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プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」

2026.03.24

第15回 日本語教師と通訳者の間で

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帝京大学 平田 好

ひらた よしみ:日本語教育センター センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年に帝京大学共通教育センター教授に就任し、2022 年から現職。修士(国際関係学。2000 年早稲田大学)。
 教室の扉を開けると、学生たちの明るいざわめきがふっと静まり、かわりに期待を含んだ空気が流れてきました。「この人から今日どんな話が聞けるのだろう」。そんなまなざしがゲストスピーカーに注がれていました。この日は、特別セミナー「国境を越えたノンネイティブ日本語教師─学習者から教師への道のり」の実施日でした。

 ゲストスピーカーとして招いたのは、国際交流基金メキシコ日本文化センター講師であり、自ら日本語学校の経営もしているロニー・ムニョス先生。私にとっては「先生」というよりも、2017年にメキシコで出会ったロニーさんです。

メキシコでの最初の出会い

 ロニーさんとの出会いは今から8 年ほど前、筆者がメキシコに駐在して、メキシコ各地や中米カリブ地域の日本語教師を対象とする研修などをしていたときのことでした。

「バヒオ地域のサラマンカという町の私立小学校に、国際交流基金の訪日長期日本語教師研修にも参加したことがあるコロンビア人がいる」という情報が、筆者の勤務先(国際交流基金メキシコ日本文化センター)にもたらされました。バヒオ地域とは、メキシコの中央高原に広がる、今日本の自動車メーカーが数多く進出している地域です。トヨタ、ホンダ、マツダ、日産などが工場を構え、日本企業のサプライヤーも多数集まっています。そのため日本語学習の需要も急増していることは認識していました。

 しかし、「小学生に日本語を?」、「なぜコロンビア人が?」、「自動車メーカーで通訳もしているらしい」、「どこの日本語学校所属だった?」など、次々と疑問が湧き起こる情報でもありました。その後サラマンカに出張し、ロニーさんと実際に会うことになったのですが、まさかそのロニーさんと大学の教室で学生を前にして一緒に話をする日が来るとは想像もしていませんでした。

「本当は日本語教師になりたかった」

 今回のセミナーで、ロニーさんはまず、自身のキャリアの始まりについて語ってくれました。

「コロンビアの大学で電子工学を学んでいたときに、日本のロボット工学の先進性に惹かれて、いつか日本で働いてみたいと思いました。そして先生に相談したら日本語を学ぶことを勧められたのです。その後、偶然が重なって、自分が学んだ日本語学校で教師になりました。本当は日本語の先生を続けたかったのですが、経済的な事情もあってメキシコで通訳者として働く道を選びました」

 その語りはおだやかでしたが、その裏には悩みや葛藤があったことを筆者は2017 年の出会い以来なんとなく知っていました。日系企業の通訳者として多くの部門を担当し、製造現場の緊張感、文化の衝突、認識のずれも目の当たりにしてきたそうです。

 日本人マネジャーが話す日本語を現場のメキシコ人スタッフにスペイン語で伝え、一方でメキシコ人スタッフの言葉を日本語にしても、日本人マネジャーが納得しないことは多々あったようです。もちろん内容は正確に通訳するものの、メキシコ人スタッフが「申し訳ありませんでした」と言っていると伝えるだけで、「わかった。しょうがないな」と日本人が納得する場面もあったとも聞きました。こうした文化の行き違いが、通訳者としてのロニーさんを悩ませる一方で、教師としての力も育てていくことになります。

通訳の苦労が活きる

 今回、最も印象的だったのは、ロニーさんが「通訳者としての失敗談」をあえてポジティブに語っていたことです。

「通訳者としてうまくいかなかった経験ほど、教師として授業で役に立つのです」

 文化間のずれは、教科書に書かれた知識や練習だけでは絶対に見えてこない部分です。異文化の現場の中で起こる衝突と向き合ってきたロニーさんだからこそ、学習者に「こういう場面で、日本語はこう聞こえる、こう使われる」というリアルな感覚を伝えることができます。文化の違いを尊重しながら理解をつなぐ力の大切さ、相手にわかりやすく伝える工夫が必要であることを、通訳者としての経験から語ってくれました。

 同時に、「文化に関するステレオタイプを学習者にもたせないようにする」ことも強調していました。例えば、「メキシコの学生は大変よく話す。間違えても気にせず話し続ける。でも、日本語には“行間”があることを知ってほしい」と言う日本人がいますが、メキシコにも静かな学生はいますし、スペイン語にも“行間”があります。メキシコ人学習者が「日本は静かな国です」と言うときがありますが、日本でもたいへんにぎやかな場面は多くあります。

 さて、今回のセミナーで、学生たちは日本語学習者から教師へのキャリア形成についても学びました。通訳者としての仕事に転じてメキシコに引っ越してきたロニーさんは会社勤務のかたわら、しばらくはお子さんが通う小学校で日本語を教えていました。その後、小さな日本語学校を設立し、通訳者と日本語教師、両方の仕事を続けてきたのですが、今年から日本語教師専業になりました。

 自身が経営する日本語学校は、コロナ禍で対面授業ができなくなり、もっぱらオンライン授業になりました。その結果、サラマンカという小さな町を越えて、メキシコ国内のみならず中米・南米に広がるスペイン語圏の各地から生徒が参加することになり、経営が安定してきたことも専業化の理由の一つです。

 セミナー後のアンケートをみると、多くの留学生が「日本語の勉強を一生懸命に努力して続けてきたこと」、「スピーチコンテストに何度も挑戦し、最後には優勝した話」にも感銘を受けている様子でした。学ぶ楽しさと達成感のもとに日本語運用力を高めてきたロニーさんの語りが、学生の心にまっすぐ届いたことが感じられました。

キャリアは直線ではない

 今回のセミナーを通して改めて筆者が強く感じたのは、キャリアは直線ではなく、曲線としてつながっていくということです。ロニーさんは望んだ道へすぐには進めませんでしたが、通訳者としての実績が結果として教師としての強さにつながりました。そして、その積み重ねが今、学習者を励まし、新しい日本語教育の視点を生み出しています。

 そして、“学んだから教える”のではなく、“学び続けているからこそ教えられる”人なのだということを改めて感じました。2017 年にメキシコで出会い、「この人はきっと日本語教育の世界で大きな役割を果たすだろう」と感じた直感は、こうして今、日本の大学生たちにまで広がっています。曲がりくねった道を歩いたからこそ見える景色があります。その景色を学生たちと共有できた今回のセミナーは、筆者にとっても忘れられない時間となりました。
(イラスト:奥崎たびと)

(イラスト:奥崎たびと)

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