機械設計 連載「事例から見る摩擦・摩耗の基礎とトラブル解決手法」
2025.07.08
あんどう かつみ: 所長、博士(工学)、技術士(機械、金属、総合技術監理)。1977 年東北大学大学院工学研究科修了、新日本製鐵入社(現日本製鉄)。釜石製鐵所、君津製鐵所、技術開発本部(富津)にて、製鉄設備エンジニアリング、設備長寿命化などの研究開発に従事。2000 年から日鐵テクノリサーチ(現日鉄テクノロジー)にて、材料・トライボロジー、腐食防食技術の試験・分析・評価、研究支援、コンサルティングに従事。2016年安藤技術士事務所開設、技術コンサルタントとして活動中。
トライボロジーとは
摩擦、摩耗、潤滑にかかわる学問をトライボロジーと呼ぶ。トライボロジー(Tribology)とは「相対運動を行いながら相互作用を及ぼしあう表面およびそれに関する実際問題の科学と技術」と定義され、1966年H. P. Jostにより提唱された、ギリシャ語のTribos[ 摩擦する]にTechnology[技術]を組み合わせた造語である。性能劣化、損傷、寿命の原因は、接触面の摩擦摩耗が75%とされており、省資源、省エネ、地球温暖化問題などを課題としている。
図1 にトライボロジーのイメージ図を示す。表面同士が接触し、相対運動すると、摩擦が生じ、摩擦の結果、摩耗が生じる。潤滑は、摩擦と摩耗を支え、基盤技術として材料技術(材料を利用する技術)と表面技術(表面に機能を付加する技術)がある。摩擦と摩耗は独立の現象であること、摩耗は低減することが課題であるが、摩擦は低減するだけでなく、高摩擦となるように制御することも主要な課題である。トライボロジーを体系的に理解するためには、図1 に示す範囲を網羅した良書1) が出版されているので、参照いただきたい。本連載では、筆者の経験から、実務上見落としがちな基礎的事項に関する留意点と、設備長寿命化、材料・トライボロジー開発などの事例から学んだ課題解決手法を述べる。
トライボロジーの歴史は古く、古代エジプトの壁画に描かれている石像などの重量物の運搬から始まり、15世紀にはレオナルド・ダ・ビンチによる摩擦経験則も提唱されている2) 。ヘルツの弾性接触理論(1881)、レイノルズの流体潤滑理論(1886)、バウデンとテイバーの摩擦凝着説(1950)などが提唱され、学問として確立されるのは産業革命以降である。
表面と接触
金属表面には、加工変質層、酸化膜や吸着分子層、汚れの膜などがあり、大気中で摩擦試験を行う場合は、初期表面を脱脂清浄しても、酸化膜などは存在しているので、表面状態については留意する必要がある。
図2 に凹凸表面の接触状況の模式図を示す。実際に接触している面の総和を真実接触面積と呼ぶ。見かけの接触面積に比べ、真実接触面積はかなり小さい。トライボロジーでは見かけの接触面積より真実接触面積が重要である。真実接触面積は、A r =ΣA ri =Σ(Wi /p mi )=W /p m ~W /H 、で求められる。ここに、W :荷重、p m :塑性流動圧力、p m ≒H (押込み硬さ、一般にビッカース硬さHV)である。塑性流動圧力を測定するのは困難であるので、押込み硬さ(HV、単位はつけないが、定義からkgf/mm2 =9.8 N/mm2 )は材料の降伏応力の3倍に等しいと近似することにより、真実接触面積を求めることができる。硬さ換算表(SAE J417、鉄鋼材料)におけるビッカース硬さHVと引張強さ(近似値)の値から、この関係はほぼ成り立つことがわかる。
図2 見かけの接触面積と真実接触面積(斜線部の総和)
例として、硬さHV=200(kgf/mm2 )≒2000(N/mm2 )の見かけの接触面積100 mm2 の粗面同士に、荷重W=1000 Nが加わるときのおおよその真実接触面積を求めると、Ar=1000/2000=0.5(mm2 )となり、見かけの接触面積の1/200と小さい。
表面性状(Surface texture)
