自動車などに使われるエンジン始動用リングギアの世界トップメーカーであるベンダ工業(広島県呉市)は、製造部門を中心にTPS(トヨタ生産方式)活動を本格的にスタートした。今期中には間接部門にも範囲を広げる考えで、これまでの小集団活動のレベルアップを図り、会社全体に改善文化を定着させるのが狙いだ。同社では2017年から従業員の体調管理に配慮した健康経営にも着手し、19年から6年連続で優良事業所の認定を受けるなど人的資本を重視した経営を展開している。TPS活動によって「ムリ、ムラ、ムダ」を排除し、効率的で身体的負荷の少ない作業環境を実現することで生産性向上に結びつけていく方針だ。
エンジン始動用リングギアで世界市場の20%を占有
ベンダ工業は今年9 月に創業60 年を迎える。一般鋼材の冷間曲げ加工から始まり、1975 年に冷間曲げ加工と溶接技術などを用いた独自の金属リングの製造方法であるベンダ工法の特許を取得。丸鋼を長尺鋼材に冷間圧延した後、所定の径に曲げてから螺旋状に曲げ重ね、1 本ずつに切断し、溶接して真円リングへと成形する工法で、歩留り95%以上と従来のプレス加工に比べて大幅に歩留り率を向上させたのが特徴だ。これを機に自動車産業に参入し、エンジン始動用リングギアで世界シェアの20%を占めるトップメーカーへと成長してきた。現在の製造拠点は国内がグループ企業を含め3 個所、海外では韓国、中国(3 個所)、タイ、ベトナムに進出し、グローバル展開を進めている。
東広島第1工場。ベンダ工法によって歩留り95%以上でリングギアを生産
最近では電気自動車(EV)やハイブリット車の普及を背景とした内燃機系から電動化への対応に注力。「3 年ごとに中期経営計画を見直し、2030 年までに電動関連向けと新規事業の比率を売上高の50%まで引き上げることを目標に取り組んでいます」(八代裕次郎常務取締役)と事業環境の変化に対し製品ポートフォリオの見直しを急ぐ。
こうした中、同社が重視するのが人材の育成だ。事業変革を推進するには従業員1 人ひとりが充実した環境で継続的に働ける環境整備が大切と判断、17 年から健康経営に乗り出した。「背景には、会長を務めていた父(恭宏氏)が中国出張中に急逝したり、社内で匠と呼ばれていたベテラン従業員が現場で倒れられたりと健康面で会社から離れざるを得ない出来事が相次いだことがありました」と八代常務は振り返る。
総務部が中心となって従業員の食生活改善、有給休暇取得の推進、長時間労働削減、健康診断での再検査の受診推奨などを実施。再検査は出勤扱いにして受診しやすくしたり、人間ドックのオプション検査に会社が1 万円を負担したりと健康管理に配慮した施策を打ち出してきた。さらに21 年に竣工した呉工場のベンダ・グローバル・テクニカルセンターに社員食堂を新設し、管理栄養士によるバランスのとれたランチを提供している。
「お米や野菜など地元の食材を使い、食生活からの改善も進めています。またメンタル面では全社員にカウンセリングを体験してもらい専門医を受診することの抵抗感をなくすなどの取組みも行ってきました」(松浦和美総務部次長)。この結果、19 年から6 年連続で健康経営優良法人に認定され、従業員の健康管理に対する意識も変わってきた。
CREW プログラムで1 人ひとりの参加意識を向上
20 年には役員や各部署の代表で構成する「働き方改革推進委員会」を発足し、従業員にとって働きがいのある会社づくりに本格的に取り組み始めた。
一方、長年の取り組んできた小集団活動にもさらに力を入れ始めている。これまで製造、管理など部門横断型のQC 活動を行い、優れたグループは海外で開催するQC 成果発表会で表彰するなどグループ全社を巻き込んだ活動を展開してきた。コロナ禍で世界大会が中止になるなどのアクシデントもあったが、23 年から新たに着手したのがCREW(クルー)プログラムである。QC 活動のように旗振り役が中心になるのではなく、2 ~ 3 人のグループで1 人ひとりが課題を提案し、話し合って解決していく取組みだ。
