機械設計 連載「機械設計者のための金属材料の基礎と不具合調査の進め方」
2025.09.29
第4回 鉄鋼材料とアルミニウムの特徴
福﨑技術士事務所 福﨑昌宏
ふくざき まさひろ:代表。2005 年,千葉工業大学大学院金属工学専攻修了。同年電子機器向けの金属加工メーカーに入社。研究・生産技術部門で材料開発や引抜き加工技術開発に従事。2013 年に建設機械メーカーに転職。研究・生産技術部門で歯車などの機械部品の材料開発,材料分析評価に従事。2017 年に技術士(金属部門)取得。2019 年4 月に福﨑技術士事務所を開業。
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https://www.fukuzaki-gijutsushi.com/
鉄鋼材料の基礎
鉄鋼材料は身近な金属材料として最も一般的で,日本での年間生産量は約1 億t になる1)。鉄は安価で量も豊富なため,強度を支える構造材料として建築物,自動車,橋梁など,さまざまな製品に使用されている。
鉄の特徴の一つとして強度の幅が非常に広いことがあげられる。鉄は炭素量によって強度が大きく変化する。炭素量を減らした鋼板は,強度は低いが加工性に優れ,プレス用鋼板として使用されている。炭素量を増やすことで強度が増し,金型や機械部品,工具などの材料に使用される。そして最も大きな特徴である熱処理の焼入れをすることによって,非常に硬い組織を形成する。鉄はこのようにさまざまな強度を有するため,鉄製品の適応範囲も非常に広範囲にわたる。
鉄―炭素系状態図
鉄の特徴として温度によって結晶構造が変化する性質がある。912℃以下の温度では体心立方格子。このときの鉄をフェライト(αFe)と呼ぶ。912℃から1394℃までは面心立方格子。このときの鉄をオーステナイト(γFe)と呼ぶ。1394℃から融点の1538℃までは再び体心立方格子(δFe)になる。
鉄鋼材料を扱うときに最も重要な元素は炭素である。鉄は炭素(コークス)によって還元されるので,鉄の中に炭素が入り込む。そして鉄の中の炭素量によって強度や硬さなどの性質が大きく変化する。そのため鉄と炭素の関係性を扱うために鉄―炭素系状態図が重要になる。鉄―炭素系状態図を図1 に示す2)。状態図に描かれるのは実用的に重要な,鉄と6.69%炭素のFe3C(セメンタイト)との状態図になる。これは図1 では破線で表わされている。なお,実線は炭素(グラファイト)を表わしている。鉄―炭素系状態図は包晶反応,共晶反応,共析反応を含む複雑な状態図である。
また鉄の分類として,炭素量2%以下(オーステナイトの最大炭素固溶量以下)の鉄を「鉄鋼」,炭素量2%以上の鉄を「鋳鉄」と呼んで区別している。鉄鋼は炭素量によって強度などの特性が変化し,焼入れによって大きく強度が増加する。鋳鉄は主に鋳物に使用される。
鉄―炭素系状態図において特に重要なのは,オーステナイトからフェライトとセメンタイトに変態する共析反応(A1変態とも呼ばれる)である。ほかにオーステナイトからフェライトが析出するA3線,オーステナイトからセメンタイトが析出するAcm 線もよく使用される。鉄鋼の中でも共析組成の炭素量0.76%を共析鋼,0.76%以下の炭素量の鉄鋼を亜共析鋼,0.76%以上の炭素量の鉄鋼を過共析鋼と呼ぶ。
共析鋼をオーステナイト温度からA1 以下の温度に下げるとフェライトとセメンタイトの共析反応が起こる。この共析反応したときの金属組織には,フェライトとセメンタイトが層状に並んだ組織が現れる。これは肉眼では真珠(パール)のように見えたことからパーライトと呼ばれる。なお亜共析鋼ではフェライトとパーライトの混合組織,過共析鋼ではセメンタイトとパーライトの混合組織が見られる。
鉄の組織と強度の関係について見てみると,純鉄はフェライト単相組織である。純鉄に炭素を添加していくと,フェライト単相からパーライト組織の量が増えていく。それに伴って強度も増加する。共析鋼になるとパーライトだけの組織となる。さらに炭素を添加すると過共析鋼になり,パーライトとセメンタイトの組織になる。過共析鋼は強度も高いが,耐摩耗性なども向上している。これだけでも鉄の強度は幅広くあるが,焼入れ(マルテンサイト変態)することによってさらに大きく強度を向上させることができる。
マルテンサイト変態
マルテンサイト変態とは,鋼をオーステナイト温度まで加熱した状態から急冷(焼入れ)することによって非常に微細で硬い組織にすることである。マルテンサイト変態を起こすにはいくつか条件がある。まず,鋼をオーステナイト相にする必要があるため,炭素量2%以下に限られる。また,炭素量が少なくなるほどマルテンサイト変態を起こしづらくなる。次に急冷してマルテンサイト変態を起こすが,このときの冷却速度が遅いとマルテンサイト変態が起きない。マルテンサイト変態のしやすさを「焼入れ性」として表す。マルテンサイト変態することを「焼が入る」と表すこともある。
焼入れ性の良い鋼ほど,冷却速度を遅くしてもマルテンサイト変態が起きる。そして鋼の形状が大きくなるほど,焼入れしたときに内部が冷却されにくくなる。そのため,焼入れして表面は硬いマルテンサイトになっても,内部は焼入れされていないパーライト組織となることがある。形状やサイズによって焼入れしやすさが変化することを質量効果と言う。
