技術情報発信型マーケティングとは
技術情報発信型マーケティングの本質は“顧客に見つけてもらう”にある(図2)。これが最重要のコンセプトだ。情報化社会によって構築されたインターネットというインフラを活用し、技術的な情報を積極的に発信し、技術的信頼を獲得することが基本路線である。技術情報発信型マーケティングは売込みとは一線を画しており、いかにして価格競争に巻き込まれないかを重要視する。さらに、技術情報を見た顧客側が初動を担う仕組みをつくることで顧客ニーズ把握の業務効率を高め、顧客側との業務推進力を共有することも可能となる。人材不足に悩む製造業企業にとって、顧客ニーズを把握するにあたり効率的な取組みの一つといえよう。
図2 技術情報発信型マーケティングの本質は顧客に見つけてもらうことにある
今回取り上げている、顧客に直接自社製品やサービスを説明することは、技術情報発信型マーケティングの中でターゲットを絞り、さらに直接的にアプローチする、顧客ニーズ獲得確度の高い取組みの一つといえる。
顧客の技術的信頼の獲得への取組みに必要な資料の留意点
技術情報発信型マーケティングで顧客ニーズを把握する前段階として、顧客の技術的信頼を獲得するという狙いに話を戻す。この取組みにおいては自社製品やサービスの説明資料が必要であることをすでに述べた。本資料の留意点として、最重要のものは3点ある(表1)。以降、それぞれについて概要を述べたい。
表1 顧客の技術的信頼獲得に向けた説明資料作成時の留意点
技術的な強みの言及
「技術的な強みの言及」は技術者にとって最重要の視点だが、技術者にとって気がつくのが難しいようだ。技術者の多くはどうしても知っていることこそ正義という、専門性至上主義にとらわれている。自分がほかより知識的に優れているといったことを説明するのが得意な技術者は多く存在するが、自社の製品やサービスといった、“自分と少し離れたもの”の技術的な強みを説明するとなった途端に思考回路が止まってしまう。技術者の普遍的スキルの不足に伴い、主観的な表現はできても客観的な表現が不得意なのだ。
加えて一般的に製造業企業では自社製品やサービスの“課題や弱み”に目が行きがちである、ことも難しさの一つだ。日常的な業務では、自社製品やサービスの課題や弱みの解決や改善に取り組むので当然だろう。ただそのような視点で日常的に仕事をすることで、顧客にとって興味のある“強み”が、自社の常識として埋もれてしまう。
以上のことを前提とし、顧客の技術的信頼の獲得に向けた資料作成においては、自社の強みは何かという記述の徹底が重要である。そして、単に技術的に優れるという点を説明するだけでなく、どのような技術的課題を解決できるのかという、採用動機に直結する内容を盛り込むことがポイントだ。
定量的表現の徹底
「定量的表現の徹底」は過去の連載でも述べたことであり、技術者の普遍的スキルのうち、グローバル技術言語力2)に直結する内容だ。定性的な表現をできる限り抑制し、数値で表現することは技術者にとって不可欠な取組みである(図3)。必要に応じて同等性や有意差を評価する検定を用いるなど、統計学を活用することがより望ましい。これに関連し、データをグラフ化し、視覚的に理解しやすいよう整理することも重要だ。
図3 資料作成において技術者の強みを活かすため、定性的な表現を抑えて定量的表現を徹底する
既存の製品/サービスとの比較データの明示
自社製品やサービスを紹介する資料を用いて、顧客自身に自らの潜在的ニーズを気づかせる際、効果的なのが比較データである。当該資料中に既存の自社製品、または社名を伏せたうえで競合他社品との比較ができるのであればデータで示す。人間は今手に入るものと比較して、何が違うのか、という観点を理解することでさまざまなことを想像しやすくなる。既述のとおり、自社製品やサービスの強みを前面に押し出し、定量的データで比較するのが基本である。
既存と比べて技術的課題があれば隠さない
既述の比較データにおいて、もし既存品と比べ技術的課題があるようであればそれも併せて掲載することを筆者は推奨する。これではせっかく説明した自社製品やサービスの購入実績が遠のくと考える短期的な見方もあるだろう。しかし、課題をあえて述べることでより顧客側から技術的信頼を得られることに加え、その技術的課題を解決するため、顧客との“共同研究開発”や“委託研究開発”のきっかけをつかむことが狙いにある。
このように、中長期目線で顧客との信頼関係を築き、技術をもって顧客に貢献することこそが、本当の意味での顧客ニーズの理解と、自社における将来的な技術テーマ立案への布石になっていく。
自社製品/サービスの顧客向け資料づくりの実務を若手技術者に担わせる
ここまで述べてきた顧客向けの資料の“企画書”を作成するのは、中堅技術者やリーダークラスのベテランである。では若手技術者にはどのようにかかわらせるべきだろうか。
一言でいえば、“資料づくり”という実務だ。これまで述べてきたようなポイントを押さえ、資料の企画立案をするというのは、若手技術者には荷が重すぎる。しかし、自社技術やサービスの理解においては、これ以上適した教育材料はなかなかない。よって顧客向けの既存製品/サービスの企画資料に基づき、若手技術者が説明資料作成の実務を担うことで、若手技術者の自社製品/サービスの理解を深めると同時に、これまで述べてきた顧客に対する技術的信頼の獲得を目指す業務推進法を体感させるのだ。
本記事に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い
一般的な人材育成と技術者育成の違いを表2 に示した。自社製品/サービスの対外的な説明という観点でいえば、一般的な人材育成であればプレゼンテーション技術に関する研修が該当すると考える。プレゼンテーション技術に関するニーズは人材育成の業界で安定して高く、スライド資料の見せ方や作成法、プレゼンの方法などを指導する研修も存在している。
表2 自社製品/サービスの対外的な説明に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い
これに対して技術者育成は対象者が技術者であることを前提に、対外的に説明する際の相手となるであろう顧客に対する“技術的信頼の獲得”を最重要視する。説明対象である自社製品やサービスの技術的な強みを徹底的に抽出したうえで、それを定量的に表現する必要性を指導する。比較データの作成法については、グラフの軸設定や表示方法はもちろん、定量的な比較を手助けする統計学の指導も実施する。さらに、前述の内容を網羅したうえで作成する説明資料の企画書について、その作成法に関する研修を行うことで、企画書の基本構成の理解を深める。なお、技術者育成では説明資料をスライド資料に限定することはなく、文書資料を活用することも推奨している。これは、技術者の普遍的スキルの一つである技術文章作成力を高める狙いがある。
まとめ
若手技術者に自社製品やサービスを対外的に説明させることを、若手技術者にいきなり任せるのは困難である。しかし、技術者育成の観点では重要な業務経験となるのも事実である。若手技術者は対外的な説明をする場に同席して議事録を作成し、諸先輩方の話し方や取組みを理解するのが第一歩である。同時にすでに出来上がった企画書に基づき、この説明資料を作成するという実務を若手技術者に担わせるのが肝要だ。資料作成業務と説明の場の同席と議事録作成を通じ、自社の製品/サービスの対外的説明の本質である、顧客の技術的信頼の構築の工程を若手技術者に体感させてほしい。
参考文献
1 )吉田州一郎:第12 回 技術テーマ立案に不可欠な技術者の「企画力」鍛錬の勘所、機械設計、 Vol.67、No.3(2023)
2 )吉田州一郎:第10 回 技術者のグローバル化に必要な「数学力」と「文章作成力」の鍛え方、機械設計、Vol.67、No.1(2023)