プレス業界が抱える課題
日本のプレス技術は、世界的に高い評価を受けており、特に自動車産業をはじめとする製造業で重要な役割を果たしている。日本の自動車メーカーは、世界トップレベルの生産技術を誇り、プレス技術はその基盤となっている。図2 の国内プレス業界の状況(販売金額推移)からも、自動車用が圧倒的に多いことがわかる。また図2 では、コロナ禍で販売額は落ちたものの、その後は世界的に需要が増加し、2023 年時点でコロナ禍前の販売額に戻っている。平均材料単価の推移は折れ線グラフで示しており、これもコロナ禍以後増加している。
図2 国内プレス業界の販売金額推移および平均材料単価
図3 に材料単価調整後の販売金額を示す。2024年で大幅に落ちており、図2 と合わせると売上げは伸びても収益で落ち込んでいる現状がわかる。材料・エネルギーの高騰は2025 年以後も続くと予想され、収益確保の対策、付加価値の高い部品の確保が、経営や技術開発での課題になっている(筆者が指摘するまでもなく、プレス加工経営者や技術担当者はすでにわかっていることと思う)。
図3 材料単価調整後の国内プレス業界の販売金額推移
プレス業界に限らず日本の製造業が抱えている課題には、材料・エネルギーの高騰以外に国内市場の縮小、若者の製造業離れ、人手確保と技術継承など多くある。それらへの対策も図りながら、プレス業界が注視してきたのは、最大顧客である自動車産業の動きである。
世界の自動車産業の動向と日本の自動車産業
日本の自動車産業は基幹産業として重要な位置を占めており、関連産業の裾野が広く、日本経済をけん引している存在である。製造業にとって自動車産業の動向は、自社の死活問題にまでなってくる。
日本の自動車産業の動向を見るため、まず2000 年からこれまでの日本の自動車生産台数の推移を、世界の国別ランキングでトップを占める中国、米国にドイツを加えて図4 に示す。
図4 自動車生産台数の推移(日本、米国、中国、ドイツ)。国内・外国のメーカーにかかわらず当該国内で生産された四輪自動車(乗用車、小型商用車、トラック、バス)の生産台数
2000 年時点の生産台数では、米国が1 位、日本が2 位、ドイツが3 位で、中国は8 位であった。2006 年には日本が米国を抜き1 位になる。その間にも中国は急速な発展を遂げ、2009 年に日本、米国を抜いて1 位に躍り出る(日米が2008 年のリーマン・ショックで落ち込んでいる間の出来事である)。2011 年には、日本は米国に抜かれ世界3 位になった(この年、日本では東日本大震災が発生)。2018 年から中国の生産台数が落ち込んでいるのは、第1 次トランプ政権の米中貿易争いによる。2020 年のコロナ禍の影響からは、中国がいち早く立ち直っていることがわかる。このように世界の自動車産業の動向として、今や中国が圧倒的に強くなっている。
なお図5 に、日本の自動車生産台数について、国内生産と海外生産を合わせたものを示す。ここからわかるのは、日本の自動車メーカーがかなりの量を海外で生産していることである。特に2010 年から海外生産台数を伸ばしている。図4で示したように、2011 年に日本の国内生産量は米国に抜かれ世界3 位になったが、その頃から日本は海外生産量を増やしていたのである。
図5 日本の自動車メーカーの生産台数(海外生産台数と国内生産台数=国内 販売台数+輸出台数の両方を合わせて示す)
2022 年の実績で見ると、国内生産台数800 万台(国内販売台数420 万台+輸出台数380 万台)に対し、海外生産台数はその2 倍の1,700 万台となっており、合計で2,500 万台になっている。中国のその年の国内生産量2,686 万台に迫っていることを確認しておきたい。
世界のEV販売推移
本連載での分析の主要目的であるEV シフトについて、世界のEV の販売台数の推移を見ておきたい。IEA(国際エネルギー機関)「Global EVOutlook 2025」によると、世界のEV(BEV +PHEV)販売台数は2021 年のコロナ禍後から急激に販売量を増やしているが、その内訳は中国製EV の伸びが大きい。2020 年には中国のBEV とPHEV の合計は110 万台だったが、21 年には320 万台、22 年には590 万台、23 年には810 万台、24 年には1,130 万台となっている。
なお、IEA のデータにはないが、2025 年から中国製EV の販売が落ち込み始めている(かなりダンピングしているようであるが)。欧州では脱EV が進み、米国では図1 のトランプ大統領の叫びにあるように、EV 販売は急激に減少すると予測できる。2025 年は「脱EV 元年」になるかもしれないとまで予測されている。
EV シフトが世界の潮流であると騒がれ始めた頃から、先行するプレス部品メーカーはその対策を考え、準備してきた。EV シフトにブレーキがかかり、2025 年から脱EV が始まるかも知れないと言われると、今までの対策を変更し、戦略を立て直さなければならない。しかも今のEV シフトの停滞は「プラトー現象」であるとする見解もあって、先行きが不透明である。プラトー現象とは、成長期から成熟期に至る段階で、普及率が15%前後になると売上げが一時的に横ばいになる状態を言う。
今のEV 停滞が脱EV の始まりなのか、プラトー現象なのかは、あと数年後でないと判定できない。加えて、トランプ関税の最終の落とし込みどころも2025 年後半にならないとわからない。したがって、自動車メーカーは様子見で、ここしばらく新車開発や量産を先送りしていた。その影響をもろに受けるのは、プレス加工業のようなティア2 やティア3 である。
わからないけど何かをやっていく
トヨタ自動車社長(当時)の豊田章男氏は米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏と会ったとき、「ミスター・トヨダ、5 年後のトヨタはどうなるの?」と聞かれ、「わかりません」と答えた。するとバフェット氏は「あなたのことを信用する。その通りだ。普通のビジネスパーソンは未来のことを聞かれたら、何かをしゃべる。しかし、ミスター・トヨダは、わかりませんと言った、だから信用する」と言ったそうである。
このやりとりについて豊田章男氏は「未来は誰にもわからない。未来はみんながつくっていくものだから。わからないから何もしないのではない。わからないけど何かをやっていく。これは違うなと思ったら変えていく。そうすると未来の景色は絶対に変わります」と話している(野地秩嘉著「豊田章男が一番大事にする『トヨタの人づくり』─トヨタ工業学園の全貌」、プレジデント社発行より)。
基本的に未来のことはわからない。特に今の世界は想定外の出来事が連続し、先行きはまったく不透明である。しかし、何かをやっていかなければならない。では、何からやっていけばよいのか? そのことを読者とともに考えていきたい。わからないなりに何かをやっていく、そのための参考に本連載が役立てば幸いである。