にしだ ゆうへい:代表取締役
2009年、大学卒業後、ミネベアミツミ㈱に入社し購買管理業務に従事。24歳のときにタイ工場に赴任。現地マネジメントに加え、現地の経営者とタフな商談や価格交渉を経験。2015年、西田経営技術士事務所入社。全国の中小製造業へ「収益改善プログラム」を導入。原価と値決めにメスを入れ、顧問先企業の利益創出に億単位で貢献。主な著書『中小企業のための「値上げ・値決め」の上手なやり方がわかる本』(日本実業出版社)。
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今回のテーマは「安売りをしないための準備」です。価格以外の部分で皆さんの会社にどのような魅力があるのかじっくりと考え、それを磨き、上手にお客様にPR していってほしいと思います。その切り口をご紹介いたします。
準備1 お客様や市場の分散
これは中長期の話です。顧客の一社依存率が高すぎると、その企業に生殺与奪の権が奪われてしまいます。価格を高くすることによる失注が怖いので、思い切った価格交渉を行っていくことができません。企業の事情にもよりますが、将来的に顧客の一社依存率は20% 以下になるようにしていきたいところです。
また、市場についても分散しておくことが大切です。例えば、自動車市場だけに偏らないよう建築、電子、電気、医療機器等々に分散していくイメージです。
常日頃から利益一覧表を分析し、4 つの戦略(営業戦略、製品戦略、価格戦略、コストダウン戦略)を練っていきましょう。
※「利益一覧表」についてはバックナンバー11 月号、「4つの戦略」についてはバックナンバー12 月号を振り返ってください。
準備2 使用価値ではなく魅力価値で勝負!
使用価値とは、製品そのものの機能や役割です。魅力価値とは、多少値段が高くても買いたいと思えるものです。「えー、自分たちにそんな魅力なんてあるのかな…」と思われたかもしれませんが、皆さんが気付いていないだけで、きっとキラリと光る“ウリ”があるはずです。それを見つけて、磨き、伝えていくことが皆さんの仕事です。この努力なくして、高く売れることはありません。
使用価値の具体例としては、「客先指定寸法におさまっている」や「お客様で問題なく組立できる」などになります。これはできていて当たり前の世界だと思います。一方、魅力価値の具体例としては、「的確かつすばやいレスポンスができる営業体制や生産管理体制」や「お客様に指導できるくらいの設計技術力」、「ロット1 個から対応可能」、「試作納期は最短1 日」などです。
顧客のバイヤーは、心の中では「○○社はこういう部分が優れているから、ちょっと割高だけど付き合っておこう」と考えています。当たり前のことですが「もっと高くして良いよ」と言ってくれるバイヤーはいません。バイヤーの仕事は、安くて良いものを、必要な時期に買ってくることだからです。そしてバイヤーが最も恐れていることは、自社の生産ラインを停止させてしまうことです。価格優先で選んだ仕入先の品質/ 生産管理力が弱かったせいで生産ラインを停止させてしまったとすれば、会社に大損害を与えます。バイヤーは出世コースから外れますし、会社にも居づらくなります。
考えてみてほしいのですが、もし皆さんが「この価格では納入できない」と宣言したら、お客様は果たしてどこから買うのでしょうか。代わりの仕入先を探すとは思いますが、そんなに簡単にQDC に優れたところを見つけることができるのでしょうか。
単純に金型移管をして、プレス機を動かすだけであれば見つかるかもしれません。しかし皆さんが日頃行っているような金型管理や製造管理、品質管理、納期管理は、他社でも同じレベルで同じ価格で提供できるのでしょうか。このように“疑ってかかる”ことは、安売りをしないためには大切なことです。
これまでの連載のなかで原価管理や原価計算の重要性について述べてきましたが、不思議なことに原価に対する正しい知識を身に付けていくと「この製品は○○だから、これだけの原価がかかるのは当然だ。したがって売価としては、利益率を□%乗せた▲▲円でオファーすることは自然だ」と考えられるようになってきます。なかには市場価格に対して自社原価が高すぎる場合もありますが、その場合は原価低減によって黒字化を図るか、赤字と分かって受注するしかありません。
