工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」
2024.10.21
第2回 「効率化」の追求がDXの成功を阻む
ダイテック 山口純治
やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
平常時のマネジメントが孕む潜在的な課題
「平常時のマネジメント」とは、主に安定した業務環境において、変化が少ないという前提のもとに運営されるマネジメント手法を指します。このスタイルは、厳格な品質改善や生産性の向上を目指し、継続的な「カイゼン」を通じて利益の増大を目指します。多くの企業がこのマネジメント手法を採用しており、安定した業務環境に適しています。
このマネジメントスタイルの典型的な成果として、ピラミッド型組織が挙げられます。この組織形態では、指示命令系統が明確であり、「やるべきことが明確で変わらない」というのが基本的な前提となっています。過去に多くの場面で効果的に機能してきたこの組織形態ですが、現代のVUCA(変動性:Volatility、不確実性:Uncertainty、複雑性:Complexity、あいまいさ:Ambiguity)と呼ばれる予測不能な時代においては、その有効性に疑問が投げかけられています。
絶えず変化する市場の状況、技術の急速な進歩、そして競争の激化に直面して、組織は素早く適応することが求められます。このダイナミックな環境においては、「平常時のマネジメント」を脱し、状況に合わせて柔軟に適応する能力が不可欠です。
新型コロナウイルスのパンデミックのような、世界規模での影響を及ぼす出来事は、これを象徴しています。このような大規模な影響を事前に予測することは誰にもできなかったでしょう。事前に予測が可能であれば、すべての企業が先手を打って対策を立てていたことでしょう。「変化は必ず起こるが、その予測は難しい」というのが現代のビジネス環境の基本的な前提となります。
変化に強い組織への変革が急務
YouTubeやX(旧Twitter)、Instagram、TikTokなどのSNSが登場したことで個人が影響力を持ち、広告のあり方が変化しました。これらのプラットフォーム上でのコンテンツは、ユーザーの関心や行動に基づいてカスタマイズされ、より効果的にターゲットにリーチすることが可能になっています。IoT(Internet of Things)により、さまざまなモノがインターネットとつながるようになり、リアルタイムのデータ収集や遠隔操作が可能になりました。設備のメンテナンスにおいてはBDM(壊れてから直す)から、TBM(壊れる前に定期的に交換する)へ、そして今はCBM(設備の状態に応じてメンテナンス)へと変わりつつあります。これにより、効率的かつ予防的なメンテナンスが可能となり、ダウンタイムの削減やコストの節約が実現されています。
通貨に関しては、現金決済から電子マネーによるオンライン決済へと変化しています。加えて、AI(人工知能)、5G通信、ブロックチェーン、メタバース、Chat-GPTのような生成AIなど、新たなテクノロジーが次々と登場し、ビジネスプロセスの最適化、顧客体験の向上、新しい市場の創出など、多岐にわたる分野で革新をもたらしています。特にAIは、データ処理、自動化、パーソナライズされたサービスの提供など、企業の運営を大きく変える可能性を秘めています。変化のスピードは年々加速していきます。企業は、予測がきわめて困難な時代の変化に柔軟に適応できるマネジメントの変革が求められているのです。
ピラミッド型組織の弊害
ピラミッド型組織は、安定した業務環境に適している一方で変化に弱いという特徴があります。ピラミッド型組織では、部署ごとに、そして階層ごとに役割と責任を与えます。理論上は、各部門が各自の役割を果たすことで組織全体が成長していくという構造です。一見正しそうに見えますが、次のような病に侵される危険性を孕んでいます。
・自分で考えないで、上司の指示をそのまま実行する「指示待ち社員」が増える
・現場で起きている悪い知らせが経営層まで上がってこないため、意思決定が遅れる
・組織の問題が社外に漏れないように隠ぺいしようとする
・上からの情報が現場まで正確に落ちてこない、あるいは現場に到達するまでに時間がかかる
・顧客よりも上司の意見を重要視して社員が行動する
・自部門のことにしか興味関心がなくなり、部門間の協力が生まれにくい
いかがでしょうか? あなたの会社でこのような症状はありませんか?
これらの状況は、「セクショナライズ」「縦割り組織」「サイロ化」「大企業病」と称され、変革の妨げとなる問題として注目されています。ピラミッド型組織はこれまで安定志向の組織形態として機能してきましたが、予測が困難なVUCAの時代には、これまでの体制では変化への対応が難しいことがわかってきました。「全体最適で考えろ」と経営者がいっても、効率化を追求する文化の元では、管理者や社員は部分最適のマインドセットに縛られます。なぜなら、それぞれの部門が、自部門の目標達成と評価の獲得に焦点を合わせているからです。もっといえば、特定の部門やプロセスの最適化に注力し、短期的な効率向上や利益増加を目指すだけでは、組織の長期的な目標達成には必ずしも寄与しないことがあります。たとえば、コスト削減に焦点を当てた短期的な措置は、顧客ではなく社内の都合を優先します。結果、製品やサービスの品質を損ない、顧客満足度の低下につながることがあります。これは長期的には顧客からのクレームの増加やブランド価値の低下を引き起こす可能性があります。
また、階層が多く、トップダウンの意思決定に依存する組織構造では、意思決定の遅れが生じたり、現場の従業員が意思決定プロセスから疎外されたりすることでモチベーションが低下することがあります(図)。これは組織全体の創造性を損ない、DXなどの変革の取組みの進行を妨げる要因となります。
問題の本質は、効率化を追求する過程で生じる過度な専門化や部門最適主義にあり、組織形態そのものが問題なわけではありません。効率化を過度に追求するマインドセットがDX推進のような全社活動のブレーキになるのです。ピラミッド型組織であっても、部門間連携がスムーズで、経営の意思決定と現場の実行が迅速かつ確実に行われているのであれば問題ありません。ただ、そのケースはまれだと思います。
効率化の過度な追求がもたらす根本的な問題について、次回はさらに深掘りしていきます。