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機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2025.06.17

第13回 展示会出展を通じて若手技術者に何を学ばせるか

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FRP Consultant 吉田 州一郎

自社の製品やサービスの“技術的な強み”を若手技術者の“武器”にする準備

 若手技術者にいきなり「自社の製品/サービスの技術的強みを理解し、それを展示会場できちんと来場者に説明するように」という指示をしたとしても、多くの若手技術者は何もできないだろう。つまり、リーダーや管理職は、展示会出展という機会を通じた効果的な若手技術者育成を実現するための準備が必要となる。

 どのような準備が必要なのか。ポイントを示す。
 ・ 既存製品/サービスや他社製品/サービスとの違いを示す実測比較データが、グラフなどの視覚的に理解しやすい形式でまとめられていること。
 ・ 上記の実測比較データの技術的考察が、わかりやすく明快に活字でまとめられていること。
 ・ 同実測比較データによって説明可能な、解決や改善できる技術的課題の概要や想定の情報が一覧表となっていること。

 これらのポイントが網羅された情報がすでに存在するのであれば、これをリーダーや管理職から説明して若手技術者に理解させ、実際の展示会場での説明のポイントを合わせて伝えればいい。ただ口頭で説明を終わらせるのではなく、過去の連載1)でも述べたとおり、技術者の普遍的スキルの一つである論理的思考力の基礎となる「書く力」を活用させ、若手技術者の頭の中を強制的に整理させることは徹底してほしい。

 もし既述のポイントが満たされていないようであれば、必要な技術評価やデータの解析を行わせ、伝えるべき内容を整理させることが、リーダーや管理職の取るべき対応の第一歩となる。これらの準備なしに若手技術者を展示会出展の場に行かせても、技術者育成という意味では効果は1/10程度まで低下するだろう。自社の製品やサービスの“技術的な強み”に関連する情報の準備は、展示会の展示ブースという若手技術者にとって未知の領域で、成果を出すための“武器”なのだ(図3)。
図3  自社の製品/サービスに関する“技術的な強み”の情報準備は、展示ブースで奮闘する若手技術者の“武器”となる

図3  自社の製品/サービスに関する“技術的な強み”の情報準備は、展示ブースで奮闘する若手技術者の“武器”となる

自社の製品やサービスが“既存のもの”と技術的に差別化できるのは何かを常に念頭に

 自社の製品/サービスの技術的な強みに関する情報を準備のうえ、若手技術者に持たせることが、展示会出展という場面を通じた若手技術者育成に重要であることを述べた。ここで改めて考えるべきは“技術的な強み”を、どのように“抽出”するかだ。

 代表的な方法は“既存のもの”との比較評価だろう。比較基準は自社のもの、他社のもののどちらでもいいが、展示会で新たに示したい製品やサービスと既存品を同じ評価軸で見た場合、どのような違いがあるかを定量的に示すのが一案だ。定量的に示す以上、数値を使うのが前提となるが、ここも漠然と数字を比較するだけでなく、2 母集団間の比較であるt検定や、3母集団以上の比較に用いる分散分析といった、統計学に基づく評価は必須だろう。ここでも技術者の普遍的スキルであるグローバル技術言語力、すなわち数学力が必要となる。検定については、当社のコラム2)でも取り上げているため参照してもらいたい。このようなスキルは、将来的に技術情報マーケティング力という、これからの技術者にとって不可欠なスキルを養うことにつながる。

展示ブース訪問者の要望傾聴

 若手技術者を育成するにあたり、最優先は既述のとおり自社の製品やサービスの“技術的な強み”を述べられるようになることだ。展示会出展の機会を活用した技術者育成の観点からいうと、この最優先に次ぐものとしてさらに2 点ある。それぞれ説明したい。

 1 つ目が展示ブース訪問者の要望に耳を傾け、それを理解することだ(図4)。展示会の出展ブースを訪問する人は、何かしらの目的を持って来ることが多い。若手技術者は展示する製品やサービスの技術的強みを軸に説明することが第一だが、それに加えて訪問者が何を求めているのかを理解するよう歩み寄る姿勢も求められる。これは技術者育成の観点でいうと“相互コミュニケーション”の鍛錬であり、チームプレーが必要な企業勤務の技術者には必須のスキルだ。技術者は、理系大学や大学院、高専での教育において、熟考のうえで自分の考えを主張することの重要性を教わる場合が多い。実情が合致しているかは別として、全般的に受け身であるといわれることの多い日本的な教育の課題改善の狙いが、このような教育方針の背景にあると筆者は感じている。
図4  展示ブース訪問者が何を求めているのかを理解するため、耳を傾けることも若手技術者に経験させたい

