機械設計 連載「機械設計者のための金属材料の基礎と不具合調査の進め方」
2025.09.02
イオン化傾向
各元素のイオンになりやすさは,元素によって異なる。イオン化傾向とは金属が電子を放出してイオンになりやすい順序を並べたものである。これを図2 に示す1)。特徴として,イオン化傾向の大きい金属は「卑な金属」と呼ばれ腐食しやすく,イオン化傾向の小さい金属は「貴な金属」と呼ばれ腐食されにくい。
ここで,イオン化傾向の異なる卑な金属A,貴な金属Bを接触させて,希硫酸などの電解質に浸した場合,卑な金属Aが溶出してイオン化する。しかし,Aよりもさらに卑な金属CとAを接触させて電解質に浸すと,より卑な金属Cがイオン化して溶出する。このようにイオン化傾向は相対的な金属の溶出しやすさを読み取ることができる。また,イオン化傾向は個々の金属の順位だけでなく,水や酸に対する反応などから,ある程度のグループに分けて表現することもある。
このイオン化傾向を数字で表現したものの一つに標準電極電位がある。イオン化傾向はこの標準電極電位の値を並べたものでもある。腐食などの電気化学における反応の要因として金属の電位差がある。電位差の大きい金属が接触すると,腐食反応が速くなる。標準電極電位の大きい金属は「貴な金属」であり,標準電極電位の小さい金属は「卑な金属」となる。イオン化傾向や標準電極電位は材料が有する固有の特性である。しかし腐食反応はこのような標準電極電位だけでなく,表面状態や環境によっても大きく影響されるため,すべての腐食反応が標準電極電位通りに起こるわけではない。
表面酸化膜の特性
金属表面をどれだけ鏡面仕上げに研磨してもナノレベルの薄くて透明な酸化膜が生成する。腐食の観点から酸化膜の性質を大きく2 種類に分類できる。1 種類目は,一度酸化膜ができるとそれ自体が防護壁となって腐食が進行しないタイプ。これはステンレス鋼やアルミニウムなどである。2種類目は,酸化膜に防護作用がなく,腐食が進行するタイプ。これは炭素鋼などである。
腐食を防ぐ酸化膜として不働態皮膜があり,酸化膜の1 種類である。不働態皮膜の特徴の一つとして,酸化膜の厚さがナノレベルの非常に薄い膜であることがあげられる。そのため,不働態皮膜は容易に生成され,たとえ傷ついても周囲の酸素によって再び不働態皮膜が出来上がる。ステンレス鋼などは日常的な環境であれば,特別な防錆処理をしなくても,その表面は腐食されずに金属光沢を保つ。なお化学的には,不働態皮膜は完全に腐食が進行しない膜ではなく,腐食速度が極めて遅い状態と言える。
また,不働態皮膜ではなくても,ある程度の厚さの腐食生成物が膜となり腐食の防壁となることもある。その例として銅があげられる。銅の表面には酸化皮膜ができるが,不働態皮膜の厚さと異なり,マイクロレベルの厚さの酸化膜ができる。銅の腐食生成物として緑青があり,神社やお城の屋根の緑青は有名である。この緑青も腐食生成物なので,傷ついても周囲の酸素によって修復するが,不働態皮膜よりもその厚さが厚いため,修復には時間がかかる。
金属自体の標準電極電位やイオン化傾向と表面酸化膜を考慮すると,腐食に対する金属の反応は大きく4 種類に分類できる。1 つ目は金や白金のように金属自体がほとんど腐食されないタイプ。2 つ目はステンレス鋼やアルミニウムのように不働態皮膜で保護されるタイプ。3 つ目は銅のように腐食生成物によって保護されるタイプ。4 つ目は炭素鋼のように腐食が常に進行するタイプである。しかし,この分類も水,温度,pH,塩化物イオンなどの環境によってさまざまに変化する。例えば,ステンレス鋼などの不働態皮膜を生成する金属は塩化物イオンが存在すると局部腐食が発生しやすくなり,炭素鋼はコンクリートなどのアルカリ環境では不働態皮膜を形成して腐食されにくくなる。
腐食形態の分類
腐食は水や温度などの環境や,腐食の形態などによっていくつかに分類できる。これを図3 に示す1),2)。主に水が関係する湿食と,関係しない高温などで発生する乾食に分かれる。一般的に腐食というと湿食を表すことがほとんどである。湿食は水と金属表面で起こる電子やイオンなどのやりとりが行われる電気化学的反応である。腐食反応に関係する要因として,金属側は金属表面の汚れや不純物,酸化膜の状態などがある。水側で関係するのは溶存酸素量やpH,塩化物イオンの濃度などがある。乾食は水が関与しない高温などで発生するため,金属表面で直接酸素と反応して金属酸化物を生成する。または反応性の気体と反応することもある。これらは例えばプラントなど一般的な環境ではないため,目にする機会は少ない。
湿食は,金属表面が全体的に腐食される全面腐食と,一部だけが選択的に腐食される局部腐食に分かれる。腐食反応が起こるときには表面全体が一気に腐食されるのではなく,不純物が多い場所などが優先的に腐食されていく。こうした場所を局部アノードや局部カソードと呼ぶ。全面腐食の場合,この局部アノードと局部カソードが時間の経過とともに場所を変える。その結果,長い期間で見ると表面全体が腐食される全面腐食となる。しかし,局部腐食の場合はこの局部アノードと局部カソードの位置が変わらず,同じ場所で腐食反応つまり金属イオンの溶出が起こる。局部腐食は腐食の発生場所や損傷の経過時間がわかりづらく,割れなどの大きな事故につながる危険性もある。
全面腐食
全面腐食は長期的に捉えると金属表面が全体的に腐食されていく。一般的な鉄鋼材料は全面腐食を起こす。身近なところでは建物や橋などで見られる。通常の大気環境でゆっくりとした速度で腐食が進むため,板厚減少量や重量変化を予測しやすい。全面腐食に対して板厚の補修などが計画的に行われる。腐食速度として「mg/cm2・day」,または浸食速度として「mm/year」という単位で表現する1)。