工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」
2024.12.09
第4回 “手段の目的化”の呪縛から解放されよう
ダイテック 山口純治
やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
前回「効率化」の追求が日本の技術力を低下させる危険性について述べました。しかし、いまだに「効率化こそが利益拡大における絶対的な正義」という企業文化を持つ企業が多くあります。
そこで今回はまず、効率化を過度に追求すると、どのような結果を招くかについて、改めて整理します。
過度な効率化の弊害
弊害1 業務の細分化と専門化
①業務細分化:効率化を目的に、業務はより小さな単位に細分化される
②専門化の進行:社員や部署は特定の業務に集中し、その専門知識を深める
弊害2 組織構造の断絶
①コミュニケーションの障壁:業務の細分化と専門化により、部署間のコミュニケーションが困難になる
②縦割り組織の形成:各部署は自分たちの業務範囲内でのみ活動し、他部署との協力が減少する
弊害3 柔軟性と適応性の低下
①サイロ化:組織内での情報の流れが隔離され、各部署が独立した「サイロ」となる
②変化への対応力の低下:組織全体の柔軟性と外部環境への適応能力が低下する
弊害4 長期的な競争力の低下
①革新と創造性の欠如:細分化された業務と厳格な役割分担により、革新や創造的な問題解決が阻害される
②市場や環境の変化への鈍い反応:環境の変化に対応するための意思決定やアクションが遅れ、競争力が低下する
もし、皆さんの会社がこのような状況であるなら、DX などの全社変革を成功させることは極めて困難になります。
「両利きの経営」がカギ
では、どうすればよいのか。前回の記事でも触れましたが、チャールズ・A・オライリー教授が主張する「両利きの経営」が1 つのカギとなります。「両利きの経営」は、既存ビジネスの継続的な改良と深化(「知識の深化」)と、新規事業への果敢な挑戦と試み(「知識の探索」)の2 つを両輪として併行させることを意味します(図)。特に、日本企業においては、既存事業の深化(改善)には長けているものの、新たな分野への探索が不得意な傾向にあります。
多くの企業では、目標設定や方針決定が上層部によって行われ、従業員はこれらの指示に基づいて実行方法にフォーカスする傾向にあります。このような環境では、指示に従い、既存の状況を改善するスキルを持つ従業員は育ちますが、自分で取り組むべき課題を見つけ、目指すべき方向性や目的を定める能力の育成は後回しにされがちです。この結果、創造的かつ革新的な思考をする社員の成長が妨げられます。結果、「当社には主体的に考えて動く人材がいない」と経営者が嘆くことになるのです。
「両利きの経営」のアプローチを導入すれば、組織は既存の「知識の深化」に固執するだけでなく、新しい知識や技術の探求、未来への対応力の向上にも力を注ぐことができるようになります。「知の探索」に携わる従業員は、自主的に考え、革新的な提案を行い、試行錯誤する機会が増え、クリエイティブな能力を育む土壌が整います。しかし、「知の深化」と「知の探索」の取組みは、以下で述べるようにまったく異なったマネジメントアプローチが必要となることに留意しなければなりません。
1.目標とプロセス
知の深化:効率性、生産性、品質の向上などが目標であり、比較的予測可能な環境で成果を出すことが求められます。ここでは、短期間での成果やコスト削減が重要な評価指標になります。
知の探索:新しい市場や技術の可能性を探り、新しい事業を確立することが目標で、不確実性が高く失敗のリスクも伴います。長期的な視点でのイノベーションや仮説検証、市場創出が評価指標として適切です。
2.リスクと失敗の受容度
知の深化:リスクを避け、既存のプロセスや製品を改善することに集中します。失敗はコスト増加や効率低下と直結するため、リスク回避が重視されます。
知の探索:新規アイデアの実験や試行錯誤が重要であり、これらは必然的に高い失敗率を伴います。ここでは、失敗を学習の機会ととらえ、イノベーションにつながるリスクを積極的にとる姿勢が必要です。
3.マネジメントのスタイル
知の深化:効率と安定を重視し、標準化されたプロセスと厳格なパフォーマンス指標に基づくマネジメントが求められます。
知の探索:柔軟性、創造性を促す環境づくり、そして失敗を許容し、失敗から学ぶ文化の構築が重要です。マネジメントはむしろ、探索的な活動を支援し、イノベーションを促す方向で行われるべきです。
DX は知の探索のプロセス
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、単なるビジネスの改善活動を超えた「変革」を意味します。これは、既存の枠組みを根本から変えることを目指しており、答えがあらかじめ定まっていない「知の探索」のプロセスとなります。そのため、DX では、仮説を立て、それを試し、その結果を検証し、さらに新しい仮説を立てるという繰返しが必要です。このプロセスにおいては、従来の効率化を最優先するのではなく、積極的な試行錯誤を通じて新しい価値を創造することが求められます。DX の成功には、既成の思考や方法論にとらわれず、柔軟かつ創造的なアプローチをとることが重要です。これには、新しいアイデアを試す勇気や、失敗から学び、継続的に改善していく強さが必要です。
DX のプロセスにおける失敗は、学習と成長の貴重な機会としてとらえる必要があります。DXの道のりは不確実性が高く、明確な正解が存在しないため、柔軟な思考と継続的な適応が必要です。このような文化を組織内に築くことで、企業は革新的かつ持続可能な成長を遂げることが可能です。いかがでしょうか? 貴社は部署間のコミュニケーションや連携はスムーズにできていますか? 組織全体の柔軟性と外部環境への適応能力が低下していませんか? 主体性をもって創造的な取組みをする社員が多くいますか?
「知の探索」領域であるDX 推進においては、新しいマネジメントアプローチを導入することが、組織にとって新たな可能性を開くカギとなり、企業文化を変革し、成功へと導くでしょう。