図4  展示ブース訪問者が何を求めているのかを理解するため、耳を傾けることも若手技術者に経験させたい

 しかし、それ以上に重要なのは、相手の要望と技術者自らの考えの間で着地点を見いだす考え方だ。最終的には技術者も実務で求められる“交渉力”の鍛錬につながる考え方だが、若手技術者のように経験の浅い技術者は、当該力鍛錬の第一歩として相手の言うことをきちんと理解することから始めてほしい。

展示ブース対応における必要に応じた同僚への支援要望

 2 つ目は展示ブース対応で困った際、必要に応じて同僚に支援を求めることだ(図5)。若手技術者は、その多くが仕事を自分たちで完結させようとする傾向が強い。これは特に大学や大学院の研究室生活において、個々人がテーマを持って、各自で研究を進めるという生活が長かったことが一因であると筆者は考える。しかし、自社の製品やサービスとはいえ、技術的説明や訪問者の要望に対して、若手技術者では対応が難しいこともあるだろう。このとき、何とか1 人でこなそうとするのではなく、展示ブースに同席している同僚に支援を求めることで、訪問者に対する応対をスムーズに進められることを若手技術者に経験してもらいたい。これは、若手技術者が日々の業務で一般的に不得意な“相談をする”ことの練習となる。
図5  展示ブース対応に困った際、同僚に支援を求めるという対応も若手技術者には必要な経験

図5  展示ブース対応に困った際、同僚に支援を求めるという対応も若手技術者には必要な経験

本記事に関する一般的な人材育成と技術者育成の違い

 一般的な人材育成と技術者育成の違いを表2 に示す。おそらく一般的な人材育成の観点だと、若手技術者を展示会出展ブースに立たせることは想定せず、展示会に“参加”して、業界の動向として感じたことを情報として収集するといったものがOJTとして推奨されるのではないだろうか。仮に展示する側にいる場合でも、あらかじめテンプレートとしてつくられたメモをベースに、相手の要望をヒアリングしたうえで記録する、といった業務フローに基づく作業が主となるだろう。これはもちろん社会人一般としては重要だが、技術者としての特性や強みがほとんど考慮されていない。
表2  展示会出展に関連した一般的な人材育成と技術者育成の違い

表2  展示会出展に関連した一般的な人材育成と技術者育成の違い

 それに対し、技術者育成では展示会に参加して情報を収集するといった抽象的な内容ではなく、展示する側として展示会に積極参加することを推奨している。さらに、技術者として重要な“技術的な強み”という部分を最上位概念に、自社の製品やサービスの理解を深め、それを相手にわかりやすく伝えることを最優先すべきと述べた。

 例えば、技術者に展示会に参加して情報を収集してこいと言っても、ブースに飾られたカタログを回収する、パネルや展示品の写真を撮影する、といった“人との会話がない対応”に終始するのが目に見えている。このような対応はリーダーや管理職が望むものではないだろう。展示ブースにいる説明員との会話を通じ、自社が必要と考えられる製品やサービスが何かをすり合わせ、必要に応じて後日の打合せの確約を取ってくることをリーダーや管理職は期待すると思うが、若手技術者にはその職種の特性も相まって、いきなりそこに到達するのは無理だろう。研究開発など、ある程度の実務経験を蓄積しないと、技術者はそのような視点を手に入れることは難しいのだ。

 これらの職種の特性も考慮し、若手技術者にはまず技術的な強みをきちんと説明するという、技術的な部分を軸とした基本中の基本をOJTで学ばせ、実務に即活用する流れをつくることを最優先としている。当社で技術者育成コンサルティングを行うにあたり、展示会に出展する際は必ずこの観点を重視するよう指導している。

まとめ

 展示会を活用した技術者育成では、出展する側に回ったうえで、若手技術者に出展対象である自社の製品やサービスを技術的強みを軸に訪問者に伝えることを最優先で経験させるのが効果的であることを述べた。同時にこの説明には既存のものとの、定量的かつ客観的な比較データが必須であり、不足しているようであれば事前の準備が求められる。リーダーや管理職は、若手技術者に技術的強みを軸にした説明を経験させるにあたり、十分なデータや情報が揃っているかを確認し、足りない部分については追加データを取得するなどの指示をしてほしい。

 展示会出展という貴重な経験を通じ、技術者が技術データとその説明の重要性を理解し、技術に対して真摯に日々の業務に向かうきっかけを得られるのであれば、それは最良のOJTの一つといえるだろう。
参考文献
1 )吉田州一郎:第4 回 若手技術者が指示事項を理解したのかわからない、機械設計、Vol.67、No.13(2023)
2 )技術者がデータの同等性を技術的に判断できない
 https://www.engineer-development.jp/column-2/data-analysis-sample-test (参照 2024-07-03)
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