。 

 自然と育つ若手技術者、すなわち、能動的学習とそれによる自己成長を促進できる若手技術者は、 
 「市場ニーズが高い」
という紛れもない事実がある。自らの興味や成長志向、やってみたい技術業務を的確に伝える力、すなわち技術者の普遍的スキルの一つである論理的思考力があれば、   
 「中途採用に加え、ヘッドハンターと呼ばれる採用のエージェントが一本釣りをしてくる」時代だ。プッシュ型の採用システムを採用している企業であればイメージしやすいだろう。
 “人手不足”という言葉が聞かれて久しいが、より正確には、「戦力となる人材が不足している」というのが採用前線の実情だろう。前述の自然に育つような若手技術者は引く手あまたである一方、どれだけ就職活動や転職活動をしてもいい仕事、または当人が納得する仕事が決まらない若手技術者もいる。当然ながら後者に対し、前者は圧倒的少数だ。年功序列打開の議論は今や前世代的な話題となりつつあり、日本においても適性があると認められれば現職よりも好待遇で引き抜かれるのが常識になっている。 

 よって、若手技術者向けの育成の取組みを行わなくとも自然に育つという技術者に依存することは、常に引き抜かれるリスクと隣り合わせであり、企業のリスクマネジメントとして不適切と考えるべきだ。 

 以上のことを踏まえ、景気後退局面であったとしても、どのような形で技術者育成に取り組むべきかを考える。

技術者育成は“細く長く”が基本

 技術者育成について、企業が理解すべきその基本は、 
 「細くすることはあっても継続する」
ことだ。技術者育成を企業が本質的に“ものにする”には、その取組み自体を企業文化にするのが最重要だ。組織は必然的に楽な方に流れるようにできている。楽をしたいという個々人の意識の蓄積が、個人が集まってできた組織という大きなベクトルをその方向に向けることにほかならない。 

 技術者育成に関し、楽な方向を向くとはどういうことか。例を以下に示す。 
 ・書く時間がかかるので技術報告書の作成をやめる 
 ・技術的な議論は時間がもったいない、面倒と考え結論を急ぐ 
 ・今までの技術的経験でわかる業務範囲に閉じこもる、新しいことはやらない 

 効率だけを求めるのであればない話ではないだろう。ただ、技術者、特に若手技術者にそのような行動を良しとする風土を有する企業に先はないと思う。企業の技術力の基本は、属する技術者個々人の技術力を合算したものであり、当該力の向上には、“必ず”長い時間がかかる。ここに効率という概念を持ち込んだ時点で、その力は本質的なものではなく、見せかけにすぎない。早い段階で技術力の基礎という土台からくずれ始め、技術的な改ざんや、それが最終的には粉飾決算といった経営に関係する問題にまでつながっていくだろう。時間をかけてでも本質的に人を育てるという真摯な姿勢が、企業の技術力はもちろん、存在価値そのものを高めることにつながる。
37 件
〈 1 / 2 〉

関連記事