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機械技術

2025.03.25

活発なコミュニケーションこそ人が育つ土台―イシイ精機

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 イシイ精機(横浜市都筑区)は、穴の内面やワーク外周の加工に特化した「ジグ研削」を専門に手掛ける。1974 年に米ムーア・ツール社のジグ研削盤を導入したのを機に、ジグ研削一筋で50 年にわたり技術を磨いてきた。現在は食品包装容器や医療向け樹脂製容器を切断する金型、各種製造装置部品などを扱う(図1)。最大加工範囲600×1,200×500mm のCNC 門形ジグ研削盤を2 台保有しており、大型ワークの高精度加工が可能。本社工場と新潟工場(新潟県胎内市)の2 拠点体制によるBCP(事業継続計画)対策も強みの1つである。
図1 ジグ研削盤では複雑形状も加工できる

図1 ジグ研削盤では複雑形状も加工できる

マニュアル化が難しいジグ研削

 ジグ研削盤は、高速回転・上下運動する軸付きといしが穴の内面を高精度に仕上げる。XY の位置決め精度が極めて高く、精度の良い穴加工が得意なだけでなく、穴同士のピッチ精度が出せるのも特徴だ。同社では、φ20mm の内径加工で-0/+0.003mm の公差を求められるような高精度なワークを加工する。要求精度を満たすには、ワークの材質や穴の大きさ・深さ、止まり穴か貫通穴か、などを考慮してといしの種類や回転数を調整するといった、さまざまなノウハウがある。マニュアル化が難しく、若手は普段の業務の中でベテランに教わりながら技術を身につける。こうしたOJT 中心の人材育成の土台として、堺裕之社長(図2)が重視しているのが社内のコミュニケーションである。
図2 堺裕之社長

図2 堺裕之社長

「技術を習得するまでには苦しいこともあり、それでもついてこられるか、学ぶ姿勢を保ち続けられるかが問われます。そこで重要になるのがコミュニケーションです。社員に頑張ってもらうためには、人として社員と付き合うことが必要で、社長が言ったからといって社員が従うわけではありません。当社で飲み会や社員旅行を恒例行事として行っているのはその一環です。毎日の朝礼も本社工場と新潟工場をオンラインでつなぎ、一体感を高められるよう取り組んでいます」

 ベテランが若手に教える風土づくりにも力を入れてきた。堺社長が義父の経営するイシイ精機に入社した1988 年当時、現場には「仕事は教えてもらうものではない。自分で覚えろ」という雰囲気が漂っていた。「仕事を他人に教えると自分の居場所がなくなる」と考えるベテランが多く、前職でシステムエンジニアだった堺社長も苦労して加工のやり方を覚えたという。さらに、ベテランに対して「仕事を教えることこそ、ベテランの仕事」と伝え続けた。そのかいがあり、今ではベテランが若手に教えるのが当たり前の風景になった。社員のチャレンジも推奨している。これは堺社長自身の経験が活かされている。

「義父に、『機械が壊れてもいい。もっと切り込んでみろ』と言われたことがあります。0.01、0.015、0.02mm と切込み量を上げるとどうなるのか。生産性の高い加工を体験させたかったのでしょう。こうした発想はマニュアル通りに機械を使っていたのでは、決して出てこない。機械の性能を限界まで引き出すのは、オペレータの好奇心なのだということを義父から学びました」

質問できる人間関係が大事

 同社でオペレータとして働く内田友誠さんは、入社から10 カ月余りでジグ研削の基礎を習得した。金属加工の現場は初めてだったが、工場長からOJT で仕事を教わり、自らも積極的なコミュニケーションを心掛けて知識を吸収した。「先輩に口頭で教わったことでも、自分で実際にやってみて『なるほど』と思うことが多い。数をこなすのが技術習得の早道」と話す。

 ジグ研削を学ぶうえでの難しさとしては、「技術を言語化しにくく、マニュアル化が難しい」点を挙げる。代表的なのが、といしとワークとの接触音から加工状況を判断する作業だ(図3)。たとえば、といしが穴の奥に進むに従って音が小さくなれば、穴の奥がテーパになっていると予測できる。ただ、音の聞こえ方は各オペレータでさまざま。音を聞くために取り付ける集音装置の位置やヘッドフォンの調整の仕方にも各人のやり方があり、正解は1 つではない。ピッチ精度の良し悪しに直結する基準出しの方法も同様だ。そこで内田さんは、「できるだけ同じ人に質問する」ことで、再現性のある加工方法を確立しようと取り組んでいる。現場で気兼ねなく質問できるよう、雑談を通じた先輩との関係づくりも心掛けている。
図3  ヘッドフォンをつけてといしとワークの接触音を聞き取る

図3  ヘッドフォンをつけてといしとワークの接触音を聞き取る

 2024 年1 月、同社は新たな事業をスタートさせた。ジグ研削加工の技術指導やジグ研削盤の出張修理といったサポート事業である。背景には“ ジグ研レス” のモノづくりに対する危機感がある。同社の取引先の半数はジグ研削盤を保有しているが、性能を100%引き出せている会社は多くない。ワイヤ放電加工機や高速マシニングセンタなどの進化により、ジグ研削からほかの加工方法への置き換えも進んでいる。

「他社への技術指導なんて以前は考えもしませんでしたが、考えが変わりました。このままでは“ ジグ研レス” のモノづくりが始まってしまう。ジグ研の市場を守るためにも、困っている企業があるなら手伝おう、と」(堺社長)

 工場の温度管理や測定器の選び方など、ジグ研削で高精度を達成するための同社の知見は多岐にわたる。ジグ研削盤の日常点検やメンテナンスにも精通している。特にメンテナンスに関しては9年前から社内で対応できる人材を育ててきた。

「他社がまねできないよう、ジグ研に特化して技術を突き詰めてきたことが活きている」と堺社長。自社のために培った技術、育てた人材を今後はジグ研削市場全体の活性化に役立てていくという。

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