よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者に自社製品やサービスを対外的に説明させたい」ときは、「説明資料を企画書に基づいて作成させ、ほかの社員がその資料を用いて説明する場に同席し、議事録を作成させる」ことに取り組ませる。
技術者の最も重要な役割は、技術的な発見や進展、もしくは課題解決に向けた技術的な提案とその実行にある。相応数の従業員をかかえる製造業企業であれば役割分担をさせ、この取組みに技術者を注力させることができるかもしれない。しかしながら、多くの中小企業においては、技術者に+αの役割を期待するだろう。その一つが“市場ニーズの把握”だ。シーズ提案が売上げなどの実成果に結びつくのに時間がかかる一方、ニーズ出発であればある程度の顧客応答の見込みが立てやすいという意味で当然ともいえる。
この市場ニーズの把握にはいくつかの方法がある。調査会社に市場調査を依頼するのが一例だ。調査会社は市場規模をはじめとした数値変動などのデータ収集とその分析は得意であり、マクロ的な視点でのデータ取得という意味だとメリットが多いと考える。一方で市場ニーズの多様化が進む今、ミクロ的な視点に立った“顧客ニーズ”の把握はさらに重要だ。このミクロ的な視点に立った顧客ニーズ調査として有効なものの一つが“技術情報発信型マーケティング”だ。そして技術情報発信型マーケティングで、技術者が活躍するために求められる実活動の一つが、“自社製品やサービスを対外的に説明する”ことにある。
今回は技術情報発信型マーケティングを念頭に、若手技術者に自社製品やサービスを対外的に説明させる取組みについて、リーダーや管理職が理解すべき点について述べる。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者に自社製品やサービスを対外的に説明させたい」とリーダーや管理職が考えた場合、「自社製品/サービスの説明資料を企画書に基づいて作成させ、ほかの社員がその資料を用いて説明する場に同席し、議事録を作成させる」ことを、若手技術者に取り組ませてほしい。
技術者は営業職に寄せるのではなく、営業職と異なる軸で顧客ニーズの把握に取り組むべき
営業職の方々にとって、顧客との会話を繰り返しながら顧客ニーズを把握することは“定常業務”の一つにすぎない。その一方で、技術者は顧客とコミュニケーションを取りながら相手の懐に飛び込み、ニーズを把握することはあまり得意ではないのが一般的である。技術者がこのような活動を不得意であることを批判し、営業職と同様のことができるようになるべきだという論調も散見されるが、合理的な考え方とはいえないと筆者は考える。中小企業であったとしても、技術者は最優先である“技術者の普遍的スキル”を軸とした、あくまで職種固有のスキル向上に注力し、技術者としての基礎力を徹底的に高めるべきだ。これが結果として企業価値の向上という、より大局的な視点で重要な成果につながる。
しかしながら、さまざまな変化が大きく、また早い現代において、顧客ニーズを無視して目の前の技術的業務“だけ”を行えばいいというのも難しくなっていることだろう。ここで必要なのは“技術者は営業職と異なる軸”で取り組むという視点だ。この軸とは何だろうか。
技術者が顧客ニーズの把握で貢献すべきはその前段階である“技術的信頼の獲得”
技術者が顧客ニーズの把握に貢献する際、営業職と異なる軸で貢献すべきは(潜在的)顧客の“技術的信頼の獲得”だ。技術的信頼の獲得とは何か。一例を示す。顧客に対して自社の製品やサービスの説明を行った際、技術的な質問が出たとする。これに対して、担当者である技術者が的確な返答をし、必要に応じて技術的な議論を展開した。このような一見地道なやり取りの繰り返しこそが、技術的信頼の獲得の代表例だ。
質問をした顧客側から見れば、適切な技術的応答が相手から得られたことで、そのような技術者がかかわる製品やサービスであれば“信用できるだろう”と考える。“かかわる技術者の技術的な力量”を見極めようとするのが、顧客の一般心理なのだ。この力量を見極めることを狙った技術情報のやり取りをきっかけとして顧客の頭の中が活性化され、場合によっては(潜在的)ニーズに話が進む可能性が出てくる。これこそが、技術者が営業職と異なる軸で貢献すべき顧客ニーズの把握に向けた動きなのだ(図1)。
図1 技術者が顧客ニーズの把握で貢献すべきは前段階である顧客の技術的信頼の獲得
ここで一度立ち止まって考えていただきたい。自社の製品やサービスを紹介し、それに関する顧客との“技術的な内容”についての質疑応答は技術者にとって特別なことだろうか。どちらかといえば“定常業務”の一つといえないだろうか。このように技術的な質疑応答は技術者にとって定常業務に分類できるうえ、技術的内容であれば技術者も顧客とコミュニケーションを取るのは苦ではない。営業職の軸と異なり、技術者という職種の強みを活かしたアプローチであることを、ご理解いただけるのではないだろうか。
顧客との打合わせに若手技術者を同席させて議事録を作成させることで、顧客の技術的信頼獲得のプロセスを理解させる
技術者が若手技術者のうちに、顧客との技術的内容に関する質疑応答を経験することは、技術者育成の観点で大変重要である。いきなり若手技術者一人で質疑に対応させるのは難しいため、中堅技術者や営業担当者が同席し、顧客との質疑応答を“観察させる”ことから始めてほしい。諸先輩が顧客の技術的信頼獲得に向け、どのように顧客との議論を展開するかという全体の流れを若手技術者に把握させるのを狙う。
ここで重要なのは同席させるだけでなく、“議事録を作成させる”ことだ。活字化させることで、若手技術者が打合わせの背景や目的、決定事項と今後の展開をどのように理解したかを確認することが可能になる。顧客との打合わせに同席したリーダーや管理職、中堅技術者、または営業担当者は、若手技術者の議事録を丁寧に確認し、誤解や抜け漏れのチェックに加え、顧客ニーズの把握に向けてどのような戦略で議論を展開したか、特に“技術的内容の質疑応答にどう対応したか”といった内容について解説を加えてほしい。およそ10から20回程度このようなことを繰り返すと、少しずつ若手技術者も顧客ニーズの把握に向け、どのように技術的信頼構築を目指すべきかを理解できるようになる。
顧客の技術的信頼の獲得を目指す技術者の動きは技術情報発信型マーケティングにつながる
顧客の技術的信頼の獲得を実現するには、顧客との間の技術的内容に関する質疑応答が不可欠である。このような議論の場は自然に生じるのではなく、きっかけとなるものが必要だ。それが“自社製品やサービスの説明資料”だろう。顧客に対する当該資料の説明を通して、顧客との質疑応答が発生する。この手の資料は広報や企画の担当者が作成することが多いかもしれない。しかし今の時代は、技術者がこのような資料を作成できることが求められている。技術的な強みを一種のブランドとし、価格競争と一線を画すことがその根底にある。
上述の資料を作成するにあたって技術者に求められるのが、技術者の普遍的スキルの一つである企画力だ。企画力の中で特に発揮すべきが誘導力であり、この重要性については過去の連載でも述べた1)。そしてこの作成資料を用いた顧客への自社製品やサービスの説明は“情報発信”の一つであり、技術情報発信型マーケティングにつながる。