icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」

2025.08.22

第5回 日本語教育機関認定法と「市井の日本語教育」

  • facebook
  • twitter
  • LINE

帝京大学 平田 好

ひらた よしみ:日本語教育センター センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年に帝京大学共通教育センター教授に就任し、2022 年から現職。修士(国際関係学。2000 年早稲田大学)。

日本語教師の国家資格ができた

 2025 年、いよいよ「登録日本語教員」という国家資格をもった日本語教師が誕生します。

 なぜこの国家資格が生まれたのでしょうか。

 理由は、日本の各地で在留外国人が増えているにも関わらず、日本語教育について、教育の質を確保するための仕組みがまだまだ不十分であったことです。そこで日本語教師の質も量も不足している現状を払拭すべく、2024 年4 月1 日、「日本語教育機関認定法」が施行されました。

 この法律の正式名称は「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」と言います。その主旨は、日本に住んでいる外国人が日本語話者である日本国民と円滑に社会生活を送れるような環境を作っていくために日本語教育の制度を整えようというものです。この法律のもとに、認定日本語教育機関制度ができ、さらにこの機関で実際に日本語教育を担当する「登録日本語教員」という国家資格者が生まれました。

 昨年10 月、登録日本語教員の登録に先立ち、認定日本語教育機関の審査結果が公表されました。初めての審査を通過したのは22 校。マスメディアの報道をご覧になって「少なすぎるのではないか? 法律ができたのに大丈夫?」と訝しく思われた方もいらしたと思います。

 2023 年末時点で、「留学」という在留資格を在学生に付与できる日本語学校(法務省告示校という)は全国に600 校以上あります。それにも関わらず、認定日本語教育機関になるべく申請した日本語学校はたいへん少なかったのです。

 なぜ、多くの日本語学校が手を挙げなかったのでしょうか。一つは、この法律には2029 年3 月31 日までの経過措置があり、多くの日本語学校が様子見したことが原因です。法律施行からの5年間、現行の法務省告示校もこれまでと同様に運営できるわけです。さらに、この移行期間中は、法務省告示校でも認定日本語教育機関でも日本語教員が必ずしも登録日本語教員でなくても問題とされません。

 もちろん、現職の日本語学校教員の多くは「登録日本語教員」として登録すべく、研修を受けたり、試験を受けたりしています。筆者のように大学で学部学生を対象に日本語教育を担当する教員は登録日本語教員になる必要はないのですが、多くの同僚が登録を目指しています。

学校教育ばかりが「日本語教育」ではない

 さて、技術雑誌の読者である皆さまの中には、「登録日本語教員」を目指している方はほぼいらっしゃらないと思います。

 とはいえ、実質的に日本語教育を経験されている方は、もしかすると多いのかもしれません。地域や職場にいる身近な外国人と日本語でコミュニケーションを取っているケースです。言語はそうした交流を通じてこそ多くを学べるとも言えます。

 しかし、日本語教育機関認定法では、そうした「街(市井)の日本語教育」については触れられていません。同法で定められているのは「学校(教室)の日本語教育」です。したがって、市井の日本語教育を含めたものを広義の日本語教育とするならば、学校の日本語教育は狭義の日本語教育と言えるかもしれません。

 街では、学校のように体系的で計画的な教育はされていません。また、教師と学生という関係ではなく、同僚・友だち・地域の隣人、あるいは路上で道を尋ねる(られる)といった通行人同士の関係です。このような場面でも、日本語を教えることができますし、学ぶことができます。アプリの画面を指しながら「ココ、イキマス?」と言う外国人に、「浅草に行きますか?この電車です。乗ってください」と身振りや手振りを交えて伝えるのも「日本語教育」ではないでしょうか。

市井の日本語教師よ、来たれ

 こうした市井の言語教育については筆者もちょっとした思い出があります。カナダのアルバータ州教育省で働いていたときのことです。街で出会った地元民(英語話者)から受けた「英語教育」が、何と見事であったことか。英語で話しかけられた内容について、筆者が理解しあぐねていると同じ意味の別の英語で言い換えてくれるのですが、そのときの「やさしい英語」への言い換えが絶妙なのです。英語を第一言語としていない者に、どのように話せば伝わるのか、多くの人が心得ていました。

 さすが移民国家です。カナダ以外の国・地域で生まれた人が人口の約4 分の1。カナダ国籍や永住権を持っていても英語を第一言語としない人も多く、多様な英語が存在しています。話し手と聞き手の双方が歩み寄りながら英語を使ってコミュニケーションをとる環境が心地良かったものです。

 すでに法律が施行され、制度が実際に運用されているなか、在留外国人とともに円滑な生活を送っていくためには、狭義の日本語教育のみならず、広義の日本語教育が草の根レベルでどれだけ普及していくかがカギになるのではないかと強く思っています。

 市井の日本語教師が、多様な在留外国人、多様な日本語を受け入れる存在として、今まで以上に増えていくことを切に願っています。

関連記事