中小企業の後継者不在が課題となる中、親族や従業員以外の「第三者」による事業承継が注目を集めている。建設機械向けタンク製造を主力とする三協プレス工業(千葉市緑区)もその一例。同社は2021年9月、後継者不在を理由に事業承継機構(東京都千代田区、略称:JSK)に事業を売却。JSKに選任されて後継社長を務める一柳安男氏の主導でさまざまな改革に取り組んでいる。ここまでの歩みと成果を一柳社長に語ってもらった。
――事業承継の経緯を教えてください。
一柳
三協プレス工業のオーナーで二代目社長だった花澤正克氏から事業承継機構(JSK)に相談があったのがきっかけです。花澤氏は当時70代で、経営のバトンタッチを望まれていましたが、親族や社内からは後継者を見つけることができませんでした。そこで、メインバンクである商工組合中央金庫(商工中金)に相談したところ、「JSKに相談してはどうか」と勧められ、最終的にJSKが三協プレス工業を100%買い取ることになりました。2021年9月のことです。
後継社長として地元に貢献
――三協プレス工業はJSKの傘下に入ったということですか。
一柳
そうです。JSKは後継者のいない中小企業を買い取り、さまざまな経営サポートを通じて次世代に残していくことをミッションに掲げており、現在約25社がその傘下にあります。経営サポートの一つの形が後継社長を大手企業出身者から選任して送り込む「社長の派遣」です。オーナー社長に2~3年残ってもらい、その間に副社長を派遣して引き継ぐケースもありますが、当社は直に社長を送り込んだケースとなります。私は23年6月に前職からJSKに移り、同年7月に三協プレス工業の社長に就任しました。
――社長を引き受けた理由は?
一柳
以前の職場である丸紅の鉄鋼部門や伊藤忠丸紅鉄鋼での経験を活かせると思ったからです。伊藤忠丸紅鉄鋼では海外現地法人の社長を務めましたが、中国法人の傘下に三協プレス工業と同じ建機向けのタンクを製造している会社があり、事業内容を想像しやすかったのも理由の一つです。また、私は生まれも育ちも千葉県で、いつかは地元に戻って社会人として貢献できたらと考えてきました。65歳のときに話をもらい、まさに“渡りに船”といった感じで躊躇なく引き受けました。
――社長になってまず取り組んだことは?
一柳
社員に向けた経営状況の開示です。係長クラス以上が全員参加する月に一度の朝礼で、前月の売上げや営業利益、純利益などを発表しています。以前は公開していなかったのですが、私が社長になって始めました。会社の状況を数字と併せて伝えることで、「前月はこれだけ忙しかったから営業利益が出たのか」、「これだけ儲かったからボーナスがこれくらい出たのか」とわかり、社員のモチベーションアップにつながっています。
――JSKの提供するサービス「経営シェアリング」も活用していると聞いています。
一柳
ええ。サービス料を支払って、総務経理担当者をJSKから派遣してもらい、手形発行や給与計算などを担当してもらっています。経理の知識をもつ人材を当社のような中小企業が自前で確保するのは難しいので、経営者としてはありがたいサービスです。そうした専門人材を確保できないことも、中小企業の事業継続を難しくしている一つの要因かもしれません。
タンクの一貫生産に強み
――改めて、御社の事業内容を教えてください。
一柳
建機に搭載されるオイルタンクや作動油タンク、ステー(手すり)、集塵機などを製造しています。1カ月の生産台数は多いときでタンクが約500台、ステーが約1,200台。ほかに木材破砕機や農業機械、燃料供給機器向けのタンク、空港用バルクカート向けの筐体、スキー場やビルメンテナンスに使われるゴンドラなども手がけています。年商は約12億円で、建機向けが売上げの8割を占める主力製品です。
主力製品である建機向けタンク。多いときで月に500台を製造する
――メーカーとしての強みは?
一柳
鉄板を購入するところから、切断、曲げ、機械加工、組立て、塗装までを自社で一貫生産できるのが強みです。レーザ切断機や油圧ベンダー、プレス機械のほか、CNC旋盤やフライス盤などの工作機械も保有しています。
また、18年頃から品質対策に力を入れており、25年2月には主要顧客である建機メーカーから「最優良企業賞」をいただきました。14~15社ある同社のサプライヤーのうち当社を含む2社だけが選ばれており、「他社に比べて不具合件数が圧倒的に少ない」、「納期を順守できている」ことが受賞理由でした。不具合件数は24年1~12月が7件、25年1~11月は4件で、このままいけば24年よりさらに減らせる見込みです(12月9日の取材時点)。これは工場長の主導の下、社員が懸命に努力してくれた結果です。
――品質については、御社の経営理念でも言及しています。
一柳
「金額で満足!製作で満足!品質で満足!」を掲げています。「金額で満足」とは、他社と比べて安いという意味ではなく、われわれの価値を正当な価格でお買い求めいただくことを指します。「製作で満足」とは、図面に対してきっちりしたものをつくるだけでなく、お客さまが思い描いていたものより一段高いものをつくること、「品質で満足」とは不具合を出さないこと。ごく当たり前のことばかりですが、できていない会社は意外と多い。これらを他社を凌駕するレベルで達成しようと社員みんなで頑張っています。
タンクの品質を左右する溶接工程。職人の技が求められる
人脈活かし新規顧客を開拓
――社長に就任して約2年半。手応えを感じている部分は?
