名古屋精密金型(愛知県東浦町)は、二輪車・自動車用ヘッドライトなどの製造に用いる金型を得意とする射出成形金型メーカー。ヘッドライトの美しい透明性とゆがみのない滑らかな曲線形状を実現する金型の鏡面加工技術は、国内の自動車用ランプメーカーから高く評価されている。
一方で、同社では2023 年から、廃棄される農作物を原料に使った樹脂素材「バイオマスプラスチック」の開発・利用に乗り出し、環境に優しい樹脂製品の製造に取り組んでいる。今年5 月に販売の準備も整ったが、そこには環境問題への取組みという視点とは別の、金型メーカーとしての切実な思いも込められている。
「プラスチックは悪者」に危機感
同社がバイオマスプラスチックへの取組みを始めるきっかけとなったのは、2022 年11 月に出展した地域住民向けの地元の産業まつり。地域の小学生らに3Dプリンタを使ったマスコット人形の造形を体験してもらうワークショップを開催したのだが、その中で同社代表取締役の渡邊祐子社長(図1)は、「今の小学校では海洋プラスチックごみ問題を扱う授業が行われているが、その影響もあって子供らの中に『プラスチックは悪者』という認識が広がっている」という話を耳にした。
プラスチック成形に関わる事業を営む企業として危機感を覚える中で目をつけたのがバイオマスプラスチックだった。「そのワークショップで使っていた材料もたまたまバイオマスプラスチックでした。当時当社の会長だった父も興味をもっていた分野で、これを機に環境分野にチャレンジしてみたいと考えました」(渡邊社長)。ちょうど翌年の2023 年早々に締め切りが迫っていた事業承継・引継ぎ補助金にバイオマスプラスチックの量産可能性の研究開発を名目に申込みを行い、見事採択されたことで本格的にバイオマスプラスチックの活用に取り組むことを決定した。
そんな折、2023 年4 月に開催されたインターモールド東京で講演を行った縁で出合ったのがライスレジンだった。ライスレジンとは、生育が悪かったり虫食いがあったりして廃棄される米を原料に使ったバイオマスプラスチックの一種。廃棄米にポリプロピレン(PP)を合わせて炊き上げながら混練することで製造する。同社の生産拠点の一つである熊本工場(熊本県菊陽町)と同じ熊本県内にライスレジンを手がける企業があったことから採用を決めた。成形品として選んだのはタンブラーだ。身近に持ち歩けて、誰にでも用途が理解できるものという基準で決定したのだという。
図1 渡邊祐子社長(中央)、吹春光浩事業企画部長(左)、五嶋和宏営業技術部長(右)
廃棄される摘果ブドウからバイオマスプラスチックを開発
こうしてライスレジンを使ったタンブラーの開発を進めていた2023 年6 月、渡邊社長は同社本社がある東浦町特産のブドウ「巨峰」に毎年大量の廃棄が出ていることをSNS で知った。ブドウの栽培では果実を大きく品質良く育てるために実が小さいうちに摘果(間引き)を行うが、この摘果ブドウの量が年200 tに及び、その取扱いが東浦町にとって課題になっていたという。「それを知って、『廃棄米でバイオマスプラスチックがつくれるなら廃棄する摘果ブドウでも可能なのでは』と考えました。そのひらめきだけを頼りに、すぐに摘果ブドウの回収に行きました」(渡邊社長)。
インターネットでヒントになる学術研究や前例がないかを調べ上げるとともに、県内でサーキュラーエコノミー(循環型経済)に熱心に取り組む材料メーカーを探し出し、摘果ブドウの実物を携えて相談に行って無事開発が決定。成形品はライスレジンと同じタンブラーで、取組みのPR などを目的にクラウドファンディングも活用した。当初は可燃ごみとして扱えるブドウ含有量50 %の製品を目指したが、成形不良やタンブラーに注いだ飲料への成分溶出などの問題があり、最終的にPP ではなくポリ乳酸(PLA)に廃棄ブドウを合わせた樹脂素材でタンブラーを完成させた。
今年3 月に食器分析テストに合格し5 月には営業品目の変更も完了。ライスレジンのタンブラーと併せて製造販売の準備が整った。「いくら環境に優しい製品でも普及しなければ意味がない。製造コストはそれなりにかかっていますが、工場直売という利点も活かして手に取ってもらいやすい価格で展開していくつもりです」(渡邊社長)。
図2 摘果ブドウや廃棄米を原料に使ったバイオマスプラスチック製のタンブラー