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プレス技術 連載「EV化を再検証する」

2026.05.18

第3回 自動車の歴史から考える次世代自動車の今後

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裾野産業アドバイザー 前川 佳徳

まえかわ よしのり:1971 年同志社大学大学院工学研究科、1996 年同大学院神学研究科修了。工学博士、神学修士。大阪府立産業技術総合研究所(現・大阪産業技術研究所)研究員、大阪産業大学デザイン工学部情報システム学科教授などを経て、2015 年よりモノづくり企業を支援するアドバイザーとして活躍。元型技術協会会長、名誉会員。
 前回は「EV 化動向予測」として、EV 化について考察した2025 年1 月以降公開の3 つの資料を紹介し、その内容を検証した。いずれも無難な結論になっているので、最後に筆者の突っ込んだ見解を示した。まとめると以下の4 点になる。

 ①CO2 排出量削減が目的なのに、手段が「BEV(バッテリー式電気自動車)シフト」一辺倒であるのはおかしい。豊田章男氏が言うように「敵は炭素であり、ICEV(内燃機関車)ではない」。CO2 排出量削減を目指した「合成燃料(e︲fuel)やバイオ燃料で走るICEVやHEV(ハイブリッド車)」、「水素で走る水素エンジン車やFCEV(燃料電池車)」にも注目し、その開発に力を入れるべきである。

 ②BEV の課題としては、航続距離やコスト高対策が挙げられるが、バッテリーの製造・廃棄でのCO2 排出量の低減、劣化・発火などへの対策、量産・リサイクル技術も重要である。2027 年頃にはそれらの問題を改良した全固体電池が発売されると期待されているが、車載用バッテリーとして満足な開発にはもっと時間が必要と思われる。

 ③世界エネルギー機関(IEA)が、2035 年にEV〔BEV+FCEV+PHEV(プラグインハイブリッド車)〕は新車乗用車販売全体の55%になると見込んでいるが、達成できないと見ている。筆者の予測として2035 年頃には、「e-fuel やバイオ燃料で走るICEV やHEV」、「水素で走る水素エンジン車やFCEV」がBEV と次世代自動車への生き残りを目指して三つ巴の戦いを行っている。さらに2035年以降はBEV は終焉に向かい、次世代自動車として「合成燃料によるICEV」と「水素エンジン車(H2 ICEV)」が生き残ると予測している。

 ④「合成燃料によるICEV」と「H2 ICEV」が生き残るということは、ガソリン車は終焉に向かい、BEV との補完としてあったHEVやPHEV も終焉に向かう。一方、現在のガソリン車のエンジンの蓄積技術やノウハウは引き継がれるので、プレス部品関連メーカーは、これまでの取組みのイノベーションを進めていけばよい。

歴史から予測する自動車の未来

 完全な未来予測は不可能だが、未来を予測する目的は、未来を完全に知ることではなく、予測から得られた情報をもとに、よりよい選択や行動を導くことにある。以上の考えで、EV 化動向予測を踏まえ、2035 年、2050 年の世界の新車販売予測(筆者の個人的見解)を表1 に示す。あえて定量的に、少し極端な予測値(期待値も入れて)としている。期待を込めると往々にして予測は外れる。その点は留意して参考にしてほしい。
表1  2035 年、2050 年の世界の新車販売予測(筆者の個人的見解による)

表1  2035 年、2050 年の世界の新車販売予測(筆者の個人的見解による)

 表2 に自動車の黎明期に関わった主な人物と、関わった内容を示す。以下では、自動車の歴史を踏まえて、表1 の予測に至った理由を述べる。
表2 黎明期の自動車

表2 黎明期の自動車

1.蒸気自動車の登場
 「自動車の発明者は?」と検索すると、フランスのキュニョーが1769 年に、蒸気自動車を“発明”したと出てくる。蒸気自動車は、それまでの馬車の馬の代わりに、イギリスのニューコメンが1711 年に発明した蒸気機関に動力を置き換えたものである。蒸気自動車が公道をデビューした当時は「Horseless Carriage(馬がいない馬車)」と呼ばれた。すでにあった馬車に、他人が発明した蒸気機関をくっつけただけであれば、独創性から自動車を“発明”したのがキュニョーであると評価はできない。実際、蒸気自動車には、馬車の車輪やサスペンション、ブレーキといった基本的な機構部品や車体が引き継がれた。

 蒸気機関は重く、かさばり、小型・軽量であるべき自動車の動力には向いていなかったので、蒸気自動車はやがて姿を消す運命にあった。しかし次の電気自動車が出てくるまでに70 年近くの実績があったので、すぐに姿を消したわけではなく、20 世紀初めまで残っていた。

2.電気自動車の登場
 蒸気自動車の次に出てきたのが電気自動車である。1800 年に電池が発明され、1821 年にはモータの原理が発見されて、その組合せを動力源として利用できるようになり、当然それを馬車の馬の代わりにする試みが多く行われた。

 「電気自動車の発明者は?」と検索すると、1830 年代にスコットランドのアンダーソンにより製作されたと出てくるが、ほかでも多くの試みがなされていたようで、発明者は特定できないともされる(その時代も今も電気自動車への参入は容易で、競争は激しかったと思われる)。いずれにしても蒸気自動車と同様に、動力としての馬を他人が発明した電池やモータに置き換えただけでは発明者とは評価できない。

 実用的な電気自動車は、発電された電気をいったん充電できる蓄電池(二次電池)を搭載した車である。充電できる蓄電池は、1859 年にフランスのプランテによって鉛蓄電池が発明され、1880年代には充電可能なバッテリーを搭載した実用的な四輪電気自動車が登場した。

 1900 年頃には、蒸気タービンが発電に威力を発揮し、蒸気によってつくられた電気によって電気自動車が走ることになる。さらに、電力会社が電柱を建て、電線網を広げ、電気供給範囲を広めたので電気自動車は普及した。自動車の普及には、そのためのインフラ普及が必須である。ただ、電気自動車には、1 回の充電での走行距離の短さが問題であった。
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