よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「研修での若手技術者の学びを実務で活かしたい」ときは、「研修で学んできたことをヒアリングし、実務への落とし込み方を検討したうえで、実務での活用法を若手技術者に伝える」ことを繰り返す。
はじめに
国の経済的強さの指標の一つであるGDPの日本の順位低下は印象的だった方々もいるだろう。貨幣価値変動がその一因であり、日本では低い一方で、欧米では高額になりがちな訴訟費用が算出パラメータに組み込まれていることなども考慮すれば、一律で比較することに疑問符がつくものの、少なくとも日本の国際的地位が低くなる、という主張に説得力を持たせる一助となっているに違いない。これにより日本政府も危機感を持ち、「人への投資」というスローガンのもと人的投資を後押ししているが、日本企業では当該投資水準の低下が続いており、諸外国と比べて見劣りする状況にある1)。
このような厳しい環境の中にあっても、各社各様で人材育成への取組みは進んでいる。経済産業省による調査の結果から、多くの企業において「人材育成を促進させるために実施している取組」の一つとして“研修”が挙げられており2)、研修が人材育成に何かしらの効果があると期待されていると考える。その一方で、若手技術者に人材育成関係の研修を受けさせた経験のあるリーダーや管理職が、実務上でその効果を実感できることは限られるのではないだろうか。
今回は若手技術者が研修で学んだことを活かせないという課題に対し、リーダーや管理職が取り組むべきことについて考えたい。
若手技術者戦力化のワンポイント
「研修での若手技術者の学びを実務で活かしたい」とリーダーや管理職が感じたときは、「研修で学んできたことをヒアリングし、実務への落とし込み方を検討したうえで、実務での活用法を若手技術者に伝える」ことを提案する。研修で学んだことの中で、仮に実務で活用できるものがあったとしても、それを実践的な形まで昇華させるのは若手技術者には困難だ。リーダーや管理職は若手技術者から研修内容を丁寧にヒアリングしたうえで、高く、広い視点から、研修内容の中で実務に落とし込めるものを精査し、実践できるよう業務設計することが求められる。
汎用的な内容を網羅することの多い人材育成研修
技術者育成も人材育成の一種であり、共通項もある一方で、異なる点も多い。筆者が述べる技術者育成は、製造・生産、品質保証、研究開発といった所属にかかわらず、共通して取り組むべき「開発」という名の“課題解決や新価値創出”に必須のスキル向上を重要視している。よって、技術者に求められる技術報告書や開発テーマ企画書の書き方、学会誌や業界紙、そして論文の読み方と実務への活用法、さらには数学を主とした技術理論の学び方の理解が技術者育成の基本となる。
これに対し、今回紹介するような一般的な人材育成研修では、社会人としての最低ラインを教えるビジネスマナー、対人関係円滑化にコミュニケーション、階層を意識した若手・マネジメント研修など、技術者を含む技術職に限らずに共通する「汎用的な内容」であることが多い。当然ながら汎用的な内容も技術者にとって必要な知見であることに変わりはなく、むしろ技術者育成はこの辺りの知見がベースにあることを前提とする側面もある(図1)。
よって、一般的な人材育成研修の内容を習得することは技術者にとっても必要だ。
図1 人材育成研修内容は技術者育成の前提知識となっている部分がある
研修で学んだことを身に付けるには実務での実践が不可欠
若手技術者に研修を受けさせても、そこで学んだことを活かせていないように見える最大の要因は「研修で学んだことを実務で実践していない」ことにある。どれだけ実務に有益な話であっても、実際に自分自身の日々の仕事で実践しなければ、本当の意味で“知恵”にはならない。知っていることを応用し、実践的な行動まで結びつけられる知見のことを、知識と区別して“知恵”と呼ぶことを過去の連載でも述べた3)。
研修で学んだことは、あくまで限られた想定の中で、必要と考えられる最低限の知見である。聴講者の裾野が広ければ広いほど、この傾向は強くなる。当然、研修を受講した若手技術者は研修中の想定とは異なる状況下にあり、実際に研修で学んだことを実践しようにも行動のイメージが湧かないのが普通だ。イメージができなければ、仮に実務で実践することが研修で学んだことを“知恵”として習得する最善の方法だと知っていても、最初の一歩に何をすればいいのかさえわからないはずだ。ここでリーダーや管理職の出番となる。
研修に参加した若手技術者に、振り返りの意味もかねて研修参加報告書を書かせるのが第一歩
リーダーや管理職が若手技術者に必ず行うべき指示は、研修を受けた後、原則2 営業日以内に研修参加報告書を書かせることだ。書かせるのは当然として、2 営業日以内に提出させることが重要だ。研修で学んだことは、終了直後が最も覚えており、日に日にその記憶は薄れていく。よって研修報告書作成という“振り返り”を、できる限り時間を空けずに完了させることが肝要である。理想的には翌日中(1 営業日以内)、遅くとも2 営業日以内に書かせることを徹底してほしい。振り返りによる研修内容の知識定着ができていないと、後述する対応がすべて難しくなる。