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プレス技術 連載「モノづくり革新の旗手たち」

2026.03.31

“想い”を実現できる板金メーカーを目指し社員や取引先との関係性を育む―葵製作所

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㈱葵製作所 代表取締役
長谷川 薫氏

 大型筐体の溶接加工や精密板金加工を手がける葵製作所(東京都八王子市)。高度な溶接技術や設計の意図をていねいに汲み取る姿勢で顧客の信頼を獲得し、売上げ拡大を図ってきた。近年は経営理念の作成を通じて自社のあるべき姿を明確化。技術レベル向上の取組みや面談を通じた人材育成にも注力する。「働く人がいかに主体性をもって頑張れるか、そのための環境を整えるのが私の仕事」と語る長谷川薫社長に話を聞いた。
――事業概要を教えてください。

長谷川
 板厚3~4mm までを扱う精密板金加工と角パイプやアングル材、チャンネル材などを扱う大型筐体溶接加工を手がけています。手のひらサイズの製品から小部屋くらいある筐体まで、板金メーカーとしては守備範囲が広い方です。半導体製造向けの洗浄装置であれば、外側の大型筐体だけでなく、中にある部品や制御装置、測定機器類などの精密板金加工をトータルで提供できるので、お客さまにとって1 つの窓口で済むメリットがあります。材質は鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮に対応し、一品ものから小ロット品までの製造を得意としています。

――主要な顧客分野は?

長谷川
 1971 年の創業当初はテレビ局の放送機材のような大型筐体を主に手がけていたようです。半導体製造装置が多かった時期もありましたが、工場内のコンベヤや異常検査装置などの省力化機器も多いです。ただそのほかにも、入退室管理システムの筐体や特殊車両、輸出向けの音響機器などを手がけていて、取引先は250 社ほど。どれがメインということはほとんどありません。

――板金メーカーとしての強みは

長谷川
 図面に描き表しきれない設計者の意図を理解し、製品としてまとめ上げるのに長けていると思います。製品形状が複雑でスポット溶接の箇所が多いとひずんで精度が出にくいことがありますが、そうした場合もはめ合い構造の工夫や作業手順の調整で顧客の求める精度を達成します。現場作業者の経験がものを言う部分ですが、営業担当者の力も大きいですね。難しい仕事では顧客との打合せを綿密にしたり、最初から量産の注文を受けずに試作から始めたりと現場のことを考えて動いてくれています。「葵製作所さんに頼むとどんなものでもちゃんとやってくれる」とお客さまに言っていただけるのは、他社にはできなかった難しい仕事で結果を残せているからだと思います。
プレスブレーキは4 台保有。ほかにタレットパンチプレスやレーザ加工機も

プレスブレーキは4 台保有。ほかにタレットパンチプレスやレーザ加工機も

コロナ禍を機に始めた取組みで成果

――加工設備はどんなものを保有していますか。

長谷川
 タレットパンチプレスやレーザ加工機がありますが、そこまで新しい機械は使っていません。これも当社の特徴ですが、「人の力」を重視しているからです。特に溶接技術のレベルアップに力を入れていて、溶接を担当しない現場作業者にも溶接技能者の評価試験を挑戦意欲があれば受けさせています。事務系の社員や女性社員であっても、同様に同じ試験にチャレンジさせます。経験することで溶接について語れることが増えますし、本業の理解も深まる。溶接が本業の社員にとっても全体のレベルアップはいい刺激になります。
難易度の高い製品をつくれるのは「人の力」によるところが大きい

難易度の高い製品をつくれるのは「人の力」によるところが大きい

――社員教育では、全社横断の教育事業「技能向上プロジェクト」にも取り組まれています。

長谷川
 コロナ禍で仕事量が3 割減り、しかもその状況が2 ~ 3 年続きそうだったので、社員を休ませる代わりに何かできないかと考えたのがきっかけです。まずは社内環境を整えようと、板金技術を活かして社内の出荷棚や傘立てをつくりました。リモートワークが盛んだったので、デスク回りで使えるスマホスタンドやティッシュケースなんかもつくりましたね。

 当時、社内訓練活動に東京都の補助金を活用できたので、リーダーを講師として配置し、カリキュラムを組んで取り組みました。やっているうちに、意外と自分たちでデザインしてつくったりできるんだな、と気が付きました。その後、「東京ビジネスデザインアワード」に応募し、採択されたことでデザイナーとコラボレーションする経験をします。それが自社インテリア雑貨ブランド「zuga(ズガ)」の立上げにつながりました。金属の魅力を活かした花入れやドリンクホルダ、キャンドルスタンドなどを板金の技術を使って製作しています。
「技能向上プロジェクト」の一環として全社員が思い思いの作品を板金加工でつくった。写真は作品への意見交換会の様子(写真提供:葵製作所)

「技能向上プロジェクト」の一環として全社員が思い思いの作品を板金加工でつくった。写真は作品への意見交換会の様子(写真提供:葵製作所)

社員のつくった作品の一つ

社員のつくった作品の一つ

――自社ブランド立上げで何が変わりましたか。

長谷川
 2023年2月にMakuakeで発表しましたが、zuga製品自体がたくさん売れるということはありませんでした。ただ、この取組みを通じて従来は付き合いのなかったデザイン系のお客さまから声をかけていただけるようになりました。また、社員のモチベーションや技術レベルの向上にもつながっています。従来のBtoBでは顧客の求める仕様さえ満たせば、当社の価値基準でモノづくりをしても問題ありませんでした。ところがBtoCでは一般顧客のことを考えないといけません。「この価格で買ってくれるかどうか」を考え、付加価値をつけるために例えば当社ではやったことのないレベルの滑らかさ、傷のなさを達成しないといけない。これに対応することで社員の“引き出し”が増え、本業にもいい影響が出ています。

