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型技術 連載「巻頭インタビュー」

2025.08.28

変革の柱はGX・DX・経済安全保障 営業販売力の強化を素形材産業へ提言

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素形材産業ビジョン策定委員会 委員長/
明治大学 経営学部 特任教授
新宅純二郎氏

Interviewer
トヨタ自動車㈱ 素形材技術部
第1 ダイキャスト技術室 主幹
舟橋 徹氏

IT 技術者を内部化する

次にDX ですね。労働生産性の向上という目標を達成するための真の意味でのDX を進めるにはどうすればよいと思いますか。

DX には2 つの面があって、製造業で言えば1つは製造プロセスの中にデジタル技術を取り込んで変革をしていく「内」のDX と、さまざまな顧客データを取りながらビジネスのやり方を変えていく「外」のDX の両方があると思います。素形材産業だと圧倒的に多いのは「内」のDX。これに関して言えば、IT 技術者を内部化することが重要だと考えています。
先ほど2010 年代半ばにDX に失敗した企業が多くあったという話をしましたが、その失敗の共通点は、デジタル関連のことはよくわからないからとIT 関連企業に仕組みづくりなどを丸投げしたことです。結果として、IoT 機器で現場のデータは取ったけれど、価値がよくわからないデータまでいっぱい取れてしまって、「これで何をするの?」というふうになった。手段が目的化してしまった失敗例です。解決したい問題があって、その解決の道具としてIoT でデータを取ってみようとなるのが本来なのです。
解決したい問題を把握して理解しているのはやはり現場の人ですから、やはりDX を進めていくには現場に近いところでいかにIT 技術者を育成していくかがポイントになるはずです。もちろん全員がIT 技術者になる必要はありません。そういった人材を少数でもうまく育てて問題解決の方向性が見えたら、あとは外部に仕事を投げてもよいのです。

目的と手段が逆になって「最初にDX ありき」という考え方では真のDX にならないのですね。ときにはDX によって生産性が上がっているのか疑問を抱くときもあるので、そこをしっかり考えなければと思います。

以前から現場の問題解決をしっかりやっている企業は、DX とうまく結びつけばより良くなるわけです。問題はこれまで現場の問題解決に取り組んでいないところ。そうした企業が「DX をやれば何かできる」と思うのはとんでもない間違いです。それでは時間をかけてもなかなか成果は得られないでしょう。

サプライチェーンの川上を見える化

3 つ目が経済安全保障ですね。われわれ技術者にとってはなじみのない言葉ですが、具体的にはどのようなことを示しているのでしょうか。

人によってどこまでの範囲を含めるかには多少差がありますが、私の考えでは、特に国境を越えた取引の中で発生するさまざまなリスクにどのように対処するかということだと思います。戦争や貿易摩擦など政治が関わる狭義の経済安全保障に加えて、コロナ禍のような疫病や災害なども予測しづらいという点では同じで、それにどう対処していくかという問題で言えば非常によく似ている。こういったものを含めて私は経済安全保障の問題と言ってよいと思います。

そういう意味では島国の日本は非常に影響が大きいですよね。われわれ日本の企業が経済安全保障の課題に取り組むべきこととしては、どういったことが挙げられるでしょうか。

先ほど挙げたリスクが現実化した場合に特に問題となるのは、サプライチェーンの川上から部品などが調達できなくなるということでしょう。そうした状況に備えるために、まずは平時では把握していなくてもよい段階までサプライチェーンをさかのぼって見える化しておくべきです。そうすると、部品のほか、工場で使う化学材料や添加物として使う鉱物資源など普段は商社から買っているから気にしたことがないというものも含めて、何がどこから入ってきているのかがわかるようになります。
そのうえで、それらの調達元の政治・災害リスクを評価して状況を注視し、場合によっては在庫を積まざるを得ないとか調達先を2 本化するといった判断と実践が迅速に行えるように備えることが大事になるのではないでしょうか。あとは、いざというときのために、政府や業界が協力して情報共有できる仕組みをつくっておくことも必要だと思います。

そういう時代になったということですね。

営業販売力を強化する

ビジョンの中では金属3D プリンタについても触れられています。経営学から見た金属3D プリンタのポテンシャルはいかがでしょうか。

伸びると思います。量産品をつくる技術ではなくて、1 個ずつ加工するという点でアルミニウムの切削加工に似ている。そうした加工を行っている人の話を聞いていると、少量多品種品や試作品の製作、短期納品ものといったビジネスモデルで成功しています。金属3D プリンタも、まずはそのような形で伸びていくのではないでしょうか。

金属3D プリンタで製造を行う側の企業では自社の技術力アップを行う必要がありますが、中小企業では予算や人材の問題がある。大学や県の産業技術センターと共同で技術開発を進めることも大事ですね。

そういうものを活用できればよいと思います。ドイツではフラウンホーファー研究機構が各地域に70 カ所以上の研究所を設けて地元の大学と産学連携を活発に実践していますね。日本では、そもそも国内の大学で素形材をやっている研究室がなくなってきつつあるのが問題です。また、中小企業に関しては金属3D プリンタなどの新たな技術に対する投資力が落ちているので、そこへの手立てを考える必要があります。投資をする際は成長が前提となりますから、産業としての成長シナリオを描けるかどうかもポイントの一つになると思います。

最後に、日本の素形材産業が今後も発展していくために必要なこととして、どんなことがあるとお考えですか。先生の視点でお教えください。

私は経営学が専門なのでその立場から言わせてもらうと経営力、具体的には営業販売力の強化です。誰にどのように売ったら高く買ってもらえるか、そのために市場をどう開拓していくのか、といったことを改めて強化していくことが大事です。
素形材産業が自動車産業とともに伸びた時代は、一度大手の顧客を捕まえればあとは製造がすべてだった。良い品質のものを欠品しないようにつくることが重要で、社長はいわば工場長だったわけです。しかし、今はビジョンでも示したように自動車依存を脱却してほかの業界に売り込んだり、海外で新しい顧客を開拓したりしていくことの重要性が高まっています。その中で社長に求められるのは、工場長としての能力に加えて優れた営業マンとしての能力でしょう。
実際、今は経営者の世代交代で40 代くらいの若手経営者が素形材産業の業界にも出てきていて、自分たちの世代としての成長戦略を描いて動き始めている人もいます。そういうことを意識している経営者がいる企業が伸びていっているところだと思いますから、今後もそうした企業がもっともっと増えていくとよいと思っています。

これまでとは違った分野に出ていって新しい市場や新たな顧客を獲得していくためには、自社の技術や製品を正しく相手に理解してもらって、正しいコストで買ってもらう、そのためにどのように営業するのかという戦略を立てる力が必要ということですね。本日はありがとうございました。
新宅純二郎(しんたく じゅんじろう)
1982 年 東京大学 経済学部 経営学科 卒業
1989 年 東京大学大学院 経済学研究科 博士課程 修了
同 年 学習院大学 経済学部 専任講師
1990 年 学習院大学 経済学部 助教授
1993 年 東京大学 経済学博士取得
1996 年 東京大学大学院 経済学研究科 助教授
2007 年 東京大学大学院 経済学研究科 准教授
2012 年 東京大学大学院 経済学研究科 教授
2023 年 経済産業省 産業構造審議会 製造業部会 部会長
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