このように原価のロジックを理解しながら原価管理プロジェクトを進めていくことで、結果的に肚を据えた価格交渉ができるようになっていきます。
準備3 そのための「3 つの研究」
価格以外で勝負していくには、3 つの研究が必要です。それが自社研究、他社研究、顧客研究です。これは営業担当者であれば常に意識しておかなければいけない視点です。単に右から左へと見積り依頼をさばいているだけではいけません。1% でも高く買ってもらうにはどうすれば良いかを考えていきましょう。
1.自社研究について
自社研究とは、会社自身や製品自身がどれだけお客様にとって魅力的かを考えて行くことです。これにはトレーニングが必要です。何となく考えるのでなく、ちゃんと時間と会議室を確保し、スマホの通知などの邪魔が一切入らない空間を作って取り組んでいくことがポイントです。筆者が顧問先で実施する場合には、関係者を集めてもらい、まずは30 分~ 1 時間ほど集中してやります。最近はメールで済ませたり、社内スレッドに書いておいたり…という風潮がありますが、これはあまりおすすめしません。なぜなら締め切り直前になって、いい加減に考えたものが3 つ~ 4 つしか挙がってこないことが大半だからです。
自社研究は、脳みそから汗が噴き出るくらい真正面から向き合って考えることが大切です。そのためにも重要なのが「場の設定」なのです。「三人寄れば文殊の知恵」という格言どおり、人が一堂に会すると良い意見が出始めます。こうやって集めた魅力価値はリスト化し、吟味し、会社パンフレットやホームページに散りばめ、日頃の営業活動の中でのお客様教育に役立てていきます。
2.他社研究について
他社研究とは、皆さんのライバル会社について研究していくことです。よく「他社価格が安くて失注した」と言いますが、それはどこの会社で、いくらでオファーしてきたのでしょうか。詳細をお客様に聞きもせず、簡単に済ませていることが多いように思います。他社の会社概要、従業員数、立地、設備、使用材料、工法、現物サンプル確認…こういった部分を自社と比較できなければ、他社と比べて自社の優れている部分を見つけていくのは難しいのではないでしょうか。
3.顧客研究について
顧客の経営状況、経営計画、売上計画、生産計画、購買方針、発注シェアなどは今後どのようになっていくのか、日頃の営業活動の中で情報入手を行います。これによって自社の立ち位置を把握します。
そして顧客研究において、最も重要なことが次です。
価格以外の困りごとを汲み取る
(例1 )顧客の設計部門が技術的な課題を抱えて困っている。
(例2 )他社製品で品質問題や納期問題を起こしている。
(例3)後処理に追われている。
このような問題が顧客内で発生しているとすれば、これは他社から仕事を奪う絶好機です。私たち人間は「苦痛から逃がれたい」と感じたときにお金を使う傾向にあります。上記のトラブルが原因で「家族と過ごす時間がないほど忙しい」とか「実は社内からひどく責められている」と、お客様が愚痴をこぼすことがあれば、その瞬間を逃さず、次のように切り出してみましょう。
「そのお話、詳しくお聞かせください。お役に立てるかもしれませんので、ちょっとうちで見積ってみましょうか。品質/納期対応をしっかりやる分だけ、現状よりも少しだけ高くなるかもしれませんが、結果的に他社よりも良いQDC でサービス提供できるかもしれません。」―と。
当然ながら値段を高くする以上は、皆さんの品質と納期が良いことは大前提です。値段に見合った実力が伴っていなければ「嘘つき」になってしまいます。そのための管理技術の勉強と蓄積は欠かせません。計画的に研修日程を組んで実務者のレベルアップを図っていってほしいと思います。
このように価格以外で勝負するためには3 つの研究が大切です。会社の財産として蓄積していくため、個人で進めるのではなく、部門相談的なチームを編成して取り組んでいってください。