一柳
社員のモチベーションはかなり高めたと思いますね。まず、ベアを2回実施しました。24年4月に3.5%、25年4月に5.3%で計8.8%。これは当社の規模ではかなり高い数字だと思います。ボーナスも夏冬合わせて2.3カ月分を出しています。私が社長になる前は1.5カ月分程度だったので50%以上のアップです。また、社員と会話する機会を意識して増やしました。1日3回、時間にして1時間は現場を回り外国人スタッフを含めて会話するようにしています。社員の受け止め方はわかりませんが、「社長が気にかけてくれている」と思ってくれていればよしと考えています。
――ベアを実施するには原資が必要です。収益拡大にも注力していますか。
一柳
はい。営業利益は23年3月期の7,900万円に対し、24年3月期は8,500万円、25年3月期は1億4,300万円となり、25年は23年比で1.8倍になりました。また、25年12月の時点で26年3月期は売上高12億円、営業利益1億5,500万円程度を見込んでいます。
――収益拡大のために取り組んでいることは?
一柳
顧客数を増やしています。丸紅時代のコネクションや21年間の海外駐在経験で培った人脈を活かし、建機メーカーや造船メーカーから新たな量産の仕事を受注しました。いずれも当社が得意とする中・小型のタンクの仕事です。当社は主要顧客2社が売上げの8割を占めており、2社の状況に経営が大きく左右されます。この状況から脱却するためにも新規顧客開拓が必要だと考えています。
――主要顧客2社で売上げの8割を占める状況は変えていく必要があると?
一柳
変えていく必要があります。できれば6割に抑えたい。しかも、現状の仕事を維持しつつ、比率を下げる必要があります。現在は主要顧客2社で9億円の売上げがあります。それを6割にするには、現在の年商12億円を15億円に増やさないといけません。
ただ、当社の主力であるタンクの価格は1台数十万円程度で、月に1,000万円を売り上げる顧客を見つけるのは至難の業。また、製品単価を高めるにはそれなりの投資が必要ですが、当社のように月商1億円の企業ができる設備投資は限られます。身の丈に見合った投資をして生産性を高め、当社の一番の強みであるタンク製造を拡大していくほかありません。
「頼りにされる会社」を目指す
――生産性向上のために考えていることは?
一柳
レーザ加工機とマシニングセンタ(MC)の新規導入を予定しています。レーザ加工機は6月にアマダのファイバーレーザ加工機を、CO2レーザ加工機からの入替えで導入します。同機は20段のパレットチェンジャー付きで夜間の無人運転にも対応でき、生産性が高まります。また、MCはヤマザキマザック製で2月に導入予定です。これらはいずれも外注している厚板切断や機械加工を内製化するのに役立ち、効率化が図れるだけでなく、外注費を減らし収益アップにもつながります。これらの取組みで、3年以内には年商15億円を達成したいと考えています。
最近導入したパイプベンダー。パイプ曲げの内製化でコスト削減、リードタイム短縮が可能になった
タンクを水没させて溶接漏れを見つけるための水槽。これを導入したことで、タンクの不具合が激減した
――課題はありますか。
一柳
若手人材の確保に苦労しています。工業高校に募集をしても人が来ない。町工場のイメージが「きつい、汚い、危険」で固まっているせいだと思いますが、当社の場合は休日数の少なさにも原因があると考えています。私が来たときの年間休日数は102日。土曜出勤が最低2回、多いときは3回あり、祝日はほとんど出勤している状況でした。これを社員の代表者と話し合いながら、社長就任後の2年半で改善していきました。
26年は年間休日数が116日になりますが、それでも大企業の125日、127日に比べるとまだまだ少ない。最近の若い人にとっては給与も大事ですが、どれだけ休めるかが最も重要です。そのために、新規設備の導入だけでなく、生産管理体制の見直しも含めて一層の効率化を図っていく必要があります。
――今後の目標は?
一柳
お客さまに頼りにされる会社を目指したいですね。「三協プレス工業に頼めば、品質の高い製品を納期どおりに納めてもらえる」という期待に応えたい。当社のつくる製品は、特別に難易度が高いわけではありませんが、職人の腕によって出来上がりが大きく左右されます。ですから、社員のモチベーションを高めることが不具合削減に直結するのです。社員一人ひとりがその力を最大限発揮できる環境を整えることで、会社としての成長を目指していきます。
いちやなぎやすお:1957年7月26日生まれ、68歳。80年、丸紅㈱入社。鉄鋼部門に所属し、国内外で金属関連ビジネスに携わる。2023年7月、三協プレス工業社長に就任。中・高・大学時代はバスケに熱中。今はジョギングやジム通いが日課。