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プレス技術 連載「キラリ光る!塑性加工分野のモノづくり力」

2025.12.01

第15回 印刷した軟質材料を型にした高精細な転写技術―名城大学 吉川泰晴准教授

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プレス・鍛造加工で独自・個性的な技術を駆使してモノづくりに挑む企業、各種研究・開発団体をレポートする。(『プレス技術』編集部)
 名城大学の吉川泰晴准教授は、独自の方法で微細な凹凸を金属板の表面に加圧で転写する工法を考案した(写真1)。加圧による転写では金属の表面に微細な凹凸を形成し、それにより撥水性や防汚性などの機能や硬貨などのような意匠性を付与できる。

 従来の微細凹凸の加圧転写(コイニング)では金型を切削加工や形彫り放電加工、レーザ加工、エッチングなどで製作した。そのため製作時間が長く、コストも高くなるため多品種少量生産には向かない。また、大量生産でも金型の摩耗に伴う定期的なメンテナンスが必要になってしまう。それに対して吉川准教授は、製作時間が短く、低コストで多品種少量にも大量生産にも適した加圧による転写技術を開発した。
写真1  印刷した軟質工具(左)で金属板(右)に微細凹凸を転写する新工法

写真1  印刷した軟質工具(左)で金属板(右)に微細凹凸を転写する新工法

「2017 年にある講演会でケヤキの葉を圧印加工で転写した金属板が紹介され、それを自分で再現してみると葉脈まできれいに転写できました。そこで印刷された紙は転写できるのかと試してみると見事に文字が転写できたのです」(吉川准教授)

 そこから発想したのが印刷した軟質材料を活用して微細な凹凸を金属板に転写させる工法だった。レーザプリンターに用いられるトナーで樹脂製フィルムや紙などの軟質材料の表面に微細な凹凸を印刷し、それを型の代替(軟質工具)として圧印加工する。転写のための軟質工具を短時間、低コストかつ簡易に製作できることが最大の特徴だ。また、プレス加工(圧印加工)と圧延加工、転造の3 つの方式による転写技術を開発した(図1)。
図1 印刷した軟質工具による3 つの方式の微細凹凸転写技術

図1 印刷した軟質工具による3 つの方式の微細凹凸転写技術

 まず、プレス加工による微細凹凸転写だが、平板金型(ダイ)の上に被加工材と軟質工具を載せて万能試験機で加圧して転写する(写真2)。実験では、同心円状のパターンをレーザプリンタで印刷したPET フィルムを工具とし、被加工材(金属の円板)に凹凸を転写させることで被加工材の材質や直径および加圧力の影響、平板金型と被加工材との間の潤滑の有無について調べた。また、それらを有限要素解析でシミュレートして転写の機構も調べた。その結果、材料が軟質であっても薄く、かつ直径が大きければ変形に必要な圧力も大きくなるという従来理論に従い、転写に必要な圧力は被加工材の塑性変形圧力で予測できることを見いだした。

 また、この転写方法には2 つの転写モードがあることを確認した。1 つは、薄い印刷工具基材(PET フィルム)や軟質な被加工材を用いた場合にみられる、硬さ試験などと同じように局所的に印刷部(トナー)が被加工材に押し込まれるモードだ。もう1 つは、厚い印刷工具基材や硬質な被加工材を用いた場合にみられる、トナーが工具基材に埋め込まれた後に被加工材に入り込むモードである。なお、吉川准教授は、後者のモードでは被加工材と印刷工具基材(フィルム材)の相互変形挙動に起因して、被加工材へトナーが埋め込まれる途上で転写が止まることがあることも明らかにした。
写真2 プレス加工による微細凹凸転写の機械の構成

写真2 プレス加工による微細凹凸転写の機械の構成

大面積の転写を試みる

 プレス加工に次いで圧延加工での転写にも取り組んだ。大面積化が目的だった。プレス加工で薄板を厚さ方向に圧縮しても非常に大きな荷重を要し、被加工材の全体を塑性変形させられないが、圧延加工は部分的に加圧成形するため低荷重で大面積の被加工材を塑性変形できる。また、従来の圧延加工による転写では、圧延ロールの表面にフォトリソグラフィで凹凸を作製したり、凹凸を転写した金型を用いたりした。それらに比べて印刷による軟質工具は短時間で安価に作製でき、模様も容易に変更できるため大面積化に有利になる。

 圧延加工による凹凸転写は図1 のように2 つのロールの間に軟質工具と被加工材を挟んで圧延して微細な凹凸を転写する。実験で用いるロール圧延機は自作した。圧延機は100mm 幅の板材を圧延でき、最大圧延荷重は80kN である。実験によりロール直径やロールギャップの凹凸転写への影響を調べてみた結果、圧下率(圧延前板厚-圧延後板厚/圧延前板厚)を8 ~ 10%以上とすれば、印刷された格子状パターンの線の幅、深さともほぼ100%の転写率になることがわかった。なお、被加工材が圧下率に応じて圧延方向に延びるため、あらかじめそれを見込んで印刷工具の寸法を決めることが肝要だと言う。

 また、ロールは直径の大きいものと小さいものの2 種類があり、小径ロールでの実験では板クラウン(圧延で板材の幅方向中央が厚く、端部が薄くなる凸状の板厚差)が生じた。長尺になるほど工具(PET フィルム)のしわの発生が懸念されるため、小径ロールでの圧延加工では板クラウンの抑制が必要になる。

 実験の結果として総体的に圧延加工ではロールギャップを小さくすることで明瞭に転写できる、ロール径の大きい方がたわみが少なく板厚と転写率の均一性が高くなる、工具の基材は薄い方が転写率が高く明瞭な外観にできることを明らかにした。なお、圧延方向に凹凸パターン(被加工材)が伸びる現象についての機構は調査が進められている。

 軟質工具を用いた微細凹凸の転写は、プレス加工、圧延加工のほか転造での活用も吉川准教授は提言する(3 工法とも特許取得済)。紙数の関係で転造には言及しないが、このユニークな転写技術の用途として建築用加飾材、点字シート、熱交換器などの流路部品、QR コード刻印などへの展開が可能だという。短時間、低コストに微細な凹凸を転写・加飾できる、活用の仕方によっては高い付加価値を生み出せそうな技術であり魅力的だ。ポテンシャルの高い技術だが、社会実装につなげるには多様な人たちの多くのアイデアが必要なようだ。ぜひ花開いてほしい。

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