時間的余裕を技術者育成の取組み加速のチャンスと捉える
研究開発であれば予算が削減され、製造に関係する部署であれば製造量が低下する。どちらにも共通するのが、業務量の低下だ。この状況を、
「景気後退局面に入ると見かけの売上げは下がるが、時間的余裕はできる。このタイミングで本格的な技術者人材育成に取り組み、それを企業のシステムとして構築する」
という考えに切り替えることが肝要だ。この考えは常日頃大事だと筆者も考えているが、前述の文言は、筆者の経営する企業の顧問先の経営陣から実際に発せられた。このような思考も、景気後退局面を技術者育成のチャンスと捉えるのに必要なものだ。
では具体的にどのようなことに取り組むべきだろうか。事例を示したい。
社内で認識されている実際の技術的課題の共有とその解決に向けたアイデア出しと匿名での評価
多忙な状態が続く職場では、さまざまな技術的課題が存在することを承知のうえで後回しするのが通常だ。しかし景気後退局面では、既述の通り時間的余裕が生じる可能性が高い。この時間を当該課題解決に向けた取組みに振り分ける。流れを図2に示す。
図2 技術的課題共有とその解決に向けた取組みの流れ
最初に若手技術者、中堅技術者、場合によってはリーダーや管理職から実在する技術的課題を提示する。この課題は技術チームミーティングなどで、議長であるリーダーや管理職によってメンバー全体に共有される。そして、解決案を匿名で3営業日以内に議長にWord やテキスト形式で全員提出させる。内容が書ききれていなくても、書けていなくても問題ない。解決案を締め切った翌営業日までに課題提示した技術者に全員分の解決案を共有し、例えば10営業日以内にどの解決案が最も課題解決に活用できそうかを選んでもらう。そして次の技術チームミーティングで、選ばれた提案を行った技術者を表彰するというのが一連の流れだ。
課題の現実性と解決案の匿名性、そして組織としての提案への評価が重要
次にこれら一連の取組みでの留意点について述べる。当該点について、概要とその理由を表1 に示す。順に要点を述べる。
表1 時間的余裕を活用した技術的課題共有とそ の解決に向けた取組みの留意点
今回取り組むにあたって最重要なのが、解決案を議論する技術的課題は“実在すること”だ。その理由は、課題を解決したいという技術者の当事者意識を高めることにほかならない。自分が困っている、何とかしたい。このような当事者意識がなければ、どのような取組みも一時的なもので終わってしまう。小さなものでもよい。必ず実在する技術的課題を題材とすることを推奨する。
2 つ目のポイントは、課題解決案提示は匿名で行うことだ。例えば技術的課題を示したのが若手技術者で、それに対する解決案の提示を管理職が行ったとする。仮にほかの若手技術者からの解決案の方が優れていると思っても、管理職が提示したことの方が妥当だろう、そして何よりせっかく上の立場の人が提案してくれたのでそれを良しとしよう、という忖そん度たくが大なり小なり働いてしまう。これでは、課題解決への取組みを通じた技術者育成の効果は半減する。考え方が偏ってしまうからだ。よって、解決案はWord やテキストなどの電子データ、かつ匿名で行われることが望ましい。
最後が組織での評価だ。景気後退局面での時間的余裕を活用した取組みとはいえ、課題提示に加え、何よりその解決案を考えて提示したことに関する評価が何もないと、この手の取組みは“継続できない”。継続性が重要な技術者育成では致命的だ。よって、技術チームのような組織として、課題提示者が最も優れたと考えた案に対しては、何かしらの評価をしてほしい。本来は金一封が欲しいところだが、そのような予算がなければ賞状を授与するだけでもいい。人事考課に取り入れるかは企業によると思うが、少なくとも技術チームの中で評価されるという経験を蓄積することで承認欲求を満たすことは、取組みへの参加のモチベーション向上に重要となる。
若手技術者に取り組んでもらいたいのは課題解決案提示と必要に応じた技術調査活動
ここまで述べてきたことは、景気後退局面でも継続してほしい技術者育成の取組みと、その推進方法だ。これは若手技術者だけでなく、中堅技術者、ベテラン技術者にも当てはまるものと言える。では本連載の趣旨である若手技術者をターゲットとした場合、どのようなことに注力すればいいのだろうか。
結論から先に言うと、若手技術者に取り組んでほしいのは、
「課題解決案提示と必要に応じた技術調査活動」
だ。概要を表2に示す。
