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機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2025.10.15

第17回 若手技術者にどのような資格を取らせるべきか

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FRP Consultant 吉田 州一郎

若手技術者にとって必要不可欠なタイプの資格もある

 若手技術者の資格取得は若手技術者育成の観点ではあまり推奨できないが、必要不可欠な資格が存在するのも事実だ。その一つが“事業運営に必要な資格”だろう。例えば危険物取扱者、毒物劇物取扱責任者、電気主任技術者、特定高圧ガス取扱主任者などの選任は、該当する事業運営に必要であると法令で決まっている。安全や関連法令の理解に不可欠な知識が含まれているのが一般的で、その重要性は言うまでもない。加えて、コンプライアンスの観点から法令順守できない企業は、市場から信頼を獲得できないだろう。

若手技術者が好む自己啓発型の資格取得のメリット

 若手技術者が自己啓発として資格取得に時間を使うことについて、メリットがまったくないわけでもないことに注意が必要だ。

 若手技術者が自己啓発として資格取得に取り組むメリットは、“若手技術者自身の技術業務に対するモチベーション維持”だ。自己啓発として取り組んでいる場合、業務時間外での活動になるため、リーダーや管理職の管理範囲外だ。よって、取得を目指す資格の中身は技術業務に関係があるものとは限らず、場合によっては趣味に関するものかもしれないが、リーダーや管理職から何かしらの指示や指導を行う必要はない。若手技術者にとって日々の技術業務ではわからないことが多く、失敗を恐れて前線に立つことを避ける場面が多いかもしれない。一方で、自己啓発として資格取得に向けて活動することは、資格取得という明確な到達点があるうえ、若手技術者がリーダーや管理職の関与しない領域で、自分の判断で自由に時間を使えているという充実感もあるはずだ。これが自らの人生の主導権を取り戻したという感覚となり、モチベーションの向上につながる。

 若手技術者育成の前提に、若手技術者自身のモチベーションが高い状態にあることが含まれることを考えれば、自己啓発型の資格取得はリーダーや管理職にとっても悪いことではないだろう。

技術業界問わず製造業の若手技術者に取らせたい民間資格

 技術者育成の観点から言うと、資格取得に若手技術者の業務時間を使わせるよりは、技術業務の実践経験を積み上げ、知恵を獲得するための工程を理解させるのが最優先であることはご理解いただけたと思う。ただ、スキルアッププランの一つとして資格取得を取り入れたい企業もあるだろう。その観点で言うと、技術業界問わず、製造業の若手技術者に取り組ませたい資格試験がある。それが“法務”に関する資格だ。

 法務に関する資格といっても、弁護士や弁理士といった大掛かりな資格ではない。一例として筆者がお勧めするのは、ビジネス実務法務検定試験®だ。技術者であれば3級で十分だ。

 ビジネス実務法務検定試験で問われるのは、社会人としての基本的な法律知識である。最も基本的な知識の一つだが、「法律の基本分類構造は何か」と問われて即答できるだろうか。技術者、または元技術者の管理職が読者の場合、回答が難しいかもしれない。日本国憲法を頂点に、民法、刑法、行政法の3 つの法律がぶら下がり、さらにこれらの法律から特別法に分岐している、というのがその答えだ。このうち民法とそれに関連する特別法に関する基本知識の習得を目指すのが、ビジネス実務法務検定試験だ。知的財産法、労働基準法や労働契約法、商法などがその範囲にある。企業に勤める従業員である技術者たちは、これら特別法と無関係ではいられない。

 法務に関する知識は、技術者という社会人が最も欠けがちな社会常識の一つと言えよう。

若手技術者に理解させたい“製造物責任法”とは

 前述の民法、ならびに関連する特別法の中で、特に若手技術者に学ばせるべきものがある。それが民法の特別法の一つ、消費者保護法に関連した“製造物責任法”だ。正確には不法行為責任(民法第709条)の特則で、PL(Product Liability)法とも呼ばれる。多くの製造業企業が生産する“動産”である製品の欠陥により、人の生命、身体、財産にかかわる損害が生じた場合に、被害者の保護を図ることが、本法の主目的である。ここでいう欠陥は、その製品が通常有すべき安全性を欠いていることを意味しており、例えば以下のような点が含まれる。
・製造上の欠陥
・設計上の欠陥
・警告上の欠陥

 製品の製造者は、製造物上に製造業者として記載されている者に加え、製造物を輸入した者も含まれ、少なくとも製品を製造する企業は、当該製品の製造者として定義される。

 一般的な民法の考え方と異なり、製造物責任法では被害者が加害者側の故意または過失を証明する必要がない、という特徴がある。すなわち、製品の欠陥により損害を受けたことのみを証明すればいい。これは製造者側に過失があるか否かは問題ではなく、“悪気はなかった”という主張は争点にならないことを意味する。