表面性状に関するJIS 規格は、JIS B0601:2001(最新は2013、ISO4287:1997)「製品の幾何特性仕様(GPS)―表面性状:輪郭曲線方式―用語,定義及び表面性状パラメータ」である。2001 年にISO化され、触針式表面粗さ計による多数の2次元(高さ方向―横方向)パラメータが定義されている。代表的な表面粗さパラメータは、算術平均粗さRa、最大高さ粗さRzである。以前のJIS規格(1982年と1994年に大改正)とは定義が異なるパラメータがあるので、準拠規格の確認は必要である。測定条件(基準長さ、評価長さなど)によりパラメータの値が変わるため、旧JIS では係争になることもあったが、JIS B0633:2001(ISO4288:1996)により、粗さパラメータの測定条件が定義され、例えば、算術平均粗さは0.1<Ra≦2 μmでは、基準長さ0.8 mm、評価長さは5 倍の4 mmであることが定められ、測定値の合格基準には16%ルール(規格値を超える基準長数が16%以下であれば合格)が適用されるなど、測定値の信頼性は高い。
最近では、視覚的に理解しやすく情報量の多い3 次元表面性状が広く用いられるようになってきている。JIS 規格(ISO25178と同等)として、JIS B0681-2:「用語,定義及び表面性状パラメータ」、JIS B 0681-3:「仕様オペレータ」、JIS B 0681-6:「表面性状の測定方法の分類」、が発行されている。3次元表面性状パラメータは、2次元(輪郭曲線)の定義(Ra、Rzなど)を、3次元(輪郭曲面)に拡張(Sa、Szなど)したものが多いが、新規のパラメータも含まれる。3 次元表面性状の測定方法は、JISB0681-6 に分類されており、市販されているほぼすべての機種が含まれている。触針式表面粗さ計を基準とした2 次元表面性状と異なり、標準測定条件(基準領域、評価領域)は決められていないので、測定条件は明示する必要がある。
図3 に、筆者が自製した3 次元表面性状測定機により測定した、粗面ロール(クロムめっき、Ra=3.3 μm)の3 次元表面形状の鳥瞰図とSEM画像を示す3) 。2 次元、3 次元にかかわらず、注意しなければいけない点は、測定された表面性状(2 次元では輪郭曲線、3次元では輪郭曲面)は、高さ方向が横方向より拡大して表示するため、実際の表面とは異なり、鋭い突起の多い表面と錯覚する場合が多いことである。
図3 粗面ロール(Ra=3.3 μm)の3 次元表面形状の鳥瞰図とSEM画像
突起の頂角は、一般的な実用面では120~150°(傾き15~30°)である。図3の例では、粗面(Ra=3.3 μm)の3 次元表面形状図は、横方向は0.5×0.5 mmに対し、高さ方向は±50 μmで、鋭い突起が並んでいるように見えるが、SEM観察による実表面は、球状の凸部が並んでいる。図4 に、高さ方向と横方向を同倍率で示した、平滑鋼板(試験後Ra=0.5 μm)と粗面ロール(Ra=3.3 μm)の接触解析例を示す3)。粗面でも突起状の凸部はほとんどなく、実接触点はわずかであることがわかる。
図4 平滑鋼板(試験後Ra=0.5 μm)と粗面ロール(Ra=3.3 μm)の接触解析例
固体の接触
ヘルツの接触理論は、接触領域が固体の表面に比べ十分小さいときの接触、接触する前の表面は摩擦のない滑らかな2 次曲面、固体は等方性弾性体、荷重は接触領域に垂直に作用、という条件で成立する。円筒/平面、円筒/円筒、球/平面、球/球の場合は、ハンドブックなどの計算式4) 、解析ソフトを用いて、接触幅、接触圧力、弾性接近量を求めることができる。ヘルツの接触理論とFEMによる計算結果はかなりよく一致することは確かめられている5) 。
摩擦摩耗試験では、初期条件として、最大接触圧力を実機相当に設定する場合が多い。図5 に示す、球と平面の摩擦試験はバウデン試験と呼ばれ、図2 における1 個の真実接触点を模擬した基本的な試験形式である。直径10 mmの鋼球と鋼板の最大接触圧力(ヘルツ圧力)は、鋼の弾性率206 MPa、ポアソン比0.3 とすると、荷重9.8 N で990 MPaと計算され、小型の試験機でも高い接触圧力を模擬できることがわかる。
図5 球と平面の摩擦試験(一方向すべり、W:荷重、F:摩擦力)
参考文献
1 )例えば、山本雄二、兼田禎宏:トライボロジー第2 版、オーム社(2010)
2 )D・ダウソン:トライボロジーの歴史、工業調査会(1997)
3 )安藤克己:東北大学学位論文(1999)
4 )例えば、日本トライボロジー学会編:トライボロジーハンドブック、養賢堂(2001)、p.14
5 )沢俊行:日経ものづくり、2006.11(2006)、p.171