表2 技術的課題提示とその解決に向け、若手技 術者に集中して取り組ませたい業務
課題解決案提示は、経験の浅い若手技術者には簡単なことではない。しかし、できる・できないではなく、“やってみる”という姿勢を若手技術者のうちから実践し、そのような思考の癖をつけることが重要だ。若手技術者育成によってその成長を促すには“能動的取組み”は必要条件であり、仮に技術的な知識や経験が少なくとも何か貢献できることはあるはずだと思わせることがリーダーや管理職にとって重要だ。そのためには、技術課題に対する解決案が仮に的外れであっても、参加したというその“姿勢を評価する”ことがリーダーや管理職に求められる。
課題解決案提示に必要なのが、技術情報だろう。特に技術的な知識と経験が不足する若手技術者には不可欠な要素とも言える。これらを補填するにはWeb 検索も良いが、やはり紙媒体の専門書を推奨したい。自社の書庫にある専門書が第一優先だが、なければ国会図書館などの蔵書の多い図書館を利用するのも一案だ。遠方であればWeb 経由のデジタル資料参照でも問題ない。
最近は不慣れな技術者ほど、すぐに生成AI を使う傾向にあるが、それ自体は頭から否定はしない。しかし、AIの情報の妥当性を疑える慎重さと経験がない若手技術者は、出てきた答えをそのまま自分の考えのように述べる者も一定数おり、このような行動が癖になると、中身のない生成AIのオペレーターに成り下がる。よって、仮に生成AI を使うのであれば、特定のLLM、例えばGPTやGemini などに依存せず複数を組み合わせ、かつ考察を繰り返す自律型の生成AI を使用することは一案だ。DeepResearchはその一例と言える。ただ若手技術者はこのような手法に溺れることなく、得られた答えは本当に妥当か、その裏付けは何かを考え、それを紙媒体の専門書で確認するといった慎重さが必要である。
最後が学会への参加だ。今回紹介したような限られた時間軸での取組みでは、学会の参加で得られた情報をベースに解決案を示すのは容易ではないが、後追いの形で最新の技術動向を知るという意味では有意義だ。また、学会に参加して質疑応答で議論を行い、懇親会で専門家のネットワークを広げるのも重要だろう。
若手技術者への育成効果
技術情報を調べただけで終わらせずに、解決案としてまとめるには、課題を提示した技術者に内容を理解してもらう必要がある。この場面で求められるのは、技術者の普遍的スキルの一つである“論理的思考力”にほかならない。また文献調査のために図書館に行く、学会に参加するといった外出には必ず“出張報告書”がセットになる。出張の背景から目的、そして結論や決定事項などをきちんとまとめて記載するには、業務を俯瞰的に見るための論理的思考力に加え、同じ技術者の普遍的スキルの一つである技術文章作成力も求められる。主語述語の使い方といった基本に加え、技術的専門情報をわかりやすく活字化するには、当該力が必須だ。
仮に若手技術者の解決案が技術チームとして表彰されたとする。技術チーム内で、その解決案をプレゼンで共有することを若手技術者に指示すれば、若手技術者に別の普遍的スキルである“企画力”を求めることになる。頭の中にあるものを、受け手に理解してもらえるよう“誘導する”ことが企画力の本質だ。
課題解決案を考え、必要に応じた調査を行うことは、若手技術者にとって技術者の普遍的スキルの複数を鍛錬する機会を提供することになる。
まとめ
景気後退局面では選択と集中という掛け声のもと、すぐに流動資産を生み出さないと見なされがちな技術者育成も後回しになりがちだ。この判断は現場に近いリーダーや管理職だけで行う場合は少なく、経営陣やオーナー、そして株主といった権限の強い層からの要求で全社的に方向性が決められるのが一般的だ。ここが難しい点である。
しかし、そのような近視的な取組みが、優秀な若手技術者の入社を遠ざけ、仮に入社しても離職するという悪循環につながりやすいという事実もある。
このような状況を打破するためにも、技術者育成の本質である“継続性”を念頭に、少しずつでも当該取組みを続けることを提案したい。今回紹介した技術的課題の提示と匿名性を維持した解決案、そして組織としての評価は、お金をかけず、かつ景気後退局面で生じた時間を活用する取組みとして推奨できる。特に若手技術者にとって、解決案の提示とそれに向けた技術調査を通じた技術者の普遍的スキルの醸成は、若手技術者育成の効果も大きい。逆境での取組みとして参考にしていただければ幸いである。