マルテンサイト変態によって鋼が硬くなる理由は主に炭素の影響である。例えば炭素量が0.76%の共析鋼について見ていく。高温のオーステナイト相ではこの炭素量はすべて固溶しているが,低温のフェライト相では炭素の最大固溶量はわずか0.02%程度である。オーステナイトからフェライトにゆっくり冷却すると,固溶できない炭素の大部分は共析反応でパーライト(フェライトとセメンタイト)になる。この共析反応は時間をかけて炭素の移動(拡散)が行われる。このときに急冷すると,炭素は拡散できずにフェライト相に強制的に取り込まれる。これがマルテンサイト組織になる。
マルテンサイトが硬くなる機構は,1 つ目はもともとのフェライトの固溶量以上に炭素が侵入してしまうため,固溶強化が起きる。2 つ目は大量の炭素が格子に存在することで多量の転位が導入され,転位強化が起きる。3 つ目はマルテンサイト組織はオーステナイト相よりも細かく微細になるため,結晶粒微細化による強化も起きる。このように多くの強化機構が作用してマルテンサイトは硬くなる3)。
また,マルテンサイトの硬さは主に炭素量によってのみ決まり,およそ0.7%の共析鋼付近で最大硬さとなり,その後は炭素量を増やしても硬さにはあまり影響せず耐摩耗性などの向上につながる。鉄鋼材料には炭素鋼のほかにも合金鋼があるが,その中には高強度化の目的ではなく,焼入れ性向上のために添加する元素もたくさんある。
TTT曲線とCCT曲線
鋼のマルテンサイト変態を時間と温度に対して定量的に表したものがある。鋼のオーステナイトからマルテンサイトへの変態に対して,急冷して温度を保持したときのグラフを表したのがTTT曲線(Time Temperature Transformation curve;等温(恒温)変態曲線)である。一方,オーステナイト温度から冷却速度を表示して,マルテンサイト変態を起こすのに必要な冷却速度を表したのがCCT 曲線(Continuous Cooling Transformationcurve;連続冷却変態曲線)である。TTT曲線を図2 に,CCT曲線を図3に示す4)。
これらグラフで特に重要なのはMs線(マルテンサイト開始温度),Mf 線(マルテンサイト終了温度),ノーズ(マルテンサイト変態が起きる前にパーライトまたはベイナイトが起こる温度)である。冷却速度が早ければ,ノーズを通らずにマルテンサイトが起きる。しかし,冷却速度が遅ければ先にパーライトやベイナイトが現れる。
鋼の焼入れ性に関して合金元素の影響がある。焼入れ性を良くする元素と焼入れ性を悪くする元素(Co,Zr,Tiなど)がある。また焼入れ性を良くする元素の中でも,炭化物を形成することによって焼入れ性を良くする元素(Cr,Mo,Mnなど)と,炭化物は形成しないが,オーステナイト相を安定させて焼入れ性を良くする元素(Ni,Cu,Alなど)に分類できる。
炭化物を形成する元素を添加すると,TTT曲線のパーライト線が右側(長時間側)に移動するため,パーライトのノーズとベイナイトのノーズという2 種類のノーズが現れることがある。オーステナイト相を安定させる元素を添加すると,TTT曲線が全体的に右側(長時間側)に移動する。鋼の焼入れ性は重要な要因のため,さまざまな鋼種のTTT曲線やCCT曲線はデータ化されている。
低温脆性
鋼は室温程度の温度では応力が負荷されると伸びを伴う破壊が起きるが,低温になると伸びずに脆性的に破壊が起きるようになる。これを鋼の低温脆性と呼ぶ。「低温」の具体的な値は鋼の成分や結晶粒径,不純物介在物などによって変化する。およそ0℃以下の氷点下の温度で鋼を使用するときは低温脆性に注意が必要である。
鋼が延性破壊から脆性破壊へと変化するときの温度を延性脆性遷移温度と呼び,シャルピー衝撃試験の吸収エネルギーなどで評価される。低温脆性は結晶粒径を細かくすること,硫黄やリンなどの不純物介在物を低下させること,炭素や窒素を低下させること,またはAlやTiを添加して炭素や窒素を炭化物や窒化物にすることなどが対策としてあげられる3)。
焼なまし脆性
鋼の焼なまし脆性は温度域によっていくつかの種類がある。約200~300℃の青熱脆性(低温焼なまし脆性),約400~600℃の高温焼なまし脆性,約900℃以上の赤熱脆性である3),4)。
青熱脆性の原因は炭素や窒素が転位に固着するコットレル効果とされている。塑性加工を行い,200~300℃にしばらく時間をおくと,塑性加工によって導入された転位の周りに炭素や窒素が集まり,転位に固着するようになる(コットレル効果)。このときに加工を行うと割れやすくなる現象である。
高温焼なまし脆性はリンや硫黄などの不純物介在物が粒界に偏析するために起きる現象である。これは炭素鋼には起きずに,Cr,Ni,Mnなどを添加した合金鋼で起こる。また,一度これら不純物介在物が析出しても,ほかの温度で熱処理してこの温度域から急冷することで防止できる。
赤熱脆性は,硫黄が融点の低い硫化鉄となって粒界に析出することによって起こる。低融点の硫化鉄が粒界に現れると加工時に起点となって割れる。そのためMn を添加して融点の高い硫化マンガンとすることが対策になる。