工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」
2024.12.25
第5回 DXの中核はデータでもシステムでもない、業務だ!
ダイテック 山口純治
やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
DX を推進する際に、多くの企業が最新技術やシステム導入に焦点を当てがちですが、そのアプローチは極めて危険です。クライアントから「3次元設計に切り替えたい」「ドローンを使って保守点検をしたい」「生成AI を使ってコールセンター業務を効率化したい」と相談を持ちかけられます。ところが当方からもっと掘り下げて、「業務が効率化されたら、何がどう変わるのですか?」「どの程度、利益が増えるんですか?」「顧客への提供価値がどう変わりますか」と問いかけると、クライアントからの返答がしばしばあいまいになることがあります。その責任者の役割が「3次元設計への移行」であり、「ドローンを使った保守点検の実現」であるためです。
このような「なぜなぜ」で目的を深掘りする質問は、DX の取組みが単に作業の迅速化やコスト削減に終わるのではなく、組織全体の価値創出にどのように寄与するかを明確にするために重要です。効率化の目的が、単に人員や工数の削減ではなく、顧客満足度の向上、新たなビジネスモデルへの転換、市場での競争力強化など、より大きな戦略的目標に結びついている必要があります。そのほか、「生産性の向上が当社の課題だ」という話もしばしば耳にします。そこで「御社における生産性向上とは何を意味していますか?」と質問すると、ビックリされることがあります。同じ成果をより少ないリソース(コスト)で達成しようとしているのか、あるいは同じリソースでより多くの成果を出そうとしているのかによって、とるべき戦略が異なるのですが、そこが明確になっていないのです。どのような方針を採るにせよ、言葉の定義を明確にしてから議論することが大切です。
DX を成功させるためには、新技術やシステムの導入が目的ではなく手段であることを理解し、それが組織全体のビジョンや戦略的目標にどのように貢献するかを常に念頭に置くことが重要です。DX の取組みの1 つにデータ化(デジタル化)があります。紙などのアナログ情報をデータにするわけですが、多大な時間とコストをかけてあらゆる膨大なアナログデータをデータ化するケースも散見します。しかし、どの場面で、そのデータを、どのように活用すれば、どのような結果が得られるのかを明確にしておけば、必要な情報のみをデータ化すればよいわけです。常に、目的を先に決めてから手段を検討しなければなりません。
DX 推進のステップは、検討フェーズと実行フェーズに大別できます。
DX 推進の検討フェーズ
検討フェーズでは、大きく3つの領域を検討します(図1)。
1.「 どのような変革を実現するか」を明確にする
DX の目標とその背後にある意義を詳細に定義し、将来に向けたビジョンと戦略を構築します。ビジョン作成に当たっては、自社の強みや核となる技術を活用して競争上の優位を築くこと、そして市場や顧客へどのようなユニークな価値を提供できるかを具体的に示すことが重要です。DX を通じて創出しようとする価値の方向性を鮮明に描き、全社的な取組みの指針とします。この過程では、改革が必要な領域と保持すべき領域を区別し、改革が必要な領域に焦点を当てて具体的な計画を立てます。このプロセスで作成されたビジョンは、すべての関係者の間で共有し、合意を形成することが重要です。
2.「業務プロセスをどう変革するか、必要なシステムは何か」を明確にする
目標を達成するためには、業務プロセスの見直し(変革)が不可欠です。この段階では、重要な業務プロセスを見直し、最適化することから始めます。業務プロセスとは、市場や顧客にユニークな価値を提供するためのプロセスを意味します。
業務プロセスを整えた後、必要なシステム化の範囲を特定し、そのシステムに必要な機能や条件などの要件を明確にしていきます。重要なのは、これらのシステムが単なるツールではなく、業務プロセスの最適化を推進し、顧客への価値提供を確実にし、組織の成長を促進するための重要な役割を果たすという認識です。このプロセスを進める際には、特に日常の業務を運用するスタッフを含む関係者を巻き込むことが不可欠です。このアプローチは、発言者が増えることで検討効率が悪くなり時間がかかるため、しばしば敬遠されがちです。しかし、この段階での合意形成がなければ、後にシステム導入時に運用上の問題が発生し、結果的により大きな時間とコストの損失を招くリスクが高まります。
実際、運用者の視点を早期に取り入れることで、システム設計において現実の業務プロセスに合わない仮定を避けることができます。さらに、運用者がシステムの設計段階から関与することで、彼らのシステムへの理解と運用意欲が深まり、導入後のスムーズな運用と効果的な利用が期待できます。
3.「業務効果を最大化するために必要なデータ」を明確にする
システムとデータは業務を支援するために最適化されるべきです。具体的には、「業務のどの段階で、どのようなデータの活用が業務効果を最大化するか」を徹底的に分析することが重要です。この分析をもとに、業務プロセスが円滑に進行するためのデータ活用戦略を明確にし、システムを設計します。このアプローチにより、システムとデータが業務の効率化と効果の最大化に向けて貢献することが期待されます。
検討フェーズを経て関係者間での合意形成が終わると、実行フェーズに移ります。実行フェーズでは、「データ化(デジタル化)」「システム化」「DXの実現」という順番で進めていきます。実際にはそのほかにもさまざまなステップがあるのですが、ここでは詳細は省きます。最も大切なことは、業務プロセスを基盤とし、業務の効果を最大化するためのシステム、データ、そして管理方法や制度(人事制度や評価制度、社員育成の仕組みを含む)の設計を行うことです。したがって、システム導入の検討をする前に、基盤となる業務プロセスを設計することが何よりも大切となります。