型技術 連載「外国人材から一目置かれるコミュ力養成講座」
2025.01.25
第5回 図面や仕様書にもある「あいまい」と「一任」
ロジカル・エンジニアリング 小田 淳
おだ あつし:代表。元ソニーのプロジェクタなどの機構設計者。退職後は自社オリジナル製品化の支援と、中国駐在経験から中国モノづくりを支援する。「日経ものづくり」へコラム執筆、『中国工場トラブル回避術』(日経BP)を出版。研修、執筆、コンサルタントを行う。
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本連載の第2 回で、日本人には「あうんの呼吸」を多く用いて仕事をする国民性があり、「あいまいな表現」をしたり「仕事を一任」したりすることに、それがよく表れていることをお伝えした。
技術者は図面や仕様書を業務で作成する。今回はここにも「あうんの呼吸」に頼った表記が数多くあり、それが不良やトラブルを発生させる原因になっている現実があることをお伝えする。
部品メーカーに判断を委ねる「あいまい」な表記はしない
図1 の図面に含まれている3 つの問題点を解説する。同図左上の「埋込みナット A 社製 Type2 相当品」を見てほしい。この「相当品」の意味は、「類似した部品」という意味になる(図2)。埋込みナットや線材ホルダなどの汎用的なカタログ品を部品に取りつける場合に、このような表記をする場合がある。この図面を描く設計者には、「どのカタログ品でも形状などに大きな違いはない」という考えと、「類似部品なら部品メーカーの入手しやすいものでOK」という部品メーカーの都合への配慮があるのだ。
図1 設計者の作成する「あうんの呼吸」に頼った表記のある図面
しかし、この「相当品」の表記によって、不良品が発生する場合がある。筆者の経験では、試作と量産で、ある部品に取りつける埋込みナットが類似部品ではあるが異なる部品であったため、それらの微小な形状の違いによって取付け強度に差が生じ、量産では試作より弱い取付け強度になっていたことがあった。このときは、日本で試作を行い中国で量産を行ったこと、中国の埋込みナットのメーカーがカタログ品と類似部品の両方を販売していたこともあり、トラブルに発展してしまった。幸い、量産前のサンプルでその強度の差に気づいたため、弱い強度の部品が市場に流出することはなかった。
「相当品」という言葉は使用してはならない。「埋込みナット A 社製 Type2」とだけ明確に表記しなければならない。
部品メーカーに判断を委ねる「一任」の表記はしない
また、図1 左下に「2 -φ3 型凸ダボ高さ一任」とある。この「一任」の意味は、もちろん「お任せします」である。板金に作製するφ3 のダボの限界の高さは板厚によって決まり、板厚1 mm の板金であれば0.7 mm くらいが最も高い。このことから考えると、「ダボ高さ0 ~ 0.7 mm の間ならばいくつでもOK」という意味になる。しかし、実際にはダボ高さが0 mm では使い物にならず、最低でも約0.5 mm は必要だ。よって「約0.5~ 0.7 mm でつくってください」というのが本来の設計意図であったはずだ(図3)。
図3 ダボ高さ0.5 〜0.7 mm(左)とダボ高さが0 mm(右)
過去に、筆者が中国で「ダボ高さ一任」と表記された図面で部品を作製したところ、ダボ高さ0 mm の部品ができたことがある。その後、この部品メーカーと打合せを行い、0.5 mm 程度に修正してもらったが、二度手間であった。
「ダボ高さ一任」と図面に表記してあれば、出荷検査でダボ高さ0 mm が流出してしまう危険性があることも忘れてはならない。
実は設計者がこのように「一任」と図面に表記する理由には、次の2 つがある。1 つは、部品メーカーのもっている設備やノウハウ、実力によって、ダボ高さはさまざまであるうえに、図面の作成時には量産部品を発注する部品メーカーが決まっていない場合が多いからだ。もう1 つは、部品メーカーが決まっていたとしても、「常識の範囲内の寸法にしてください」と設計者が考えているからである。日本で部品を作製するときには、この常識は通用するためトラブルは生じにくい。しかし、常識の異なる海外部品メーカーとの仕事ではそうはいかないのだ。
前者の場合は、部品メーカーが決まった後に打合せを行い、可能なダボ高さを確認しその値を表記すればよい。後者の場合は、本当に自分が必要とする寸法(範囲)を明確に表記する必要がある。
部品のスペックとその測定や検査方法を明記する
さらに、図1 右の「注記」の3 つの表記を見てほしい。図面には、これらのように品質に関しても表記する場合がある。だが品質の表記には、誰もが理解できる定量的なスペックとその測定や検査方法も同時に示す必要がある。1)の「そり2(mm)以下」では、測定方法がわからない。2)、3)は、スペックがそれぞれ「確実に」と「目立つ」であいまいなうえ、測定/検査方法の表記がない。これでは部品メーカーはどう判断すればよいかわからない。
実はこれも、日本の部品メーカーではあまりトラブルは起こらない。その理由は、日本の長い付き合いがある部品メーカーの担当者は、図面を見ればおおよそのスペックがわかり、さらに以前と同じ方法で測定/検査をすればトラブルが生じないことがわかっているからである。
しかし、海外の部品メーカーに発注する場合は、長い付き合いのある部品メーカーは少ない。よって、定量的なスペックと明確な測定/検査方法を表記する必要がある。例えば、注記の1)に関しては、図4 のようにいろいろな測定方法があるからだ。
図面や仕様書に「あうんの呼吸」に頼った表記をするのは厳禁なのだ。