製造物責任法に基づき加害者となった製造者に必要な技術的対応

 過失の有無が争点にならない場合、加害者側になり得る製造者、いわゆる製造業の企業にはどのような対応が求められるのか。ここで求められるのは法律知識ではなく“技術”だ。

 例えば、運用中に製品の構造物が破損し、使用者がけがをしてしまったとする。使用者である顧客の救済が第一だが、その次に取るべき対応を考える。製造者の主張例として、次のような技術的対応が例として挙げられる。

 「製品設計するにあたり、形状に伴う応力集中係数も考慮のうえで、Weibull 分布を確率密度関数として回帰分析を行い、SN線図から非破壊確率99%で設計を行った。この時点で、製品の構造上の安全性は担保できたと判断して図面を作成し、当該図面に基づき製品の製造、検査を行い、出荷した。図面作成時点で生じると想定したMises 応力の最大値は130 MPaである。しかしながら、実運用中に直面した異常気象に伴う想定外の強風による荷重負荷によって、計算上400 MPa以上の応力が発生し、また風向きが複雑に変化したことによる繰り返し荷重に耐えられず、当社製品の一次構造部材に損傷が生じ、脱落の現象が発生した」。

 一生懸命考えました、そのような使い方は想定していませんでした、といったような定性的な議論ではかみ合わないだろう。あくまで技術的観点から生じるリスクを算出したが、実運用で想定をはるかに超える事象が発生して損傷につながった、ということを定量的に主張する必要がある。技術的対応が製造物責任法で求められるのだ。

製造物責任法を念頭に若手技術者に徹底理解させたい考え方

 製造物責任法を念頭に若手技術者に理解させたいのは、“つくって世の中に製品を出せば終わりではなく、その製品によってもたらされる人的、または財産的損失リスクはその製品を世に送り出した企業のそばに常在している”ことだ。若手技術者たちは、自分が将来、社内外の技術者たちと協力して何かしらの製品を世に出したい、と考えているだろう。そのような心意気は大変重要だ。ここで同時に考えなくてはいけないのが、前述の製造物責任法を念頭に置いた考え方だ。

 この考えを常に頭の中に入れ、研究開発や生産、品質保証などの技術業務にまい進することは、若手技術者が技術者であると同時に、一社会人として自立する基礎となる。

本記事に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い

 一般的な人材育成と技術者育成の違いを資格取得という観点で見た場合(表1)、一般的な人材育成ではリスキリングやスキルアップを基本に、スキルマップ作成において資格取得を盛り込むことがあると考える。今回紹介したような公的資格や民間資格に限らず、社内資格がその対象となることもあるだろう。入社後、どのようなペースで資格を取らせるか計画し、それをスキルアッププランとして視覚化する取組みが一例だろう。
表1  資格取得に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い

表1  資格取得に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い

 技術者育成では、すでに繰り返し述べたとおり、事業運営に必要な資格を除き、資格取得についてあまり推奨していない。しかしながら、技術者として目の前の技術業務を推進するにあたっての心構えを理解させることを念頭に、主に民法とそれに関連する特別法の内容を、技術業務との関連性を持たせながら解説を行うことは、技術業界に依存しない普遍的な技術者育成として応用できる。

 例えば製造物責任法の基礎理解は、製造業企業全体に共通する法律であり、また若手技術者が日々の技術業務に向き合うための心構えの理解につながるため、技術者育成への応用が可能だろう。より具体的には、民法の基礎理解ができたうえで、製造物責任法の基本を再度深掘りして日常的な技術業務とのつながりをOJTで把握させ、“自らが携わった製品の技術的責任”という技術者としての心構えの確立を目指す。

まとめ

 資格を取りたいという若手技術者の動機の中に、残念ながら企業側が期待するような実務で貢献するという視点が入っていることは少ない。ただ、資格取得の取組みが、日常の技術業務のモチベーション維持というプラスの効果があることも、リーダーや管理職は理解しておく必要がある。もし若手技術者に対するスキルアッププランの一つとして資格取得を取り入れるのであれば、技術業界を問わない民法に関する民間資格を候補とするのは一考に値する。特に製造物責任法は製造業の技術者にとって必須とも言える知識であると同時に、日常業務に対する心構えを若手技術者に理解させる効果も期待できる。

 技術業務の推進経験による知恵の獲得が技術者育成で最重要なのは言うまでもないが、資格取得という要素を適切に取り入れることで、若手技術者の継続的な成長を後押しする考え方も重要である。
参考文献
1 )リスキリングとは―DX 時代の人材戦略と世界の潮流、 
  https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf( 参照 2024-10-29)
2 )吉田州一郎:第6 回 若手技術者の“知っている”ことが実務で使えない、機械設計、Vol.68、No.2(2024)
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