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工場管理 連載「キラリと光る技術をM&Aでつなぐ」

2025.07.24

第3回 製造業M&Aの難しさについて

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スピカコンサルティング 藤川 祐喜

ふじかわ ゆうき:執行役員 製造業界支援部。大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立上げ。2023年スピカコンサルティングに参画。 
https://spicon.co.jp/
 2023 年の製造業におけるM&A は、譲渡企業が1,145 件と産業別に比較すると製造業が最も多い結果でした。しかし、すべての譲渡企業が最適なお相手とM&A を実行できたかといえば、決してそうではありません。今回はそのように考える理由と、製造業のM&A の難しさについて解説していきます。

お相手探し(マッチング)の難しさ

 製造業のM&A が難しいとされる理由として、何よりお相手探し(マッチング)の難しさが挙げられます。そもそもM&A は、譲渡企業と譲受企業の2 社が同じグループとなり、相乗効果の創出によって両社ともに発展していくという前提のうえに成り立っています。

 たとえば、とある切削加工会社が増産対応のために他社とのM&A を検討しているとしましょう。こうした場合のマッチングでは、相手企業の所在地や周辺環境、対応できるワークサイズや加工精度、取引している業界、工場の広さ、生産キャパシティ、保有している工作機械、従業員の技術レベルなど、さまざまなポイントを勘案します。その結果、本来の目的である“部品増産”が達成されると判断できた場合にM&A が実行されるのです。当たり前ですが、切削加工の会社であればどんな会社でも譲り受ければいいという訳ではありません。

 そしてこのマッチングの工程と判断は、製造業特有の複雑な事業環境が難易度を高めているのです。

モノづくり企業への正しい理解

 ひとえに製造業といっても、世の中には自動車業界、半導体業界、電子機器業界、航空宇宙業界などさまざまなモノづくり企業が存在します。そして、それぞれの企業が特定の製品/ 部品を製造しています。当然ながら、各業界で必要な技術や知識は異なります。サプライチェーンや製造工程/ 生産設備、業界構造、抱えている経営課題なども業界特有のものがあります。

 たとえ同業界に属する企業同士であっても、その企業が自社の経営課題を解決できる最適な相手であるとは限りません。さらに、立地や保有している設備/ 技術が理想的であっても、実際に両社の業務が補完関係になれる確率はそれほど高くないのが実情です。

 ただし裏を返せば、自社の技術に魅力を感じる企業は必ずしも同業界で同部品を製造している企業ばかりではありません。製造業のM&A のマッチングパターンは多岐に渡ります。過去には、自動車のブレーキ/ エンジン部品を製造している上場企業が、工作機械メーカーとM&A を実施して企業価値を高めた事例もありました。

自社にないリソースをM&A で獲得した事例

 自社にない技術をM&A でうまく補完することで企業価値を高めている企業もあります。ニデックは、2021 年の三菱重工工作機械(現:ニデックマシンツール)を皮切りに、工作機械メーカーへのM&A を推進しています。これはグループにない製品をM&A で取り込むことで、製品構成や販売地域の多様化を推し進める狙いがあります。中堅・中小企業においても同様で、自社にない技術をM&A で獲得している企業は少なくありません。
ニデックによる工作機械メーカーのM&A 実績

ニデックによる工作機械メーカーのM&A 実績

 筆者が過去に携わった多品種少量品の製造が得意な企業と、量産品の製造が得意な企業が一緒になった事例をご紹介します。どちらも精密板金加工を営む企業でした。試作部品のような多品種少量の製造が得意なA 社は、取引先からQCD を高く評価されており、少量品だけでなく量産品の製造依頼も多くありました。しかし、本来得意としていない量産品の製造を引き受けて段取りが悪くなることを懸念して、それらの引合いは断らざるを得ない状況でした。

 そこで、M&A を活用して量産品製造を得意とするB 社と提携し、これまで断っていた量産の仕事はB 社で対応していくスキームを構築します。結果、すべての仕事をグループ全体で受注できるようになり、顧客満足度も上がって本来の少量品の受注もさらに増加しました。B 社についても、過去から営業面に課題があり、一方で生産面では余裕があったので提携によって業績は急回復しました。

 製造業のM&A は、どのような相手であればお互いに相乗効果を創出し、両社の抱える経営課題を解決できるのかを時間をかけて見極めなければなりません。検討の末に相乗効果を見込める相手が見つかれば、両社が得られるメリットは非常に大きいのです。実際に、A 社とB 社のマッチング(M&A)は、約8 カ月の時間をかけて実施されました。

 もし製造業でM&A を検討するのであれば、可能な限り過去の成約事例を分析し、自社の経営課題を解決できるようなアイデアについて深堀してみてください。

まとめ~ゆとりある検討が両社の幸せにつながる~

 今回はマッチングの観点から製造業のM&A の難しさについて解説しました。M&A を実行する場面では、担当コンサルタントがその業界について幅広い知識を有している必要があります。仮に、決算書上の数字がまったく同じ会社が2 社あったとしても、それはそれぞれ別の会社です。決算書には表れない独自技術や組織体制なども正確に評価しなければなりません。

 また、相手企業にはそれらを言語化して齟齬なく伝える義務もあります。長年培ってきた自社の技術や強みを理解されないまま実行されるM&A は、将来的に関係者全員を不幸にする可能性があります。また、土壇場になって急いで相手探しを開始しても決して良いお相手は見つかりません。専門家と時間をかけて協議を重ね、二人三脚で最適な相手を検討していくというプロセスが必要です。

 冒頭で、最適でない相手とのM&A も世の中には存在するとお伝えしました。それは、土壇場で時間の制約もある中で、急いでM&A を実行しようとする会社が少なくないという背景に起因しています。

 製造業のM&A の難しさについて、少しだけ理解を深めていただけましたでしょうか。次回は、モノづくり企業の企業価値についてご紹介していきます。

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