――社員の意識が変わった、と。

長谷川
 心が育っているのだと思います。技術には、つくる人の思想、哲学が反映される。つくる人の心を育てることが、技術力につながるのです。例えば、当社の現場リーダーは後輩に「どんな仕事だって楽しめるよ」と言ったりします。これも心の部分を教えようとしているのだと思います。創業者である父は「板金加工ほど楽しい仕事はない」と言っていましたが、それは自分の想いを仕事に込められるから。リーダーはそんな父の思想を受け継いで、後輩にも伝えようとしているのだと思います。
zuga のドリンクホルダ。ステンレスを磨き上げ、金属ならではの美しさを出した(意匠登録済み)

zuga のドリンクホルダ。ステンレスを磨き上げ、金属ならではの美しさを出した(意匠登録済み)

経営理念で進むべき道筋を明らかに

――改めて社長の経歴を教えてください。

長谷川
 私は大学を卒業後、化粧品メーカーに就職し、向いた仕事だったこともあって楽しく働いていました。葵製作所に入社したのは2001 年です。1990 年代後半から製造業を取り巻く環境が悪化する中、父と一緒に頑張っていた兄を助けるつもりでした。兄に習い新規の飛び込み営業をやりましたが、その兄が翌年退職。私はその後ストレスで病気になり緊急入院し、数カ月の休職を余儀なくされます。その間に父は私の弟に頼んで入社することとなったのですが、2010 年には弟も退職します。その年に私は常務になり、2013 年の副社長を経て2014 年に社長になりました。兄と弟は会社に残りませんでしたが、私との結婚を機に入社した今の主人も含めて子供世代が頑張った成果は大きく、業績は改善しました。

――社長になってまず取り組んだのは?

長谷川
 当社の社員は楽しく仕事をしていますが、仕事にどういう“想い”を込めるかの道筋を示すのは経営者の役目です。そのためにもこれまで当社になかった経営理念をつくりたいと思いました。東京中小企業家同友会が主催する「経営指針成文化セミナー」に参加して4 カ月をかけて自身や葵製作所のこれまでを振り返り、「想いを共につくり、絆を育む」という経営理念に落とし込みました。モノづくりは当社だけではできません。材料の仕入先や塗装・表面処理などの協力会社、そして顧客との関係性が非常に重要です。「仕事をください」ではなく「任せてもらえますか」、「仕事をあげます」ではなく「お願いします」と言えるような関係を目指したい。その想いを込めました。

――経営理念に対する社内の反応はどうでしたか。

長谷川
 経営理念は“経営者のための理念”だと思っているので、社員に唱和させるといった押付けはしていません。ただ、これまでとの違いに戸惑う社員もいたようで、経営理念を発表した2018 年に結果的に5 人が辞めてしまいました。一方で採用活動をしたところ6 人も入社してくれ、中には「経営理念がいいと思った」と言ってくれる人も。結果としてよかったと思っています。

――採用に苦労する会社は多いようです。

長谷川
 当社ではあまりありません。2023 年に20 代を2 名採用したので今は採用活動を行っていませんが、年に何回かは当社でどうしても働きたいので、履歴書だけでも見てほしいという問合せがあります。なぜだろうと思って若手社員に聞いてみると、ホームページを見て「若い社員が多くて働きやすそう」、「ホームページに書かれていることと、現実とのギャップが少なさそう」と感じるそうです。また、過去5 年間で離職者はゼロです。最近は採用一次面接を社員に任せていて、社長である私が面接するよりも応募者が気楽に話せ、より当社にマッチする人を採りやすくなっているのが離職防止に一役買っているのかもしれません。

――営業活動で力を入れていることは?

長谷川
 お客さまの想いを形にする提案型の仕事を増やそうとしています。お客さまからイメージを聞いて設計から当社で行う仕事です。人手不足により顧客側でも設計スタッフが不足しているのに対応します。また、zugaを始めたことで増えてきたデザイン系の仕事の獲得にも注力しています。現在、高級家具の土台のデザインを含めた製作の話が進んでいますし、イラストを描く金属製の土台の設計・製作ではすでに実績があります。もともと、設計やデザインができる人材はいなかったのですが、自社製品の開発や社内訓練事業の取組みの成果による設計人材の育成、さらには営業部内における設計人材の育成を進め、そして2 年前に入った営業担当の女性社員もが勉強して身につけてくれました。
自社ブランド「zuga(ズガ)」の製品群(写真提供:葵製作所)

自社ブランド「zuga(ズガ)」の製品群(写真提供:葵製作所)

――溶接以外のスキルアップも推進を?

長谷川
 ええ。社員一人ひとりに対し年4 回行っている面談で「会社としての期待」を伝え、本人に何ができるかを考えてもらいます。本人の希望が出てこない場合は、「これをやってみない?」と提案して、本人が乗り気になれば応援します。営業事務の女性社員の中にはインテリアコーディネーターやカラーコーディネーター、簿記の資格取得に挑戦してくれる人もいます。無理強いするのではなく、学びたい、成長したいという姿勢をサポートするのが当社の人材育成です。

――今後の目標は?

長谷川
 社員みんなの成長を評価して、賃上げという形でお返ししていく。まずはそこをしっかりやっていきたいですね。会社全体としては6 年後の2031 年に創業60 周年を迎えるので、現在約3億円の売上げを5 億円まで増やすのが目標です。設計を含めたより付加価値の高い仕事の受注を増やすことで収益性を高め、社員に還元していきます。
はせがわ かおる:1974 年5 月9 日生まれ。大学を卒業後、化粧品メーカーに就職。2001年葵製作所入社、13 年副社長、14 年代表取締役。趣味はゴルフ、茶道、車の運転。

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