「改善文化を根づかせようとの狙いから当社のミッション(M)、ビジョン(V)、バリュー(V)を定義するため、CREW プログラムによって従業員が自らの思考や行動の指針となるバリューについて考えるために始めたのがきっかけです」(岡一生製造部次長)
週1 回「尊敬される人とは」などバリューの5項目のテーマについて検討している。優秀なグループを表彰するMVV 賞も設け、モチベーションアップも図っている。
TPS 活動に着手
TPS 活動のきっかけはMVV で助言を受けた(一社)製造業から日本を盛り上げる会(名古屋市中区)との出会いからだった。1 年目は製造部の管理者を中心にTPS の考え方や進め方の指導を受け、2年目の今期は製造部から導入を進めていく。
「工場を見てもらった際に鋼材の運搬や機械の段取り替えなどで身体に負担のかかる作業が多く、それが作業効率を妨げる原因にもなっているとの指摘を受けました。ムリ、ムラ、ムダを取り除くTPS 活動を通じて楽に作業できる環境づくりを目指します」と東広島第1 工場(広島県東広島市)を担当する藤川誠製造部課長代理は意気込みを示す。
第1 工場は3 年前から率先して改善活動に取り組み、昨年のTPS 活動でも一部で参加してきた。同工場をまとめてきた藤川課長代理は「自分はモノづくりが大好きで、仕事の合間にスクラップの廃材を使った工作物を改善に活かすのが楽しい。この楽しさを共有することでメンバー全員が積極的に話し合い、行動できる職場にできないかと考えて取り組んできました」と説明する。
第1工場での改善活動のミーティング。実施から提案件数が倍増
岡次長は「1 カ月ごとにテーマを変えて現在は2周目に入り、浸透してきました。今期はCREW プログラムをTPS 活動と絡めて全社的に浸透を図っていくのが課題です」(同)と新たな目標を掲げる。
週1 回改善の時間を設け、どんなに忙しくても全員参加できるようにした。藤川氏がリードしながら最初は清掃の際に邪魔になるロールカーテンの止め方といった簡単な改善から徐々にレベルが上がり、生産性向上に結びつく改善策も数多く出てくるようになってきた。
溶接機が重く、キャスターの旋回時に2人で力を入れなければならなかったが(左)、旋回ロックキャスターに取り換えたことで、1人でも動かせるようになった(右)(画像提供:ベンダ工業)
ロール交換時、作業台が小さく取り外したロールを違う場所へ運ぶムダが生じていたが(左)、作業台を大きくすることで、ロールをすぐ横に置け、重量物を運ぶ作業がなくなった(右)(画像提供:ベンダ工業)
「みんなで話し合い、改善を褒め合う習慣によってメンバー全員の発言力が増し、職場に活気が出てきました」(同)と雰囲「みんなで話し合い、改善を褒め合う習慣によってメンバー全員の発言力が増し、職場に活気が出てきました」(同)と雰囲気が変わっていったという。提案件数も21 年に年96 件だったものが、22年169 件、23 年192 件と大幅に増加した。
「改善で残業するほどメンバー全員が熱中し、他工場から『早く材料くれや』と苦情が出ることもありましたが、今は実績が認められ水平展開するめどもつきました」(住吉祐二製造部課長)と上層部も見守ることで結果に結びつけた。
全社に水平展開
「TPS 活動の指導を受けることで『何のための改善なのか』という視点が生まれ、目的が明確になりました。また、製造業から日本を盛り上げる会から紹介を受けた『トヨタ自動車“翔の会有志”』の方々と実際に現場を一緒に回ることで着目点や改善のポイントを学ぶことができ、自分たちの改善活動をより内容を濃くしていけると現場もやる気を出しています」(住吉課長)と今期からのTPS にかける思いは強い。
まず広島の第1 ~ 4 工場から導入し、上期中には全社的に展開する行動計画をまとめる予定。「まずはCREW プログラムをTPS 活動に置き換え、1グループ2 ~ 3 人で推進していきます。最初は難しいと思いますが、当社の競争力を上げるためにもTPS 活動は不可欠です。当社に合わせた内容に落とし込み、全社的に展開するプログラムをつくり取り組んでいきます」(岡次長)
同社にとっての節目を迎え、TPS 活動を柱にグローバルな事業環境の変化に挑み、さらなる飛躍を目指す。