よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者が数値データの相対比較をできない」場合、数値データをグラフ化して印刷のうえ、重ね合わせて比較することを経験させ、さらに数値データ取得条件同一性の徹底確認と、母標準偏差を活用したばらつき評価を理解させる。
はじめに
技術者にとって、数値データの取扱いは定常業務の一つだろう。そして当該業務においてよく行うことの一つが“数値データの相対比較”である。相対比較はさまざまな技術評価の基本の一つとも言えるが、若手技術者の中には数値データの相対比較が苦手、もしくはやり方がまったくわからない者も一定数いる。
今回は技術者育成の観点から、若手技術者に最低限理解させたい数値データの相対比較のやり方について、要点と留意点を述べる。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者が数値データの相対比較をできない」とリーダーや管理職が感じた場合、「数値データをグラフ化したうえで印刷して重ねてみるといったアナログ検証法を体感させると同時に、データ取得条件同一性の徹底確認と母標準偏差を活用した不可避のばらつき検証に関する理解を深める」ことで、数値データの相対比較を適切に行うための知見を習得させてほしい。
技術業界問わず求められる数値データの相対比較
技術業務で触れることになるデータは、数値の羅列、グラフ、分布など、膨大な数字によって構成されることが多い。これら数値データの相対比較という業務について、若手技術者が直面するものは何があるだろうか。いくつか事例を示したい。表1 に示したのはあくまで限定された例にすぎないが、どのデータも絶対比較だけでなく、どこかに変化点があるかを見るなどの目的のため、相対比較を基本とした検証が大変重要だ(図1)。
図1 数値データの相対比較は若手技術者に早い段階で習得させたい技術業務の一つ
市場問題解決に向けた技術検証を例とした数値データの相対比較
生産現場での数値データの相対比較を例として示したい。量産製品で市場問題が発生したとする。モノづくりの基本が、
・設計
・生産
・材料
の3 点であることを踏まえ、川下、すなわち生産から検証を進めるのが一般的だ。図面に参照された工程規格を念頭に、「想定された条件で製品が製造されたのか」を丁寧に検証することが求められる。そして、生産現場での技術検証を推進するのに不可欠なのが、製品寸法、濃度、重量や温度、圧力、ライン速度などの“プロセスデータ”だ。
市場問題が発生すると社内の雰囲気は一変し、一刻一秒を争うような時間的プレッシャーが強まることで、冷静な技術業務推進が困難になることも多い。仮に手元にプロセスデータがあっても、それをゆっくりと眺めることができず、発見できたかもしれない異常を見逃してしまうこともあるのだ。こういうときこそ、技術者が冷静に判断をすることが求められ、その手助けとなるのが数値データの相対比較といえる。
例えば製品がプレス成形品で、成形時の圧力データを技術者が確認するとしよう。おそらく、市場問題の原因究明を行うにあたっては、当該問題が発生したロットと問題のないロットで、この圧力データを比較するだろう。技術者はこの数値データを何となく眺めて、特に異常は見当たらなかったと報告するかもしれない。
しかし、前述の2 つの異なる期間の圧力データをグラフ化のうえで紙に印刷し、重ね合わせてみるとどうだろう。問題が生じたロットでの圧力値とそうでないときの圧力値に微小な差があり、前者の方がわずかに低かったことが“視覚的”に捉えられるかもしれない。画面上などで2 つの数値データを眺めているだけでは見えなかった微小な変化だ。このような検証結果が得られれば、不適切な圧力設定が市場問題の一因である、という結果報告が可能になる。
ここで述べたのはあくまで例だが、若手技術者に学ばせたい数値データの相対比較のやり方のポイントがいくつも含まれている。以降、要点を解説する。