宮本工業(埼玉県ふじみ野市)は自動車部品を中心としたプレス用試作金型を手がける試作金型メーカー。金型を製作するだけでなくトライまで一貫で行うが、同社の従業員数は総勢11 名。そのうち6 名は「ハンドワーク」として、日々違う加工や組み付けなどを行う多能工だ。
「当社はZAS(亜鉛合金)製の試作金型を製造しています。ZAS の鋳造とマシニングセンタまでの担当者や機械やレーザー加工機などの限られた機械の担当者以外は全員日々違う加工を行います。当社の金型の納期は平均して10 日~2 週間程度。一人ひとりがさまざまな加工技術をもたなければ追いつけません」。
そう説明するのは同社の大浦秀行社長。主に扱う被加工材は鉄が中心だが、案件によってはチタンやインコネルのような一筋縄ではいかない難加工材も。しかし、いかに難しい材質でも短い時間で各人がもてる技術をフルに活かし、顧客の信頼を得る試作金型製造を実現してきた。
壁に本が据えつけられたようなモダンなたたずまい
そんな同社が開始した自社製品が、「BOOKEDGE」(ブックエッジ)だ(図1)。同製品は正面から見れば、シンプルな壁掛け棚だが、側面から見ると中にさりげなく引き出しが隠されており、置くだけではなく収納の機能も併せもつ(図2)。まるで1 冊の本が壁に取りつけられているような様子からBOOKEDGE(本の小口を意味)と命名された。
同製品の製造は宮本工業だが、デザインは埼玉県多角化支援事業にて同社とマッチングしたデザイナーの山浦晃司氏が担当。山浦氏は現在海外在住のため、海を越えた二人三脚の開発を経て、完成までこぎ着けた。
BOOK EDGE の取付け方は簡単。まず取りつけたい位置を確認したうえで専用のアンカーを壁にねじ込む。次にウォールブラケットを、ねじを使ってアンカーに固定。そして製品本体の外側となるアウターケースを、ブラケットにかぶせるように挿入して、ウォールブラケットとアウターケースをねじで固定。あとは引き出しとなるインナートレーを差し入れれば完成だ(図3)。
図3 取付け方も簡単。壁にウォールブラケットを取りつけている様子
アンカーが取りつけられる環境であれば玄関や寝室、リビング、洗面所などでも使用可能だ。耐荷重は2 kg となっており、上には写真立てや飾り、読みかけの本を数冊置いたり、また中の引き出しには鍵や毎日付けるアクセサリーなどを収納できる。色は「白(アウターケース)×黄色(インナートレー)」ほか、塗装をしていない、金属のそのまま色合いを活かした「スチール×スチール」など4 種類を用意した。
デザイナーとの仕事は驚きと刺激の連続
同社は2020 年より独自に自社製品開発に挑戦してきたが、デザイナーとともに製品をつくり上げるのは初めて。だからこそ、今回の開発までの道のりには驚きも多かった。
「まずは山浦さんから数日で最初のデザイン案が来たのですがその数20 個。こんな短い時間に当社ができる加工を鑑みながらこれだけのアイデアを出してくる。一緒に仕事をするのはプロの方なんだ、と感動しましたね」。
そう振り返るのは同社の自社製品開発を主導してきた宮本智会長(図4)。多くのアイデアの中、自分たちが良いと思うもの、そして大事なつくりやすさも考慮して選んだのがBOOK EDGE の原案だった。
さっそく試作を行う中で次々と検討事案も出てきた。その中でまず同社が感じたのはデザイン性と量産性の両立の難しさだ。例えば今回、同製品には粉体塗装もしくは無電解ニッケルめっきを施しているが、特に粉体塗装をするには製品のどこかにフックを引っかける穴が必要だ。しかし、デザイン性を損なうこともあり、何度も山浦氏と協議して、外側からは見えない、トレーの中腹あたりに穴をあけた。
また、いかにして単純な構造で強度・耐荷重性を保つかにも検討を重ねた。アウターケースをウォールブラケットにかぶせたうえでインナートレーを挿入するため、それぞれがしっかりかみ合ってなおかつ、トレーがスムーズに抜き出せる隙間が必要。厳しい公差での曲げ加工などを行う必要があった。壁に取り付けたウォールブラケットとアウターケースを固定するねじ締め用の金具の角度も、しっかり一体化してがたつかず、なおかつ外からドライバーが入れやすい角度などを模索した。
どんなインテリアにもなじむ、優れたデザイン性もさることながら、板厚0.8~1.2 mm までの薄いスチール板を組み合わせ、十分な耐久性・耐荷重性とすっきりしたたたずまいを両立したのは、同社が培ってきた板金加工の技なのだ。
そのほか最適な塗料の選定などを経て約半年の開発期間を経てBOOK EDGE が完成。満を持してスタートしたクラウドファンディングも好調な滑り出しを見せている。クラウドファンディングは2024 年7 月30日までの受付となるが、その後は別のオンラインサイトなどで販路を広げていく予定だ。
新しい事業の柱として
同社が自社製品開発に乗り出したきっかけはコロナ禍による業績の低下。自動車業界の開発鈍化は一時的なこととはいえ、今後のためにも新しい事業基軸が必要、と会長を始め社長、社員それぞれがチャレンジし形にしてきた。
「挑戦を始めた当初は従業員全員に1 つずつ自社製品を考案してもらい、それを持って雑貨やインテリア関連の展示会に出展しました(図5)。展示会への参加自体が初めてで右も左もわからない中でしたが、そこで出展した足踏み式の消毒液台が20 台ほど売れたり、周辺で出展していたメーカーさんから蚊取り線香入れをつくりたい、といったご相談をいただいて、形にしたり。私を含め、皆行動することでさまざまな経験やご縁をいただき、今につながれたのだと思います」(宮本会長)。
図5 初めての展示会。社員1 人ずつ、オリジナル製品を考案・製作した
今後はBOOK EDGE の展開とともに新たな製品開発にも挑戦していく方針。新しい事業の柱をつくるため、着実に経験を重ねていく。